第468話 オルドゥス攻略作戦

「ついタゾ」

「「「オオ~~~」」」


クラスクに案内されてオルドゥスの街の入口に到着する一行。


「イイ山ダナ!」

「ウン悪クナイ!」

「ドワーフ全滅サセテ住ンダラ居心地ヨサソウダナ!」

「ハハハ今ハモウ無理ダケドナ!」

「ソウダナハハハ!」


不愛想なオーク族がほがらかに笑い合う。

見た目だけなら平和そうな光景である。見た目だけなら。


「オイこいつらは何を話しておるのだ。お前たちはわかるのであろう?」


オーク語がさっぱりわからぬサットクが幌馬車の後ろからオーク達を指さしアーリとシャミルに問いかける。

単に素朴な興味からである。


「ニャー…どう翻訳したらいいものニャのか…」

「住みやすそうな山だ昔ならドワーフを皆殺しにして住んでたな、のようなことを言っておるな」

「ってこっちが躊躇してんのに即翻訳するニャー!?」

「ちょっと待て本気で大丈夫なのかー!?」


全力でツッコミを入れるアーリと目をひん剥いて外のオーク達を睨みつけるサットク。


「心配いらん。奴ら流の冗談じゃよ」

「冗談でもドワーフの街の前でオークに言われると洒落にならんのだ!!」

「それはまあ…そうニャー」


サットクはここに辿り着くまでの間彼らをよく観察していた。


大トカゲしかり、飛竜ワイヴァーンしかり、彼らが活発化することで狂暴化し、あるいは縄張りから逃げ出して結果被害を出す獣や魔獣どもしかり。

偽竜ドレイクには幸い遭遇していないが、それ以外の動物や怪物どもは悉くこのオークどもの餌食となって瞬く間に討伐されていった。


サットクは石工だがドワーフ族として戦士の修練を積んでいる。

彼に限らずドワーフ族は皆そうだ。

主婦ですらそうなのだ。

それが彼らドワーフ族の大きな強みである。


だがこのオーク達は違う。

彼らが招集された時、衛兵もいれば畑仕事をしている者もいたし、(女の)職人に弟子入りして槌を振るう者すらいた。

けれど鎧を着て斧を背に差した彼らの顔つきと体つきは皆歴戦の勇士のそれだ。


確かに他の仕事に従事している者達もいる。

だが


それも恐ろしい程濃密な正規の鍛錬と命がけの実戦を経ているように見える。

メインは斧だが当たり前のように剣も使うし弓も嗜む。

他と種類の違う軍馬に乗ってる隊長クラスはそれ以外の武器も扱うようだ。

もし彼らがオルドゥスの街を蹂躙しようと思ったなら、主戦力である壮年男性が軒並み生き埋めになっている現在止めるすべがない。



彼我の戦力が違い過ぎる…誇り高きドワーフ族として、オーク族相手にそんなことを認めるのはとてもとても癪なことではあったけれど、そう認めざるを得なかったのである。



「オイお前ら。馬車にハ他の種族もイル。オーク語わかル奴もイル。冗談デもあまりそうイう事言うナ」

「「「ハイッ!!!」」」


クラスクの声を聞いてオーク達の私語がぴたりと止み、びっくりするほど空気が引き締まる。


クラスクは別に怒鳴ったわけでも叱ったわけでもない。

普通の口調で軽くたしなめただけだ。

けれどそれはオーク達にとって絶対の命令に等しい強制力を伴っているかのように、彼らを律した。


「…大した統率力だな」

「まあそれはそうじゃろ。市長殿はオークどもにとって生ける伝説のようなものじゃからな」


今のクラスク市の周辺に広がっていたオーク族の縄張り…その地を代表する五大部族。

クラスクはその内でも最強と謡われ、当時絶対存在と目されていた己の村の族長と村の運営方針を巡っての対立し、一騎打ちの末それを見事これを打ち破り、族長の座に就いた。


その後己の村での略奪や略取を禁じ、女を得られず不満を抱く若者たちのために他種族との融和の象徴であるクラスク村を造り、好立地ゆえ地上での橋頭保とすべく襲い来た地底軍を二度にわたり撃退、村を拡大させ村長から市長の座に就く。


そして遂にはその強さと実績の前に他の五大部族の長が悉く膝をつき、大オークを名乗るに至ったのだ。

オークどもにとってこれを伝説と呼ばずしてなんと呼べばいいのだろう。


「…改めて聞くととんでもないニャ」

「うむ。その結果街には他種族の者が溢れ返り若きオーク達が娘を手にする格好の狩場となった。ま、市長殿が暴力や強引な手口を禁じておるから共通語と社交術を学び真っ向から口説くしかないんじゃが」

