第506話 負けぬための戦い

「大変でもなんでもやるしかないニャ。こっちの補助魔術を打ち消された時点で対真竜ドラゴン戦はほぼ詰みだからニャ」


つまり今回の最終決戦に於いて、ネッカは常に待機状態で待ち受けながら相手を注意深く見守り続け、呪文の詠唱を始めた瞬間にその種類を特定、対応する最も適切な対抗呪文を詠唱し相手の呪文を打ち消す…それだけを専門にやれ、と言っているわけだ。


とてつもなく地味で、とんでもなく神経をすり減らし、それでいて一切のミスが許されず、そして最も重要な役目をアーリはネッカに振ったのである。

それはネッカも緊張して脂汗を流そうというものである。


「ネッカは戦闘中完全に対抗魔術要員になってもらう関係で、補助呪文をかけてる余裕がないニャ。なのでネッカの補助呪文は全て迷宮に突入する前、あるいは地下三十五階層の居住区が終わった地点でかけられるものに限定するニャ」

「ええっと…タイミングが二段階あるのはどうしてなんです?」


ミエの問いにアーリは顎でくいとネッカを指し。

ネッカがこくこくと頷いて板書を再開する。


「それは補助呪文のの問題でふね」

「持続時間…?」

「はいでふ。例えば炎の爆発で相手を倒す〈火炎球カップ・イクォッド〉や指先から稲妻を放つ〈電撃ルケップ・フヴォヴルゴーク〉などの呪文は一瞬で効果が終わってしまいまふ。でふが味方の筋力を上げたり武器の精度をあげたりといった呪文は持続しまふ。その継続時間は個別の呪文ごとに大枠で決まっていて、あとは術者の魔力によって増減しまふ」

「なるほど…つまりかけるタイミングが違うってことは持続時間が長い呪文と短い呪文があるってことですね?」

「はいでふミエ様。補助呪文の持続時間は例外もありまふが大別して四種。決戦呪文、沸騰呪文、半鐘呪文、鐘楼呪文、みたいに呼ばれてまふ」

「沸騰…ふっとう?!」


唐突に出てきた単語にミエが耳を疑い己の翻訳能力に疑問符を付けた。


「あくまでも通称でふ。決戦呪文はとても強力な効果でふが持続時間はすぐ切れまふ。基本的には戦闘中に味方にかける呪文でふね」

「ふむふむ」

「沸騰呪文はこう…鍋に水を入れてそれを沸かしてお湯にするくらいの間もつ、とされる呪文でふ。戦闘のちょっと前なんかにかける呪文でふね」


素早く板書を続けながらネッカが解説する。


「半鐘呪文は沸騰呪文より長く、だいたい教会の一鐘楼(約3時間)の半分より短い程度の呪文でふ。こちらは主に迷宮で手強い敵のいる階に降りた時に使ったりしまふ」

「ほうほう」

「でそれより長くてだいたい一鐘楼からそれ以上持続する呪文が鐘楼呪文でふ。術者の魔力が十分高ければ半日から一日持続したりもするのでこちらは迷宮に突入する前にかけておけまふ」

「へえええええー」


瞳を輝かせてミエが感心する横で、ゲルダが椅子に背もたれながらこれまた興味深そうな表情を浮かべている。


「へー、半鐘とか鐘楼とか、冒険者や傭兵のスラングみたいなもんだと思ってたんだが本職の魔導師でもすんだな」

「えーっと、ネッカも一応昔冒険者だったもので…」

「あーそっか悪ィ悪ィ」

「いえ全然気にしてないでふ」


ネッカの冒険者時代の想いではあまり良いものではなく、ゲルダもそのことについて知っていた。

それを思い出させてしまったことについて素直に謝るが、ネッカは首を振って特に気にしていないことを告げる。

かの長い長い攻城戦とその後のかつての仲間との和解を経て、ネッカはその心の傷を乗り越えていたのだ。


「とまあそんなわけで今回ネッカに準備してもらう補助魔術は全部半鐘呪文と鐘楼呪文に限り、戦闘中はその補助呪文を消されないように立ち回ってもらうニャ」

「了解したでふ。責任重大でふね…」


俯いてぶつぶつと慣れぬ役割についてシミュレートを始めるネッカ。

その横でスッと手を挙げる者がいた。

イエタである。


「わたくしの方はいかがいたしましょうか。サポート用の呪文でしたら聖職者の呪文にもそれなりにありますが…」

「神聖魔術の方もニャー。傷の治療が遅れたら即死を免れても重症の直後に死亡とかになっちゃうから基本長めの呪文は全部あらかじめかけといて戦闘中は治療呪文をいつでも打てるように待機して欲しいんニャけど…それだと真竜ドラゴン相手じゃ多少火力不足や防御力不足になるかもニャー…」


