第471話 泥と酒瓶

「なんだこれは」

「泥…?」

「崩落の結果地下水脈と繋がって…いやいやいやいや、ありえん。なんだこれは」


彼らを閉じ込めた崩落現場。

通路を塞いでいる岩塊のやや下の方からぽたり、ぽたりと泥が滴る。

普通に考えたら天井が崩れた結果その上部に隠れていた水脈から水が漏れ出し岩の間を伝って…という流れになるが、彼らが目撃したのは決してそんな現象ではなかった。



その泥は…から溢れていたのだ。



坑道を塞ぐ落石、その内のひときわ大きな岩、その中ほどやや下寄りから泥が漏れ出している。

ひびが入っているでもなんでもない大きな岩塊からだ。

これはちょっと彼らの常識では推し量れない事態であった。


「……? 待て、これはもしやして……」

「どうした」


ドワーフの一人がその岩から漏れ出る泥に近寄ってゆく。

そしてその漏出口を間近で確認し、その縁を指でなぞった。


「きっかり4アングフ(約10cm)四方の正方形だ。この穴人工的に開けられたものだぞ」

「「「なにぃ?!」」」


どやどやと他のドワーフどもも群がって、その奇妙な穴を調べる。


「本当だ。確かに正方形だな」

「奥の方までそうなっておる…っと腕が泥だらけになってしまったわい」

「とするとこれは向こうにいる誰かが空けたという事か?」

「おそらくは」

「流石にこの幅では通り抜けられんの。人族フィダスではあるまいし」

「ハハハ。穴の向こうの奴も無茶を言いよる」


彼らの間から低い笑いが漏れる。

ドワーフ族は大概の事に堪えぬ強い忍耐力を持ってはいるが、それでもやはり自分たちを救助しに来た誰かがいる、という事実が彼らを元気づけたのだ。


「しかしいったい何者だ。これはだろう?」


彼らは聖職者の為す奇跡以外の…呪文をよく知らぬ。

だから今目の前で起こっている現象がどういう理屈でどんな魔術なのかもさっぱりわからない。


わからないが、、ということだけは理解していた。


彼らの目の前で坑道を塞ぎ埋めている大量の岩や瓦礫。

それらは上から凄まじい圧力で押さえつけられ今の均衡を保っている。

下手にピッケルで叩き壊しでもしたらバランスが崩れ上から雪崩のように土砂や瓦礫が降り注いで生き埋めになりかねない。


だがこの穴は大きな岩の中ほどを貫通して開けられた。

無論この岩が瓦礫の向こう側の救助隊の方まで続いているわけではなかろうが、かなり注意してこのサイズにしたのは間違いない。

彼らが冗談半分に言っていた穴の幅…これ以上大きく穴をあけるとこの瓦礫の内部のバランスが崩れてしまい第二第三の崩落や落盤を引き起こしかねないのだ。

彼らもそれがわかっているから穴を大きくしろだの自分たちが抜けられるようにしろだのと不平を漏らさないのである。


「しかしこの穴を空けた奴は一体……む?」

「どうした」

「…なにやら先ほどなかったものが手に当たるな」

「何だ?」

「包み…かな。何かの鉤爪のような金具に引っかかっている。おそらく向こうから棒で押したのか……?」


内部構造を調べようと穴に腕を突っ込んでいたドワーフが、穴から泥まみれの袋を取り出した。


「なんだこれは」

「開けてみよう」


袋を解いて開いてみると…


「酒だ!」

「酒だ!!」

「少しだけ食料もある!」

「手紙もあるぞ!!」


おお、とドワーフ達がどよめいて、奪い合うように戦利品を物色する。


「どこの酒だこれは」

「ラベルが貼ってあるが…剥がされた跡があるな?」

「わしらに目利きをしろとでもいうのか」

「手紙にはなんと書いてある?」


これまで長い閉塞状況にあったせいか、救助の動きと新しい材料が手に入ったことで彼らもだいぶ活動的になっているようだ。


「ふむ…手紙の主はネカターエルだな」

「ネカターエル? 石工のトーリンのところの娘だったか。確か街を出たと聞いているが…」

「どれどれ…ふむ。『どうやら調査したところここ以外の階層の方が急を要するのでそちらの救助活動を最優先させてもらいまふ……まふ? でマドウジュツ……要はのことか? による調査でこちらには避難可能な空間があることがわかったので申し訳ないでふが後回しにさせてもらいまふ……まふ? 崩落しない程度にで穴を空けたので、こちらから食事と酒を届けさせてもらいまふ。生き残りの方がいるならどうか気をしっかり持って今しばらく耐えてほしいでふ』……だそうだ」

