第472話 衝撃と救助と
「ぐ……ぬっ!」
ドワーフのドラウボンは呻き声を上げながらその指先をぴくりと動かした。
指先だけだ。
他は何一つ動かせない。
脚の感覚がない。
ただ眩暈がするような熱が脚から背中を立ち上ってきて意識を明滅とさせる。
己にのしかかる大きな岩。
視界もすべて石に囲まれ闇に包まれているが、それ自体は≪闇視≫を有するドワーフには苦にはならぬ。
問題は岩塊に囲まれて全く身動きができないことだ。
あの大きな揺れが起きた時ドラウボンは第一階層の坑道にいた。
咄嗟に避難しようと走り出したが間に合わず、落石と土砂崩れに巻き込まれる。
比較的大きな岩が先に二つ落ちてきて、互いにぶつかるように重なってくれたおかげでその間に挟まれた彼がぺちゃんこにならずに済んだ。
状況を考えれば僥倖と言っていい。
ただ足が岩に押し潰され、その後土砂が降り注ぎ下半身が埋まってしまい一切の身動きができぬ。
いわゆる生き埋めという奴だ。
救助が来るのかどうかもわからない。
またどちらの方向から救助が来るにせよ、己の所まで間に合うとも思えない。
とすればこの潰された足からの出血と高熱で呻き苦しみながらこの命を失うことになる。
それならばいっそあの時に即死していた方が幸せだったやも知れぬ。
そんなことを考えていた時…
ごとん、と音がした。。
ごとん、ごととんと音がした。
明らかに誰かが、大きな岩をどかしている音である。
声が、聞こえる。
こちらを必死に呼びかける声が。
何者かが生存者を探しながら必死に呼びかけている。
己を救わんと、全力で、声を張り上げて。
「ここだ…ここにいるぞ……!」
磐に圧迫されて肺に空気が入らぬ。
だがそれでも必死に絞り出すように声を上げた。
「イルぞ! 生きテル!」
何者かのくぐもった声がする。
と同時に周囲から驚嘆と期待と希望の籠ったどよめきが上がった。
救助部隊は複数いるらしい。
迷いなく落石をどかし、そのうえ時折別の誰かの指示で壁際で補強工事を行っている。
救助に全力を注ぎつつ二次被害を避けるようしっかりフォローもしている。
ああこの相手は安全だ…鉱夫として彼は安心した。
安心してしまった。
「もうすぐダ! 頑張レ! 今助けル!」
だって、まさか、そんな。
「こ、こ、ダァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
「おお…お……? お?」
だって、まさか、そんな。
「よかっタ! まダ生きテル! 生きテルゾ!!」
「オークではないかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
己を必死に助けようとしていた相手がにっくきオーク族だなどとは、思ってもみなかったのだ。
× × ×
「ええい降ろせ! 降ろさんか!」
オークどもに運搬されながらじたばたと暴れるドワーフのドラウボン。
ちなみに彼は現在丈夫な布の左右それぞれを棒にくくりつけた、ハンモックのようなもので運搬されている。
いわば簡易用の担架である。
「ダメダ。お前の脚大怪我。急いで治療しナイト悪化すル」
そして担架を先頭で棒を掴み運搬しているのは先ほど率先して彼を助けた偉丈夫のオークである。
ドラウボンから見ても相当鍛え上げられた戦士に見えた。
「オークの助けなど借りぬわ! 自分で歩ける!」
「その脚じゃ無理」
「ええい歩けるったら歩けるわいい! ぐむーっ!」
ぴしゃんと己の潰れた足を叩いて、激痛に顔を歪める。
ここで我慢して平然とした顔をするのがドワーフ流なのだから、それができない以上相当な痛みなのだろう。
人間だったら痛みでショック死していてもおかしくない。
「…わかっタ。お前オークが憎イ」
「さっきからそう言っておるだろうが!」
「ドワーフの街にオーク入り込むの我慢ナらナイ」
「そ・う・だ!」
