第486話 遺失呪文
おそらく計画的な退去を行ってこの地下都市から消えた古代の住人。
これだけの規模の建造物を造る技術力と現代でも稼働している高度な魔術的防衛機構を構築できるだけの魔導力があれば外敵に怯える必要などないどころか、相手を一方的に駆逐してしまえばいいはずで、なぜ彼らがこの都市を捨てたのかは未だ不明のままだ。
彼らがこの遺構に残した品は多くなく、またそうした品々も
それでもこの
だがクラスク一行が見つけた…というか外壁を取り外して強引に潜入したルートはこれまで未発見だった場所である。
当然これまで冒険者が立ち入ったこともない。
ゆえにアーリも何か目ぼしいものがあるかと探索してみたけれど…やはりあらかた持ち去られていて、例の書庫を除けば先述の通り巻物や書物や小さな魔具が若干見つかったのみだった。
…が、それでも古代の遺品である。
巻物に関しては当時の呪文が記されていた。
恐らく執筆時点ではは汎用的なありきたりの呪文で、価値が低かったゆえに捨てられたのかもしれないけれど、現在においては非常に大きな意味がある。
現在の魔導術のほとんどは魔導学院、もしくはそこから卒業した魔導師達によって研究・解明されている。
そして偏屈な一部の魔導師を除けば、彼らが解き明かした呪文たちは魔導学院書庫へと還元され、周知のものとなる。
特に有名な魔導師が解明した神秘であればその魔導師の名が呪文に含まれることすらあるのだ。
だがそれとは別系統で解明された魔導術も存在する。
例えば古代魔法王国などで研究されていた呪文群がそれだ。
「ただそういった呪文は殆ど残されていないんでふ」
「なんでですか?」
「古代魔法王国時代は神話の龍の原初の炎によって終焉を迎え、その中核となった魔法都市は消滅。辺境に遺された各魔法都市もまた、徐々にその勢力を失い衰亡していったとされていまふ」
「ほんとに神話的な話ですね……」
そうして失われた彼らの高度な魔導技術は現代に伝わらず、彼らが解き明かしたこの世の真理…数々の呪文群は現在の魔導術と断絶してしまっているのだ。
こうして過去に解明され、そして失われてしまった呪文たちの事を、魔導師は『
自ら魔導の研究にいそしみ新たな呪文の開発を行う魔導師はもちろん多いが、中にはこうした
アーリが拾った巻物には…その
ネッカがその巻物を解読して飛び上がって慌ててネザグエンに連絡、ネザグエンの調査の結果未発見の遺失呪文と認定されたのである。
かくてネッカは名誉ある古代期の
「あの本と魔具の解析もしたいんでふけどね…読み込んだり調査するだけの時間がなかったでふ」
ネッカが通路を歩きながら眠そうな目をこする。
なにせ今日まで必要な魔具を延々と作成し続けてきたのだ。
だいぶ睡眠時間が犠牲になったものと思われる。
「へー…でも古代魔法王国も竜に滅ぼされちゃったんですねえ」
その竜が今や彼らの都市の動力源らしき火山の火口に棲みついているというのは何とも皮肉な話ではないか、などとミエはいらぬことを考える。
「まあそうでふね。正確には
「うん…? 竜と龍って違うものなんです?」
ミエの素朴な疑問にネッカがこくりと頷く。
「龍は竜を生み出した存在…簡単に言えば
「どらごんのかみさま!」
まるで意識していなかったものを突然提示され、思わずぎょっとするミエ。
「かみさま…竜のかみさまですか…あー、なるほど…?」
いきなりの情報に驚嘆はしたけれど、落ち着いて考えれば人だろうと獣だろうと竜だろうと誰かが生み出したものには違いない。
例えば鳥や獣や植物などであれば森の女神やら空の女神やらが生み出したものだと納得できる。
けれどアーリから散々脅かし交じりに聞かされた竜の生態…傍若無人さと
確かに彼女の元いた世界であれば信者に厳しい試練を課す神様もいた。
そういう試練を振りまく存在としてならドラゴンのような危険な怪物を生み出すこともあるかもしれない。
けれどこの世界の場合神様は信者たちの信仰心から力を得るのだ。
無駄にきつい試練を与え信者の数を減らす意味がないのである。
いやもしかしたら邪悪な神様が造り出したのかもしれないけれど、神様なら邪神だとてオークやゴブリンのような己の似姿たる
となると竜は神様が生み出したものではない。
ならば神様とは別の、けれど神様に比肩するような大きな存在が竜にもいるはずである。
そう考えれば、竜の神様のような存在がいる、と言う話もわからぬではない。
「なるほど…? 全然考えたことありませんでした」
「まーあんまり考えても仕方ない話ニャ。まず出会う事自体ニャイだろうし」
「竜にだって出会うとは思ってませんでしたけども!」
「…それもそうニャ」
そんな会話を交わしながら、通リの突き当りまでやってきた一行。
「…行き止まりですね?」
「途中隠し通路はいっぱいあったんだけどニャ。まあ当時の連中には隠しでもなんでもニャイただの自動開閉扉みたいなものだったはずニャけど…」
アーリが皆を下がらせ一歩前に出て壁を指先でまさぐる。
「ただここだけはちょっと違うニャ。一応王族? が控えているらしき区画だからちょっとセキュリティがニャー…おーここだニャ」
口では大変そうなことをぼやきながら、けれどあっさりとアーリの目の前の壁が消え失せる。
「というわけでここからが居住区ニャ! これまでのほとんどの冒険者の知ってる区域だニャー」
アーリが手を広げ指し示した先は完全なる闇。
ミエの持つランタンの煌々とした灯りでも、その先は見通せぬ。
これだけだとどこがどう居住区なのかミエにはよくわからなかった。
「ナルホド昔の連中が住んデタ家カ」
「ああ。どうやらずっと続いているようだな」
「でふねー。先が見通せないでふ」
「あーんずるいです私も見たーい!」
パーティーのほとんどは暗闇もしくは薄明りで視界が確保できるため、ミエの持つランタンの光源のみで彼女の可視範囲をはるかに超えた先まで視認できているようだ。
ミエはぶんぶんと手を振って悔しがる。
光源であるランタンが大きく揺れるが、元々戦闘なども想定して作られているためこの程度で傷んだり中の炎が消えたりすることはない。
というかそもそもこのランタンの内側には通常の炎と同時に〈
炎が消されても、あるいは魔術によって魔法の光が〈
そして覆いつきのランタンなのでいざという時には周囲の覆いを下ろして完全な暗闇にすることも可能である。
このランタンの構成にミエは瞳を輝かせて感心していたが、冒険者としての最低限の準備だとアーリは
「うう…私だけ仲間外れ…ふぇ?」
ミエががっくしと肩を落とし落ち込んでいると…その落ちた肩をたしたしと叩く者がいた。
イエタである。
イエタは己自身を指さしてにこ、と微笑んだ。
「あ…鳥目…!」
そう、
はるか上空から地表の細かなことまで見通す遠目などもその一つだ。
ただし鳥であるがゆえに彼女たちの多くは鳥目…即ち夜に視界が確保できぬ。
どうやら夜行性の鳥類の性質は受け継いでいないらしい。
ミエと同様光源がなくば
きゃー! と互いに手を取り合って互いに同類を喜び合う二人。
普段聖女然と振舞っている割にイエタではあるが、こういうところで割とノリがいいようだ。
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