第551話 煙吐く怪物
どどどどどどどどど…
そんな音を立てながら、なにかが村に近づいてきている。
同時に何か喚くような言い争うような叫びも聞こえる。
背後から響いてくるその騒音に、ヴィラウアは怪訝そうに振り返った。
そして…そこに信じられぬものを見た。
それは馬車に近い乗り物だった。
車輪が四つあり、その上に人や荷物を載せられそうな台がある。
ちょうど幌馬車の上の幌を取り去ったような感じだ。
ただしその馬車には馬がいない。
馬がいないにもかかわらずすごい勢いで走っている。
台の上には色々なものが積まれていた。
その多くが銀色に輝いており、窯のようだったり、或いは煙突のような形状をしており、その煙突からはもうもうと白い煙を噴き上げている。
「きゃああああああああああああああああ!!」
そして…その馬のいない奇妙な馬車の上に、誰かが乗っていた。
「うおおおおおおおおおおおおおっ!? 制動が効かん! 速度が! 速度が落ちん!?」
「誰か止めてくださああああああああああああああああああああい!!」
「おー……どきどきアトラクション……」
その馬なし馬車の正面で、馬もいないのに御者のようにその馬車を操ろうとしている小人(特に小さい)が一人。
そしてその馬車の縁にしがみつくように左右に二人。
計三人の小人……
「む。いかんな。このままだと村に突っ込んで大惨事だ」
「たいへん! たいへん!」
わたわたと慌てるヴィラウアの前で、ユーアレニルが肩を回すと腰を落とし、小さく気合を入れる。
途端に細身の彼の肉体がぼぶん、と肥大化し、みちみちとその筋肉が張り詰めた。
「おおおおおおー!?」
「ヴィラウア! 村を覆う幕を上げてくれ! このままではアレが布を巻き込みかねん!!」
「わ、わかった!!」
「勢い余ってお主が引きちぎるなよ!」
「わかった!」
急いで、だがなるたけ慌てないように、ヴィラウアが村を覆い隠しているその魔法の布を持ち上げる。
かなりの速度で突っ込んでくるその馬なしの馬車。
ユーアレニルはそれを正面から受け止めようとはせず、衝突の寸前ギリギリで身をかわし横に回り込むと全力でその車体をひっつかみ、車体の下にもぐりこむようにしてその後部をぐいと持ち上げた
凄まじい勢いで後輪が廻っている。
だがなぜかその馬車はそれ以上前に進もうとはしない。
どうも車体を動かしているのは後輪の回転のみのようである。
「さ、今のうちに降りるがよい」
「はわわわわわわ! す、すいませんゆーさん!!」
「うむ! 致し方あるまい! 緊急退避ー!」
「おー…しゅたっ!」
三人の娘がその馬車から飛び降りる。
娘たちの無事を確認すると、ユーアレニルはそのまま車両をゆっくりと横倒しにした。
後輪は未だに回ったままだが噛む地面がないため馬車はそこに留まったまま。
奇怪な音を発し続けながら円塔から白い煙を発するのみである。
「また故障ですかな賢者殿」
「故障ではないわい! ただ一人乗りの時と比べて三人乗ると全然スピードが出んでのう。それで少し出力を調整したら今度は止まらなくなってしもうたわい」
「はううううううううううう…せっかくですから乗せてください! して本当に申しわけありませんでしたぁぁぁ…」
「おー…たのしかった」
がなり立てている小人。
馬車の脇の地べたにへたり込んでいる小人。
そして万歳しながら御満悦の体の小人。
三者三葉の小人である。
「む、サフィナ殿戻られたのか」
「おー…もどった」
ユーアレニルに話しかけられた小人…びっくりするくらい愛らしい少女が返事をする。
その少女のあまりの可憐さにびっくりしてまじまじと見つめている巨人の娘ヴィラウア。
可憐な少女はひょいと首を傾けると己を見つめるその視線を見返した。
「おー…?」
「おおおおおおー……」
じいと見上げる可憐な少女。
その少女の見た目も衣装もあまりに愛らしく、思わず四つん這いになってなるたけ目線を合わせながらじっと見下ろすヴィラウア。
二人は互いに見つめ合い…
「おー…まる!」
「??」
可憐な少女が突然両腕で大きなマルを作った。
さっぱり理解できずに首を捻るヴィラウア。
「ウム。合格だな! よくやった!」
「ごーかく…?」
言われて今更ながら思い出す。
そういえば確か最終試験が残ってるとかなんとか言われていたような気がする。
浮かれていてすっかり忘れ切っていたけれど。
もしかして今のがその試験だったのだろうか。
「これでいーの…?」
「うむ。サフィナ殿に認められたのなら問題あるまい」
「??……今のしけん通らないひといるの……?」
「ウム。露見して大暴れして村人が幾人か死んだこともあったな」
「こわい!?」
よくわからないがどうやらとても怖い試験だったらしい。
ヴィラウアにはまったくもってよくわからなかったが。
「それにしてもブレーキもうちょっとなんとかならなかったんですかこれ」
「一人乗りの時はちゃんと作動しておったんじゃがのう…ああいかん熱で変形しておる」
横転している馬なし馬車の横では、その馬車をいじくり回しながら一番小さな小人…シャミルがぶつくさと悪態をついている。
その横から覗き込んでいる小人…言わずと知れたミエである…は興味深そうにその様子を見物していた。
「挟んで止めるやつですかー」
「他に何があるというのじゃ。魔術以外に」
「うーん私こういう機械には詳しくないんですよねー」
ミエがもう少し自転車や自動車に興味があればディスクブレーキとドラムブレーキの違いなどにも頭が廻ったのかもしれないが、残念ながらミエはそうした乗り物にはあまり興味がなかったため大した知識もなく助言もできぬ。
なにせ自分で動かせる乗り物など車椅子くらいしかなかったのだから。
「後で
「最近シャミルさん仲いいですね、あの鍛冶屋さん達」
「まあ色々注文しとるお得意様じゃからなわしは。連中の愛想も多少よくなろうとゆうものじゃろ」
「なるほどー…ところでこれ緊急時に
「いや稼働中の
「あそっか直接熱出すんでしたっけ。そりゃ熱くて触れませんねえ」
「じゃが制動ではなく動力源を取り外して自然停止を待つというアイデアは悪くないの。悠長すぎるゆえ緊急手段じゃが。今回はロック部分が熱で変形しとったから放熱機構自体を水蒸気機関から離すように設計し直して……?」
二人で何やら相談しながらミエとシャミル。
当然ながら二人が何をしているのかヴィラウアにはさっぱりわからない。
「あ、そでしたそでした。ユーさん、いつもお世話になってます!」
「ウム、ミエ様も御健勝のようでなにより」
「ミエサマ……?」
ヴィラウアがぱちくりと目をしばたたかせる。
「うむ。この方が先刻言っていたミエ様。この街の太守の第一夫人である」
「おおおおおおおおおおおー!」
地べたに跪き大きく頭を下げるヴィラウア。
傍から見ると土下座をしているようにも見える。
「ミエサマ! ミエサマ!」
「ちょちょっとちょっと! ユーさんこの子に何吹き込んだんですか!?」
「何とゆうても、ただ事実をありのままに」
「事実だけでこうなります!?」
「なる」
「なるのう」
「おー…なると思う」
「ちょっとみんなまでー!?」
事実を告げただけで巨人族の娘が平伏するクラスク市太守第一夫人、ミエ。
だがオーク族に攫われた娘が成し得た戦果がこの村の南方に聳える巨大な城壁とその内にひしめく大都市だというのなら、確かにそれだけの偉業は成し遂げているのかもしれない。
困ったことに当人にはあまり自覚のないことなのだけれど。
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