「ナらナおのこトその足じゃ話にナらナイ。俺達強イ。追イ出すならまず足治シテから。ダから治すの最優先。今ハ大人しくシテイロ」
「………………っ!」
そのオークの言っている事は実に筋が通っている。
確かに認めたくはないがオーク族は強い。
ドワーフ族である以上戦士としての練度で彼らに劣るとは決して思わぬが、あの怪力と頑健さは厄介である。
だからこの足では満足な戦いができない、というのは正しい。
だがそれを当のオーク相手に言われるとは思ってもみなかった。
いや、そもそもがこのオーク相手だと調子が狂う。
ドラウボンは妙な感覚に襲われていた。
なぜこいつは仇敵であるドワーフを助けるのにこんなに必死になっているのだろう。
なぜ自分は…出会えば即斧を振りかざして叩きつけ合うはずの相手と、当たり前のように会話しているのだろう。
「着イター!」
「む、これは…?」
そこはオルドゥスの街の中央広場だった。
オークどもが落石をピストン輸送し運び出している中間地点にほど近い場所だ。
そしてそこには…多くのドワーフが寝転がっていた。
「…皆崩落に巻き込まれた連中か」
「そうダ」
どうやらドラウボン以外にも瓦礫や土砂に巻き込まれ生き埋めになった者たちが相当数いたらしい。
いや生き埋めとは限らない。
明らかに死んでいると思しき者もいる。
そんな彼らを走り回りながら診て回っているのが…
「えーっとこっちが赤札で…こっちが緑!」
「目が回るような忙しさでございますー!」
「ちゅ! ちゅ! お腹減ったでちゅー!」
狼獣人や兎獣人や鼠獣人達が地面に布を引いて寝かせられているドワーフ達の間を飛ぶように走り回りながら次々と色の着いた札をその脇に置いてゆく。
途中判断に迷ったらしきときは手元の冊子のようなものを見て再確認し、これまた札を置いてゆく。
そしてその後を追うように怪我人たちの間を縫って歩くのは聖職者達だ。
ドワーフ教会の者が三名、そして率先して治療して回っている
どうやら相当に高位の聖職者のようだ。
他の者と同様に地面に引かれた布の上に降ろされながら、ドラウボンは吸い寄せられるようにその
どうやら先ほどの獣人たちが赤札をつけたドワーフ…明らかに重症だ…を優先的に治療して回っているようだ。
そして徐々に赤い札のドワーフを一通り見ると色の薄い札を付けたドワーフの所へと移ってゆく。
とするとあの札は怪我人の重症度を色分けしたものだろうか。
「さー、治療しちゃいましょーねぇー」
明らかに怪我の度合いが軽い、緑色の札を付けられたドワーフ達は牛獣人が手当てをしている。
手元に持っている便から漂っているのは濃厚な酒の匂いだが、それを傷口に塗り付けていた。
なぜ酒を傷口に塗りたくるのか?
そんなもったいないことを。
ドラウボンは不思議そうに首を捻った。
ミエの世界であればアルコールに殺菌消毒作用があることは周知の事実であって、そこからすぐに殺菌のために酒を利用しているのだと気づけるだろう。
だが以前地底軍との戦いの折触れた通り、酒を消毒液代わりに使用するためには高いアルコール度数が必要で、この世界の醸造酒の技術ではそこまでのアルコール濃度を確保できぬ。
それゆえドラウボンにはすぐに酒=消毒の図式が浮かばなかったのだ。
「あの…我らもう治療呪文が…」
ドワーフの聖職者たちが俯いて
怪我人が多すぎて魔力が尽きてしまったらしい。
「大丈夫ですわ。ご心配には及びません」
「おう、物資の補充だお前らー!」
と、そこに荷車を引いて虎獣人と鹿獣人が現れた。
いや正確には荷車を引いているのは虎獣人のみで、鹿獣人は帳面に何やらチェックをつけながら随行しているだけなのだが。
どうやら街の外…つまり洞窟の外に待機させている馬車から荷物を運んできたらしい。
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