第481話 襲撃、ふたたび
「フム…フムフムフム 」
あれから数日後…それぞれが竜に関する資料を集め、或いは討伐の魔具を作り、戦いの準備を進める中、シャミルはクラスク市の北方にいた。
彼女には各地各種族から集められた
現在シャミルは東山族長ヌヴォリが治めていた第一の村ドックル廃墟跡から東へと向かい、クラスク配下の若手出世頭たるイェーヴフに任されていた第九の村ヴォヴルグの調査を行っていた。
報告だけ聞けばどの村も同じ惨状。
けれど直にその目で確かめなければ完全に同一とは言い切れぬ。
彼女はあの時の『ある報告』が気になって自ら調査しに来たわけだ。
シャミルは学者であるが同時に錬金術師でもある。
つまり研究者としての側面ももっているわけだ。
そんな彼女はだから己が感じる『違和感』を大事にしていた。
そしてそうした違和感を感じるためにはやはり思考や思索だけでなく実験や観察もしっかりと行い自らの目で確かめるのが一番である、と彼女は考えていたのである。
「ふむ、確かに同じ惨禍に見ゆるな…」
あまりにも強大な存在が自らの脅威によって獲得するとされる、見た者を恐怖で縛り付け金縛りにする≪
それを存分に発揮し村全体を凍り付かせ、身動きのとれぬ相手を尻目に村はずれに悠々と着地。
そのまま大口を開けて炎の吐息で村全土を包み焼き尽くす。
おそらく死ぬ瞬間、いや己の身体が焼け焦げるその時まで、金縛りに会った者は微動だにできずただ為すがままだったに違いない。
たとえ身動きができなくとも、別に痛覚まで麻痺しているわけではないはずだ。
その瞬間彼らが心の内で上げた悲鳴をまざまざと想起して、シャミルは眉を曇らせる。
「…おのれ、短命の者じゃと侮りおって」
その竜の傲慢が目に浮かぶようで、つい毒づいてしまう。
「じゃが利用できるものは利用せんとな…」
以前アーリがさんざんクラスクやミエを脅しつけたけれど、竜は必ずしも完全無欠の存在、というわけではない。
むしろ彼らには明確な欠点…いやつけ入る隙が存在する。
一つが財宝に対する過剰なまでの執着心。
そしてもう一つが己の種族に対する圧倒的優越感である。
つまりはまあ、言ってしまえば竜族は皆高慢ちきで自信過剰なのだ。
自信過剰という事は相対的に相手を過小評価しがちといことであり、過小評価するという事は油断をするという事だ。
実際歴史書を紐解けば竜達のそうした増長や傲慢、そして油断を突いて勝利した例が幾つもある。
ただ多くの場合合、それらの欠点が表面化することはない。
彼我の戦力に圧倒的な差があり過ぎて、喩え相手が増長慢であったとしてもまるで歯が立たないからである。
「じゃがわしらの街が同じと思うな…!」
目の前に広がる惨状に、知らず口が悪くなる。
そしてクラスク市を己の街だと言い放つ自分に気づき、自嘲気味に笑った。
あの日自身の過失から地底との通路を開けてしまい、そこから湧いてきた地底軍に恐れおののき逃げ出して故郷を滅ぼしてしまった愚かしき我が身。
その後いろいろあってオークに囚われ鎖に繋がれ彼らに隷属する身となった。
己が犯した罪に相応しき末路と諦めかけていた。
そんな自分が…いつの間にやらこの街を己が故郷であるかの如く大切に想っている。
なんとも皮肉な話ではないか。
「なんとゆうたかな…確か『人生とはすなわちサイオーの馬の如き』…じゃったか? しかしサイオーとは妙な名じゃのう。どの地方のどの種族の名じゃろうか」
おそらくミエから聞いたのだろう。
彼女の故国の故事成語を持ち出してシャミルはくつくつと笑った。
「さて最後はデックルグじゃが……?」
