第552話 村の掟
「ミエサマ!」
「ミエサマー」
「はーい皆さんこんにちわー!」
それまでヴィラウアとユーアレニルの会話に我関せずと自分たちの作業に没頭していた村の者達が、ミエには手を挙げて挨拶する。
「お話したいことはたっくさんありますけど、とりあえず今日は新人さんへの説明に来たのでまた後でねー」
「ウーイ」
「ヘーイ!」
ミエが話しているのは共通語なのだが、幾人かは普通に反応して返事をしている。
元から知っていたのか、それともこちらに来てから学んだのだろうか。
「とゆーわけで…ええっと、
ミエの言葉にヴィラウアはぎょっとして目を丸くした。
だってそれは巨人語ではないか!
「私たちの言葉が喋れる!?」
「あ、ちょっとだけですよ! ちょっとだけ! 名前聞いたりご挨拶したり、それくらいでーす!」
ミエが大きな声になってしまうのはヴィラウアが巨人であり、どうしても見上げる形になってしまうからである。
「さて! ここから先はユーさんに翻訳お願いしますね!」
「うむ、あいわかった」
「というわけで…クラスク市に定住を希望する
「わ、わかった…!」
ミエの前に正座して、ぶんぶんっと首を縦に振るヴィラウア。
まあその大きさのせいで村の中央の道を完全に塞いでしまっていたが。
「まず大前提としてこの街には
「おおおおおー!」
「ただし受け入れるというのは賓客としてもてなすという意味ではありません。あくまで街に住む、仕事をする一人の住人として登録させていただく、ということです。つまり街に税金を納めないとなりませんし、働かないと食べていけません」
「ゼイ、キン……?」
ミエの説明に首を捻るヴィラウア。
なにせ巨人たちには集落はあっても組織としての国や街がない。
税金が必要な生活などしたことがないのである。
「ええっと…この村の南、畑の向こうに大きな城壁が視えますよね?」
「見える!」
「あれがクラスク市。私たちの街です」
「おっきい……」
それは確かに破格の大きさであった。
無論この街よりも規模の大きい街は幾つもある。
けれど設立して数年でこの規模まで育った街は他に類を見ない。
街の勢い、という意味に於いては、確かにこのクラスク市は近隣諸国随一と言っても遜色ないレベルなのである。
「そうです、おっきいですね! こんなおっきい街を作るにはいっぱいお金が必要です」
「おかね…」
金はヴィラウアにもわかる。
小人…
ただ彼らには金貨を鋳造する技術はないので用いている金銭は全て収奪物に限られていたが。
「そうです。いーっぱいお金が必要です。じゃあそのお金は誰が払うの? って言われると、あの街の一番偉い人…太守様が払うわけですね」
「タイシュサマすごい…!」
ミエはその返事をユーレアニルから聞くと嬉しそうに破顔する。
「そうですねー。ただ幾ら太守様でも一人であれを全部建てらえるほどお金持ちではありません。なので街に住んでる人たちからちょーっとずつお金を分けてもらいます。それが税金ですね」
「おおおおおおー…」
色々考えるなあ、と感心の体のヴィラウア。
素直な反応にうんうんと頷くミエ。
「おー…」
そしてその巨人の娘の反応にどこか親近感を抱き瞳を輝かせて見上げているサフィナ。
「クラスク市の住人になる、ということはクラスク市に税金を納める必要がある、ということです。納税義務ですね。あと当たり前ですけどこれからは毎日自分が食べる食事も襲撃とか略奪で手に入れることができなくなります。じゃあどうやって手に入れるのか? って言ったらやっぱりお金を払って買うわけですね。なのでどんな時でもお金は必要になります。もし払うお金がないならその分働かなければなりません」
「はたらく! はたらく!」
「はい! なるべく得意な分野が生かせるお仕事をご用意しますので、頑張って働いてくださいね!」
「うん!」
そう嬉しそうに叫んだヴィラウアは、同時に大きく腹を鳴らした。
あれ?
とそこでヴィラウアはとある疑問に行きついた。
お腹が減ったら何か食べないと。
当たり前の話である。
食べるためには食べ物がないと。
これまた当たり前の話である。
食べものはお金で買わないと。
それがこの街の当たり前のようである。
お金を集めるためには働いてお金をもらわないと。
うんそのりくつはわかった。
でも働いてお金をもらうまで……じゃあごはんは食べられない?
「あーだいぶお腹がすいてらっしゃいますねー。ここに来るまで割と飲まず食わずでしたか? ちょっと我慢してくださいね。今この村の皆さんでお食事を作られてますから、お話が終わったらそちらを食べてくださいね」
「あの、でも、お金……」
自分には支払うものがない、とヴィラウアは告げる。
「大丈夫ですよー。食べるものがなくって餓えてやってくる方もいらっしゃいます。そうした方にはまず食事を与えて、元気になってからいっぱい働いてお金を稼いでもらうことになってるんです。え? そのお金ですか? それはもちろんさっきの『税金』から支払われます。今困っている貴女の為に、今街に住んでる方から集めあっれた税金が使われるわけですね。そして今後貴女が稼いで収めた税金が、別の困った人のために使われるわけです。これも税金の使い道ってやつですねー」
「おおおおおおおおおおおおおおー……!」
「おー…!」
感嘆の声を上げるヴィラウア。
真似っこするサフィナ。
「ゼイキン、すごい!」
「そうですねー。使い道さえ間違えなければとても素晴らしいものだと思いますねー。なので今はいっぱい食べて元気になって、その後でいっぱい働いて税金を納めてください」
「わかった! はたらく! ぜいきんおさめる!」
まるで納税義務に悦びを見出している社畜のような言い回しをするヴィラウア。
それを馬なし馬車の整備をしながら感心して眺めているシャミル。
「上手い事言うもんじゃの。お主徴税吏になった方がよいのではないか」
「そういう皮肉は言わないでくださーい」
「純粋に褒めとるつもりなんじゃが?」
「いったん置いときましょう。私たちこの掛け合いすると長くなります」
「自覚はしとるんじゃな…」
いつものやり取りをしつつ再び巨人の娘の方に向き合うミエ。
「さて危険を冒してまで
こくこく、とその大仰な体で頷くヴィラウア。
「この村で紹介されたお仕事の中から自分向きなものを選んでもらって働いてもらいます。今は力仕事いっぱいありますからねー」
実はそのあたり石の
あちらの主目的は街の防衛であり、緊急事態でもないのに安易に使っていると他国にこの街のセキュリティを看破されかねないのと、
またそうでなくともこの街には住人の雇用を確保する、という役目がある。
全ての街がそうだとは言わないが、少なくともこの街に於いてはそうだ。
そして少なくともミエはそれを理想としてこの街を運営している。
だから巨人族の為の仕事もだから街が用意しなければならないのだ。
為政者と言うのも…真面目にやろうとするとなかなかに大変なのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます