第530話 教会艶笑譚

「ああ、なるほど。クラスク様の、というのは、つまり、そういう……」


ようやく二人の言わんとしている事がわかり、イエタはしどろもどろに返事をした。


「だってほら、イエタ様はクラスク市長のもとに嫁いだのでしょう? でしたらその、御存じなのかなーって。その、もちろんお答えできるなら、でいいのですけど」


ラニルがもじもじしながら、だがはっきりと口にする。

要はクラスクのを聞いているのだ。


修道女、というイメージからはおよそ程遠いが、この世界の修道女は別段性交も婚姻も禁じられてはいない。

そもそも神々が自分の似姿として人型生物フェインミューブを造ったのは信仰心を集める為である。

信者である聖職者が婚姻して子を為せば、その子は親の教えを受けて高い確率で親と同じ神を信仰し、その神の力となるだろう。

神としてはさほど困ることはないのである。


だがそれが地上の教会組織の立場になると多少話が変わってくる。

組織である以上維持や発展が不可避だし、他の宗派との覇権争いもいある。

無論その大儀は己の神の威光を示しより多くの信者を獲得することであって、高位の司祭達が実際に神の声に直接耳を傾ける事ができる以上そこから大きく逸脱することはないにしても、やはりどうしたってそこに人の欲得が入り込んでしまう事は否めない。

特に教会の管理に聖職者以外の者が携わっている場合その傾向が強いようだ。


そうした彼らにとって奇跡の力を振るえる聖職者が非常に貴重な『戦力』である。

その人数と魔力の差がそのまま他の神々との間の格差になるし、それが大きくなれば他種族からの改宗も起こり得る。

ゆえに神は禁じていなくとも、教会は聖職者たちの色恋にあまりいい顔はしない。


恋愛などによる価値観の変容はせっかく教会で合わせた彼らの神との位相……いわゆる信仰心をずらすことに繋がりかねず、そうなれば最悪奇跡を振るう力を失ってしまう事すらあるのだから。