北方周辺村の一番北、おそらく赤竜イクスク・ヴェクヲクスに一番最初に滅ぼされたであろう四番目の村・デックルグ。
シャミルはその地に辿り着いて…
「……む?」
明らかに、その瞳の色を変えた。
× × ×
「大変じゃ大変じゃ!」
どたどたと執務室に飛び込んできたシャミルは山と積まれた書類と格闘するクラスクに向かってまくし立てた。
「なにガダ。あの大トカゲにまた村が襲われた事につイテカ」
「違う違う! …ってなんじゃとお!?」
クラスクの話を聞いてシャミルががぎょっと目を見開く。
「ちょうどシャミル北に行っテタからその目撃情報カト思っタ」
「いや調査に夢中で全然気づかんかったわい。最悪襲われてたかもしれんのじゃな…恐ろしや」
「サフィナの呪文ガ効イタカナ」
「わからん。本人的にはまったく自覚のない呪文じゃからなあ」
以前サフィナが言っていた〈
これにより彼女は視認自体は可能だが非常に気に留められにくくなっている。
要は注意警戒する程大した相手ではない、と思われるようになっているわけだ。
竜は高慢で自信過剰で他種族を過小評価する。
そうした性質ゆえ対象を侮らせるというこの呪文の効果はより顕著に顕れ、その結果シャミルを守ったのだろう。
もっともその効果は敵対行動を取とうとすれば即座に消えてしまうため、戦闘には不向きだが。
ちなみにこの呪文は特定の
そうでないと呪文をかけた当人にすら気づいてもらえず持続時間が過ぎるまで誰にも気にも留められず人混みに体当たりされるわ馬車が平気で轢殺しにくるわ、という状態になってしまうし、そもそも今目の前のクラスクに報告しても気にも留められず無視されてしまうことだろう。
「で、今回のきゃつの行動はどうじゃった」
「シャミルの予測通りダ。村を北から順に三つ焼イテ帰っタ」
「…やはりの」
最初に犠牲となった村は周辺村の中でも北端の三つであった。
そしてそれ以上暴れることもなくその竜は帰還した。
さらにその時告げたというその邪竜の呟き…
すなわち「まず手始め」「ふたつめ」「みっつめ」という順番を告げる物言い。
そこからシャミルは以下の推測をした。
一つ、これは邪竜によるカウントダウンである。
二つ、そのカウントダウンの対象はクラスク市である。
三つ、赤竜は毎回同じ数だけの村を焼き、それを定期的に繰り返しながら南下してゆく。
四つ、北にある全ての村を焼いた後、クラスク市を襲う。
これはこちらが彼の意図を察し、必死に準備を整えながら徐々に迫るカウントダウンに怯え、惑い、恐怖する、ということを狙ってのものだ。
そうすることで邪竜の放つ≪
そしてそれは同時に先刻シャミルが呟いていた竜の欠点の発露でもある。
つまりこちらがどう対処どう準備しようと己に適うはずがない、とかの邪竜は確信し慢心している、というわけだ。
「最初の襲撃カラ五日ダ。今後も同じ間隔ダト思ウカ」
「思う。そうでなくば向こうの意図である『確実な恐怖』が得られんでな」
「トするト次の襲撃は…」
「五日後じゃな」
シャミルの言葉にクラスクはフムと呟き腕を組みしばし沈思に耽る。
「どうした」
「イヤ…オオイ衛兵! テォフィル!」
「ハッ!」
執務室の前で見張りをしていた衛兵…かつて翡翠騎士団第七騎士隊の正騎士だったテオフィルが慌てて部屋に入ってくる。
「何か御用でしょうか市長!」
クラスクは…己が思いついた策謀を実践すべく、鍵となる人物を呼びつけた。
「街の北部デ避難民を取り纏めテル北原村の族長……ゲヴィクルを呼んデ来イ」
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