ふむふむと考え込んだアーリはだがすぐにピンと尻尾を立て瞳孔を縦に開く。


「そうニャ。決戦呪文や沸騰呪文をで使ってほしいニャ」

「まあ!」

「そんなのあるんですか!?」


イエタとミエが驚いて目を丸くする。


「全員に〈火炎免疫ウーサマーニュ・オラフ〉を付与して炎に完全耐性があるはずニャから、相手が≪竜の吐息≫を使ってきたタイミングがひとつ。そして相手が魔導術を使ってきたらネッカが全部打ち消してくれるはずニャから向こうが呪文を使ってきたタイミングがもうひとつ。≪竜の吐息≫や魔導術の行使の最中は向こうは爪や牙ニャんかで攻撃できニャイから、この二つが明明確な『一切ダメージを受けない』タイミングニャ」

「それってネッカが相手の呪文を完全に遮断する前提でふよね!?」


責任重大な上にプレッシャーをこれでもかとかけられ涙目で叫ぶネッカ。


「当たり前ニャ。その程度できなくで何が竜退治ニャ」

「でふがネッカは対抗魔術戦は不慣れで…そっぱい確率もありまふし…」

「別にそこまで心配しなくてもいいニャ。ニャ」

「「「……?」」」


先ほど聞いた話だと対抗魔術というのは相当にハードルが高いもののはずだ。

相手がどんな呪文を準備し使ってくるのかを予測し、それに応じた呪文を準備し、そして相手の詠唱から瞬時にその呪文を判断、それに対応した呪文を相手の詠唱に間に合うようにぶつける…聞くだけで大変そうな上にネッカは今回が初挑戦てである。

なぜアーリはそれをほぼ確実にできると言い切れるのだろう。


「ええっと…それってどういう意味なんです?」

「簡単な話ニャ。極論すれば向こうがどんな呪文を打ってきても…例えば火の玉だろぷと電撃だろうと別に打ち消しに失敗してもいいニャ。こっちが警戒するのは向こうの〈解呪ソヒュー・キブコフ〉とその上位呪文や派生呪文だけニャ」

「でもだから相手の呪文を〈解呪ソヒュー・キブコフ〉で打ち消すには失敗確率が…あれ?」


そこまで口にしてミエはようやくそこに思い至った。


「あ…そっか、そうだ! 〈解呪ソヒュー・キブコフ〉で相手の呪文を打ち消す時は普通なら失敗確率がある! でも向こうが使ってくる呪文が同じ〈解呪ソヒュー・キブコフ〉なら! 対抗呪文の法則その1に則ってんだ!!」




×        ×        ×




そう、それこそがネッカの取った方策。

相手の〈大解呪フヴォキブコフ・クィライクフ〉に合わせて同じタイミングで〈大解呪フヴォキブコフ・クィライクフ〉を放ち、同じ呪文同士が干渉すると打ち消し合う、という法則を利用することで相手の〈解呪ソヒュー・キブコフ〉の上位呪文を使のだ。


我が信仰、もろびとを護りし盾とならんノフス ラツ フシューン! 〈領域・信心の楯トゥミュツォル・フシューヒラウフト 〉!」


そして同時にイエタが味方全員に信仰の力で護りを与える。

事前にアーリに言い含められた通り、相手の呪文行使に合わせて補助魔術を仲間に授けたのだ。


「がるるるるるるる…きゃん!? キャインキャイン!」


自らの魔術が打ち消された赤竜は、不満そうに羽を一打ちさせて財宝の上に着地する、

下っ腹に噛みついていたコルキは押し潰されそうになって慌てて牙を離し脱出しようとするも間に合わず、そのまま前脚を竜の腹の潰され…かけたところを慌てて腕を引っこ抜いて多少の怪我のみで済んだ。


事前にかけられていた〈去来自在 スモノピン・ヒニウールフ〉の呪文によって掴まれたり挟まれたり潰されたりといった状態からの脱出がとても有利となっているのと、下が堅い地面でなく掻き分け可能な財宝の山だったのが幸いしたようだ。


慌てて距離を取るその魔狼を威嚇するように小さく唸り、己が巣穴への侵入者どもを睥睨する赤き竜。



ここまで竜の目論見を悉く潰してのけて、だがそれですらようやくスタートライン。

ようやく『竜と戦う権利』を得たに過ぎぬ。







戦いは未だ…その端緒に過ぎなかった。







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