第485話 かくて準備は整った

「ハ。報告ニヨリマスト…」


オークの伝令どもが入れ代わり立ち代わりやってきては報告をしてゆく。

それをクラスクは逐一確認して深く頷く。


「よシ。神やら何やらに確認シタ通リダナ」


そして大きく伸びをして、天井に手指がぶつかって少し痛めた。


「いけませんクラスク様。天井が低いのですから…」


慌ててイエタが駆け寄って治癒の呪文を唱えようとする。


「大丈夫ダ。治療イらナイ。大事なリソースロティアルゴ? ダッタか? 無駄にすルナ」

「御心配には及びません。戦場で使うようなの治癒呪文は使いませんから」

「…わかっタ。頼ム」


短い詠唱と共にイエタの指先が淡く光り、その指先が触れた個所の裂傷がきれいに閉じる。


「はい、終わりました」

「便利ダナ」


イエタが街に来てからクラスク市の住人たちの怪我や病気は大幅に減った。

彼女の治癒や治療の呪文のお陰である。


こんな連中が他の街にたくさんいるのなら、戦争する時はもっと徹底的にやらないと効果が薄いな…などと少々物騒なことを考えるクラスク。


ただ以前の聖職者たちとの魔力や呪文の格差から判明したように、イエタの聖職者としての実力は相当な高さのようだ。

クラスクはイエタ以外の聖職者を殆ど知らぬためそこまで理解しきれていないけれど、それゆえ彼の心配は杞憂である。



それはまあ、彼女がたくさんいれば間違いなく脅威だろうけれど。



「まったく…それでは先が思いやられるわい」

「迂闊ダッタ。気を付けル」


シャミルの毒舌に素直に頭を下げるクラスク。


「お主が今回の計画のかなめなんじゃからな」

「わかっテル」


クラスクはシャミルの言葉にいちいち頷くと、背に負った己の愛斧…まあ呪われているのだが…を確かめ、こきりと肩を鳴らした。


「お前達準備イイカ」


クラスクが目を向けた先…そこは狭い地下通路だった。


多島丘陵エルグファヴォレジファートにあるドワーフの小国グラトリア、その北端の街オルドゥス。

そのオルドゥスの地下に広がる多層鉱山、その大坑道第三階層。

その最奥に…彼らはいた。


「いつでも構わんぞクラスク殿。準備は万端だ」


自らの夫を未だに敬称で呼ぶのはキャスバスィ、通称キャス。

ハーフエルフの女騎士である。

エルフの血を引くがゆえに若干の精霊魔術も使える魔法剣士枠だ。


「ま、やるだけのことはやったニャ。あとは結果を御覧じろって奴ニャ。あ、あと再三言ったけど戦闘には参加しニャイからよろしくニャ」


珍しく革製の防具などを着込んでいるのはアーリンツ、通称アーリ。

獣人ドゥーツネムの盗族である。

戦闘はからっきしだがそれ以外の盗賊技術が買われての起用だ。


「が、がんばりまふ!」


ガチガチに緊張して流暢に喋れぬ様子なのがネカターエル。

真面目に名を語ると欠伸が出かねないので略してネッカ。

ドワーフ族の魔導師である。

今回の地下迷宮ショートカットを可能とした立役者だ。


「皆様に神の御加護があらんことを。この大役精一杯務めて見せましょう」


開いているのかわからぬ細い目でにこりと微笑み、落ち着いた雰囲気の娘はイエタ。

天翼族ユームズの聖職者である。

このパーティーの回復薬を務める文字通りの生命線だ。


「ええっと…右も左もわからない初心者ですが! よろしくおねがいします!」

「ばうばう!」


そして…一人明らかに場違いな、狼の背に乗った娘、ミエ。

人間族の一般人である。

彼女が跨っているのは愛狼のコルキ。

今回どうしてもついていきたいいきたいいきたいと甘えた鳴き声で駄々をこねて数時間。結局クラスクとミエが根負けしてついてくる許しを得た魔狼であり、戦闘時以外はミエの乗騎を兼ねている。



