第九章 地の底の大決戦
第480話 「その日」に向けて
「ざっくり読んだ感じじゃとこの
「こちらは解読しきるにもうちょっと時間かかりまふが、同じような感じでふね」
シャミルとネッカが書棚にあった本を一通り走り読みしてみたが、彼らにとってすぐに必要な情報は手に入らなかった。
「だいたいは当時の地誌や情勢、この地域の魔術的に有用な動植物などについて書かれておる本じゃな。これはこれで学術的には非常に価値が高いゆえわしとしては大収穫ではあるんじゃが…」
「手がかりなしかニャ…まあそうだろうニャ」
「知っテタのカ」
「本棚に空きがありすぎだからニャー。仮称玉座の間を見ても外敵に負けて追い出されたっていうより余裕を持って退去したって感じだったニャ。だからまあめぼしいものは本に限らず一緒に持ち出されたと見るべきニャ」
「ナルホド。目ぼしい収穫ナシカ」
少し残念そうに呟くクラスクに、アーリは尻尾をぴぴんと立てて目を見開きぶんぶんと首を振った。
「とんでもニャイ。目ぼしい収穫はココニャ」
そしてこの部屋…いや両手を広げて自分たちのいる空間そのものを指し示す。
「ココ?」
「この場所は間違いなくかの悪名高き
興奮した面持ちでアーリが話を続ける。
「もちろん居住区を抜けた下層にも罠や敵がいるんニャけどそれでも
ふおおおおおおおおと毛を逆立て瞳孔を縦に裂きながらなおもまくし立てるアーリ。
「クラスク、相談ニャけど前に円卓で取り決めた以外にアーリにはやることができたニャ。この場所をもっと詳しく調査してアーリの知ってる居住区区画までの地図を作っておきたいニャ」
「わかっタ。任せル」
「あとイエタにはこれニャ」
「はい? わたくしにですか?」
きょとんとするイエタにアーリが大きく肯首する。
「そうニャ。クラスク達の救出活動中に馬車の中で書いてたニャ」
アーリが懐から羊皮紙の束を取り出しイエタに渡…そうとして、急に眉をしかめてその束を凝視する。
「あダメニャ。これ上層階層の奴も含まれてるニャ。ちょっと待つニャ…」
羊皮紙をぱらぱらとめくりながら何枚も紙を放り捨て、合間合間に手近な机で走り書きを書き添えてゆく。
「こっからこっちに飛んで…まあこんなもんかニャ」
「ええっと…これは?」
イエタに手渡されたそれには、質問が書かれていた。
1.赤竜イクスク・ヴェクヲクスが自らの巣穴を出立する時間にはなんらかの傾向がある。
はい→2へ いいえ→12へ
2.その決まった傾向とは教会の鐘楼で言うといつ頃なのか。
朝→3へ 昼→30へ 夜→40へ
3.朝に出発した赤竜イクスク・ヴェクヲクスが巣穴に戻るときの時間に傾向はありますか?
はい→4へ ……
などなど。
羊皮紙にびっしりと質問が記されており、その質問の答えによってさらに次に尋ねる質問が指示されている。
その羊皮紙をミエが見ればすぐにそれがあるものに酷似している事に気づくだろう。
そう、フローチャートである。
「イエタは〈
「はい。一応は」
「イエタには
「これを…毎日ですか?」
「そニャ。年経た竜との戦いは情報戦ニャ。圧倒的に強い相手にこちらもあらん限りの準備を整えて挑むのニャ。占術を使えるのに使わないのは阿呆ニャ。ただ前にも言った通り大人の竜は魔術結界を張り巡らせてるから当人に〈
「なるほど…」
イエタは普段中位以上の位階の呪文を滅多に使わない。
それはいついかなる時に不測の事態が起こるかわからず、そうした時に貴重な治癒治療に回せる魔力を残しておきたいからだ。
だが今は非常事態である。
そんなことを言っている場合ではない。
おそらく竜の攻略について最も詳しいのはこのアーリと言う獣人の娘であり、彼女の頼みであれば聞き入れるのがきっと良い方向に傾くと彼女の心の内の何かが囁いていた。
「承知いたしました。わたくしの魔力の及ぶ限り読み進めさせていただきます」
「頼むニャ」
「…それと、神様のご機嫌を損ねない範囲で」
「それはそうだニャー」
イエタとアーリの話を、ネッカはその横で古代の
だが明らかに己に関わってきそうな話だけに聞き流すわけにもゆかず、恐る恐る挙手をしてアーリにアピールする。
「あのー…それってネッカもやるべきでふよね…?」
「やって欲しいのはやまやまなんなんだけどニャー。ネッカには円卓会議で決まった魔具の作成を受け持ってもらわないとならないニャ。杖とか巻物とかの汎用的な魔具はネザグエンづてにアルザス王国王都ギャラグフの魔導学院から購入するにしても、ネッカでないと作れない魔具が幾つもあるはずニャ。あれだけのものを作ってなお占術を使う時間的余裕あるかニャ?」
「あー…ちょっと無理かもでふ」
「そーだろーニャー」
さもありなんとネッカが頷く。
「だからネッカには情報の精査をしてもらいたいニャ」
「なるほどでふ」
「セイサ?」
アーリの真意をすぐに理解したネッカがこくりと頷くが、クラスクにはその言葉の意味が呑み込めず首を捻る。
「セイサってなにをセイサすルンダ」
「イエタの占術の結果ニャ」
「オウ…?」
「まあ、なるほど」
クラスクはさらに首を捻り、イエタがぽむと手を叩く。
「アアソウカ、占いがは正確とは限らナイ、ダッタカ」
「そうですね。神様も自分の管轄外の事まで全てお詳しいわけではありませんし、それにもし正しいことを仰っていたとしてもわたくしたちがそれを正しく聞き届けられるとは限りませんから」
「前にもネッカから聞イタ」
「そうニャ。占術は外れのリスクが常にあるニャ。だから本気で攻略したい場合複数の占術を組み合わせて情報の確度を上げるのがセオリーニャ。ほんとはネッカにも全面協力頼みたいとこなんニャけど魔具作成を優先してもらうつもりニャだからニャー」
「ナルホド、イエタが調べ終えタ占術ノ結果ノ重要な奴ダケネッカに後から再確認させルノカ」
「そういう事ニャ」
「また随分と念のいったことじゃな」
「相手が相手だからニャー。準備は万全にしときたいニャ」
「それには同感じゃ」
シャミルは嘆息して部屋中の本をまとめ、ネッカに頼んで彼女の
「さて、忙しくなるニャ…!」
「まずこの古代都市についてこの街の連中に伝えてやらんとな」
「そシテ使用許可もらウ! ウン!」
ムキ、と両腕で力こぶを作ったクラスクが足早に通路を逆に戻りながらニカっと笑った。
「やっぱりドワーフ助けに来て良かっタ。ダロ?」
「はい!」
「結果論じゃ!」
クラスクの言葉にイエタが嬉しそうに同意し、だがすぐにシャミルに切って捨てられる。
だが実のところシャミルにもわかっていた。
クラスクの選んだ道が正しい道となることを。
(こやつなら…本気であの『絶対』を覆せるやもしれん…)
出口へと向かうクラスク一行。
そこに挑んだ誰もが苦戦し、散っていった者すら少なくないその古代迷宮の上層階層。
そこを一気に飛び越えた抜け道が、今まさに彼らが駆けている通路であった。
決戦へと赴く最後のピースが、今嵌まったのだ。
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