「フム」

「なるほど…?」


言っている理屈は筋が通っているし、救助の順番にも文句はない。

食事と酒(特に酒!)があれば多少待つくらいならなんでもない。

ドワーフ族は忍耐強いからだ。


ただ彼らは未知のものに対して疑い深い側面もある。

そういう意味で救出部隊の中でも既知の存在であるネッカを前面に押し出したのはうまいやり方と言えるだろう。



…特に今回のような救出者どもが待ち受けている場合には。



「では仕方あるまい。しばしこの穴から泥まみれの酒と食事が来るのを待つとするか」

「ちょっと待ってくれ。追伸の走り書きがある。どれどれ…『ふぇるとぺん? と小型のコクバン? を入れたので、必要なものがあったら書き出してほしいでふ。そちらの生存者の情報などがあるとありがたいでふ』……とあるな」

「ふぇるとぺん…よくわからんがこの筆記具かな」

「コクバン…はこの小さな板から。オイつるつるだぞ本当に書けるのか?!」


わいのわいのと群がりながら黒板に生存者数や当座必要なものを書き出したり、あるいは家族に無事を知らせようとしたりしたドワーフ達は、その後今まで味わったことのない程の濃厚な酒に驚嘆することになる。




…まあその驚きはその後救助してくれた相手に対する驚愕に比べれば全然大したことはないのだが。




×        ×        ×




「支柱シッカリ建テロ! オメーラノ命ガカカッテンダカンナ!」

「「「ヘイ兄貴ィ!」」」


リーパグの指揮の下、オークどもが次々に坑道に支柱を設置して天井を支える。

少しでも崩落の危険を減らすためだ。


「でネッカの見立てた地層がこう、上からの圧力がこうだとすると…リーパグや、右の壁の支柱をもうちょい増やせ。あとそこは横への支柱も必要じゃな」

「ワカッタヤットク。ホレオ前ラ手ェ止メルナ! イイカオ前ラ! ココァドワーフノ仕事場ダ! ッテコトハ要ハ戦場ダ! オーク族ハ戦場デ斧ノ手入レヲ怠ル阿呆カ? 違ェダロ!?」

「「「ヘイ兄貴ィ!」」」


ネッカの占術による調査とシャミルの知見、そしてサットクの助言により坑道が崩れぬように見る間に準備を整えると、その次はオークどもが群がるようにして落石を掴み運び出してゆく。


とはいえ坑道はさほど広くない。

全オークが群がったら渋滞となってしまう。

そこにひょっこりと顔を出したクラスクが助け舟を出した。


「町長代理に会っテ許可もらっテ来タ。交代デ運ばせル」


どうやらシャミルらが坑道の調査を行っている間、被害に遭わなかったドワーフ達との折衝を行っていたらしい。


彼の指示の下、オーク達は街の幾つかの場所に中継点を設けた。

そして中継点と中継点の間ごとにオーク達を均等に配置してゆく。


坑道から石を運び出したオーク達は自分たちの受け持ちの中継点まで運び、そこに石を置く。

そうするとその先の受け持ちのオーク達がその石を運びその先の中継点まで運ぶ。

こうすることで高速かつスムーズに落石どもを街の外に運び出せるというわけだ。

要はリレー方式によるピストン輸送である。



「サア急ゲ! ドワーフダロウトオークダロウト人命ハ人命ダ! 俺達ハその価値を知っテルッテ事をかつテの仇敵ドモに見せテヤロウ!」

「「「ヘイ大将!!」」」


クラスクが自ら大岩を抱ええっほえっほと運び出し、彼の背中に目を輝かせたオークどもが我先にと岩塊を運び出してゆく。

ドワーフ達だとて同胞を救うべく今日までやってきた作業ではあるが、何せ速さと勢いがまるで違う。


本来落盤の除去と救出作業と言うのはもっと慎重に行われるべきものだ。

うっかり失敗して二次崩落を起こしてしまえば救助に向かった者が新たな犠牲者になりかねないし、生き埋めにされながらもまだ無事だった生存者を圧死させかねないからだ。


だがオーク達はシャミルやリーパグ、そしてネッカの導き出した答えを完全に信じ込んでいる。

いやもっと言えば彼らを指揮しているクラスクと言う存在を絶対的に信じている。

その彼が率先して行っている救助活動にオークどもが発奮しないはずがないのだ。



「…俺も、やるぞ」

「そうだ、オークどもなんぞに遅れてなるものか!」

「俺もだ!」

「わしもだ!」

「私もよ!!」





そんな汗を飛ばしながら大岩を担ぎ運ぶクラスクの姿を目撃したドワーフ達は…何かに突き動かされるようにオークどもの間に割って入り、争うように岩の運び出しを手伝うようになっていた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る