「…全員イルナ」



最後に…彼らを纏めるこのパーティーのリーダーにして戦力のかなめ、クラスク。

オーク族の戦士である。

さらに言えばアルザス王国南西部の全オーク部族を統べる大オークにしてクラスク市の市長でもある。


彼らは皆銀に輝く鎖鎧などを身に纏い、背負い袋や肩から下げるサックなどを持っている。

冒険者用セットのようなものだ。

さらにはミエがその手にランタンを持っているが、これは≪夜目≫や≪闇視≫を持たぬミエが自前で用意したものであり、彼女以外にはあまり用に立たぬ。



「…気をつけてな」



そしてそれを見送るのがノーム族の学者シャミル。

そして彼女の亭主であるリーパグ、さらにラオクィク、ワッフの面々だ。


ちなみにゲルダとエモニモは妊娠中につき自宅待機。

サフィナは食料配布の仕事があるためお留守番中である。


「…後は頼んダ」

「ワカッタ。任セテオケ」

「シッカリヤッテミセルダ!」

「コレガ終ワッタラ竜殺シダナ兄貴!」


リーパグの台詞にニヤリと唇を歪めたクラスクは…彼らに背を向け片手を振りながら坑道の奥に進む。


そうして彼らは…竜の巣穴へと通じる古代魔法王国の地下迷宮、その中層階層へと足を踏み入れたのだ。



×        ×        ×



「いやしかし本気で画期的ニャー。あの理不尽の塊みたいな上層階層を無視して途中からスタートできるとかどうなってるニャ」

「そんなにひどいとこなんですか、上の方って」


やや広めの地下通路を進みながらアーリが愚痴り、コルキの背に女座りをしているミエが聞き返す。

ちなみにこの通路は以前クラスク達が最初に侵入したあたりであり、通路はまっすぐ前方に伸びているのみだ。


「ニャ。対策を取らないと攻撃が通らニャイわ対策を講じたとしてもめっちゃ硬いわ倒したそばから復活するわでほんと酷いもんにゃ。とにかく侵入者のリソースを削ろうって魂胆と殺意がマシマシニャ」

「なそ

 にん」

「まあそれに比べたらここらは元居住区だから警備も薄くて調べ放題だったニャー」

「目ぼしいものはちょっとしかなかったでふが、安全が確保できたのは大きいでふね」

「ニャ!」


そう、赤竜イクスク・ヴェクヲクスがクラスク市北方の無人の村々を三つずつ焼き払いカウントダウンを進めている間、彼らは全力を以てこの日のための準備を進めていた。

その際アーリはアーリンツ商会の業務統括部を一時的にドワーフの街オルドゥスに置き、ここで指示を出したり魔具の製造や購入用の予算を計上しながら合間を見て地下都市に潜っていたのである。


目的は当日…つまり今日の探索を少しでも順調にするためと、あとは新たに発見されたこの区画の調査である。


かつてアーリが冒険者仲間とこの迷宮に挑んだころ、今彼らが歩いているこの区域が存在することは知られていなかった。

もっとこの通路のずっと先…そこまでしか迷宮が伸びていないと思われていたのである。


だがここには未知の領域があった。

それもかつて知られていなかった玉座らしき場所まであったのだ。

となればそこをあらかじめ調べておくのが盗族の仕事である。


そもそも玉座の間が左右に広がっていて、その後幅10フース(約3m)の通路が延々と広がっているのみで、途中には隠し部屋が一つだけ、などということがあり得るはずがない。

必ずこの通路の左右には何らかの空間があるはずでなのだ。

アーリはそれを今日までずっと調べていたのである。


結果的にわかったことは…


「まあそのほとんどが倉庫か高級居住区で、だいたい目ぼしい者は持ち去られた跡だったけどニャー」


そう、この区画はどうやらこの古代都市の支配者層が住んでいた場所らしく、高級そうな居住区らしき空き部屋、大規模な倉庫らしき空き部屋、そして牢獄らしき空き部屋などが見つかった。

空っぽの玉座の間からもわかる通り、古代都市の住人達は十分な余裕をもってこの都市を後にしたらしく、ほとんどの品は退去する際に持ち去ってしまっていたようなのだ。


ゆえにアーリが見つけられたのは数本の巻物やら書物程度、それに部屋の隅転がっていた小さな魔具程度だったのだが…


なにせ古代期の代物である。

ネッカとシャミルが大興奮したのは言うまでもない。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る