特にそうした弊害は教会内部で純粋培養で育成した聖職者などに起こりやすい。

世間を知らぬがゆえに神との波長を合わせて育てやすい一方、他の価値観を知ってしまう事で簡単にそれが崩れてしまうためだ。



ゆえに…クラスク市に聖職者を派遣する際にも、実はひと悶着あった。



なにせオークの街である。

送り出したのが女性なら貞操はまず喪われるだろう。

だが男性などを送り出そうとすれば今度は機嫌を損ねて生首になって帰還しかねない。


女神の肝いりである以上聖職者を送らないという選択肢はありえないにしても、一体誰を行かせればいいのか議論が一時紛糾したのである。


これに関してはイエタが自ら志願したこともあってそのまま本決まりになったけれど、だから彼女について教会はある程度諦観をもって送り出していた。


オークの街に送り出す以上無事ではすむまいと。

きっと操を奪われ、最悪奇跡の力を失うやもしれないと。

そう思われながら、一種の人身御供として送り出されたのである。



まあそうしたもろもろの事情は置いておいて、ともあれ目下の話題はクラスク市長の下のサイズである。

イエタは耳先まで真っ赤になって俯いて、修道女見習いの娘らは興味津々と師の普段は見せぬしそんな初々しい様子に瞳を輝かせている。


「ええと…それは……」

「それは!?」

「その……お互い忙しくて、ですね」

「ふんふん! 忙しくって……いそがしくって?」


怪訝そうなラニルの声に、イエタは頬を染めながら上目遣いでこくんと頷く。


「実は、まだ……」

「「ええええええええええええ」」


驚きと失意の入り混じった声が教会の壁に反響し、イエタをますます赤面させる。


「そんなー。オーク族のサイズについて知るチャンスだと思ったのにー」

「残念です…」


がっくりと手をつき大仰に落胆するラニルと少しうなだれるユファトゥーヴォ。


「お二人とも、その、どうしてそのような悩みを?」

「それは…まあ」

「私たちもこの街の住人ですから…」


この街に移住する娘は必ず『その件』を伝えられる。

即ちこの街の『主たる目的』と『あり方』についてだ。

ゆえにこの街に住み暮らしている娘たちは皆少なからずその覚悟を……あるいはどうにかしてやり過ごす算段をしていることになる。


そもそもこの街はその成り立ちゆえに家族連れの移住よりたとえ子連れであろうと独身女性の移住の方が遥かに希望が通りやすい。

だから彼女たちがオークについて意識しないということはあり得ないのだ。


「その……この街に来るまで聞いてたイメージとはだいぶ違うといいますか…」

「この街のオークって思った以上に社交的だし、話し上手だし、女性を立ててくれるし、割とお金持ちだし……?」


ユファトゥーヴォが慎重に、ラニルがわりと打算的にそれぞれのオーク族についての感想を述べる。

無論それはこの街のオーク族についてのみの話であって、オーク族という種全体の話ではないけれど、それでも彼女たちにはだいぶんなカルチャーショックだったらしい。


「だからそのー…今オークの何人かに交際を申し込まれてるんですけど、その、実際にはどんな感じなのかな、とかー」

「それは個々のオークによって異なるものですから、真摯にお付き合いして確かめるよりほかないかと」

「ですよねー?!」


イエタの実にもっともな返答にラニルが頭を抱える。


「だいたい忙しいって言うなら市長様ずっとずぅっと多忙な方じゃないですか! いったいいつになったらイエタ様に手をお出しになられるんですかー!?」


逆切れのように食って掛かるラニルの問いに、イエタはぼん、と顔を真っ赤に染め上げる。

そして肩をすぼめ、両手指をもじもじと所在投げにいじり回しながら、俯き加減に身をよじり…


「ええと、その……」

「その?」

「こんや……」



と、消え入るような声で呟いた。



「「きゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!」」


ラニルとユファトゥーヴォ大興奮。

二人で抱き合って黄色い歓声を上げ、イエタを囃し立てる。


「おめでとうございます!」

「あの、ありがとうございます…?」

「応援しますね!」

「おうえん…ですか?」

「はい! がんばってください!」

「がんばる…ええと、がんばる……」


よくわからぬままに、だが自分の努力の問題ならばと両こぶしをぎゅっと握り締め、がんばるポーズのイエタ。


それを見てますます興奮する二人。


「こらこら。教会の外にも聞こえてますよ。そういうお話をするなとは言いませんがもう少しお静かに……ね?」


と、教会の外から一人の女性が入ってきた。

逆光に照らされその顔はわからぬが、この街の住人でその声を知らぬ者はいない。


「「ミエ様!!」」


わたわた、と慌ててイエタと距離を空け直立不動の姿勢のまま固まる修道女見習い二人。

ミエは軽く一礼しながら三人の下へとやって来てにこやかにイエタに手を差し伸べた。


「さ、そろそろ日も傾きかける頃合いです。我が家に帰りましょうか」

「…はい、ミエ様」


イエタはミエの手を握ると、そのままととと、と彼女の横に並ぶ。


「それではラニルさん、ユファトゥーヴォさん。お先に失礼しますね」

「は、はいっ!」

「お疲れ様ですっ!」


別にミエが暴力を振るったり権威を笠に着たことは一度もない。

ないのだがこの街の住人でミエに逆らおうとする者は誰一人いなかった。


なにせあの伝説の『赤竜殺し』にしてこの地のオークを統べる大オーク、クラスク市長の第一夫人である。

それも他の妻と違って彼がオークの集落の一介のオークの戦士に過ぎなかったころから夫を盛り立て族長の座につけてそのまま村長、市長へと成り上がらせて、幾度も危地と死地を潜り抜け乗り越えさせてきた女性なのだ。

尊敬を通り越して畏敬の念で見られるのはむしろ当然と言えた。


「あ、そうそう、さっきのお話なんですけどー」

「は、はいっなんでしょうかっ!」


大仰に畏まるラニルに顔を近づけ、どきりと胸を鳴らす彼女の耳元でそっと囁く。

そしてにこりと微笑んで頭を下げると、そのままイエタと共に教会を後にした。



ぺたん、と床に膝をつき、ラニルはわなわなとその身を震わせながら耳先まで真っ赤になってその身をよじり震わせる。



「そん

 なに」



そして泣きそうな顔で相方の方を見上げ、こう叫んだという。







「たいへん! いえたさまがしんじゃう!!」






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