「成程…ここにおる連中は今まで見てきたオークどもと何か違うと思って追ったんだがその理由がやっとわかったわい」


サットクが納得気味に頷き、それを耳ざとくアーリが聞きつけた。


「他のオーク族とどこが違うニャ?」

だな。普通オークどもは怒りや不機嫌は表に出すが笑う事は滅多にない。のだ。だがこやつらはよく笑うだろう」

「確かにニャ」

「ようやく納得がいったわ。どうしても女が欲しくてだが暴力も強引な手口も封じられておったら、それは社交を磨かざるを得ん、というわけか」

「そうじゃな…む、見えてきたぞ」


馬車に揺られながら雑談を交わしている内…彼らは目的地であるオルドゥスの地下都市をその内に要する山…ルクーフ山の麓へとたどり着いた。



×        ×        ×



「サットクが救援隊を連れてきてくれたぞー!」


空に不気味な飛行生物の影、地上に這いまわる大トカゲの群れ。

凡そ四百年の寿命を持つドワーフ族の中にはかのの前の休眠期明け、或いはそれより前のの記憶を持つ者もいる。


そんな彼らから見ればこの山の異常事態は明らかに最悪の前兆に映る。

いやこれほど活発ならばむしろもう手遅れやもしれぬ、と。


そんな危急の折発生した大地震と落盤事故。

成人男性のほとんどが鉱夫であるこの街に於いて、それは深刻な人手不足を発生させた。


『救助活動を行う者の人手不足』である。


救出作業ばかりにかまけていると畑や家畜の世話が疎かになる。

地下でありながらある程度自給できているとはいえ、外と交易しなければ街の食料はどんどん目減りしてゆく。

どこもかしこも人手不足で女子供だけでは手が回らない。


そんな時…石工の一家、トーリンの息子サットクが外の街に救助を要請しに行くと申し出た。

この街のドワーフ達は生涯この街から出ぬまま一生を終える者も少なくなく、外の世界を知っている者は少ない。


サットクはドワーフ族にしては珍しく外交的で、近隣の街にも幾度も訪れている経験があった。

以前大トカゲに襲われた時はたまたま愛斧が手元になかったゆえ不覚を取りかけたけれど、万全の状態なら街から街へ単身旅ができる程度に腕が立つ。


街の者は少ない食料を彼に持たせ、祈るような気持ちで送り出した。

いや実際彼らの主神たるヌシーダに祈りを捧げる者も多かったのだ。


その彼が戻ってきたのである。

待ち望んだ救援部隊が颯爽と……



「「「んな……っ!」」」



颯爽と、オークどもが正面入り口からオルドゥスの地下都市へと侵入を開始した。


「サットク! あなたどういうつもりなの!」

「大丈夫なのだ! 大丈夫! こやつらはドワーフを襲う気はない! 本気で救助しに来たのだ!」

「何を馬鹿な事……を?」


ドワーフ族の御婦人がサットクに詰め寄ろうとするその脇を大挙したオークどもがずどどどど…と駆け抜けてゆく。

その際彼女と目が合ったオークの一人がにこやかに歯を見せ笑いながらウィンクをした。


オークのそんな表情を初めて見た彼女はあっけにとられ彼らをつい見過ごしてしまう。

これはリーパグの策であった。

なるべく表情が豊かで社交性に勝るオークども(その結果として彼らの多くは妻帯者である)を先頭集団に入れることで自分たちが『他のオークどもと違う』事をアピールさせているのだ。


「ダイジョーブダイジョーブ! 見ロ俺達武器持ッテナイ! 斧全部馬車ノ中! 斧持ッタドワーフ素手ノオークヨリ強イ。違ウ? 俺達イツデモ殺セル。ダカラ安心? イイネー?」


両手を挙げてバンザイのポーズをしながらでそうまくし立てつつリーパグがどんどん街の中央通りを抜け坑道へとオーク達を送り込む。


リーパグは以前クラスクが言っていた、『他の種族の言語を知っている事は大きな武器になる』という言葉に強く共感していた。

ゆえにことあるごとにシャミルを質問攻めにし、他種族の言語をなるべく学ぼうとしていたのだ。


とはいえ彼の学びはクラスクのように読み書き会話まで自在にこなすようなものではない。

あくまでやっつけ間に合わせの類であり、会話なども粗が目立つ。

身振り手振り込みで自分の意思を強引に相手に伝えたり、あるいは相手の言っている事を首を捻りながら推測したり、その程度のものでしかない。


だが彼にってはそれでいいのだ。

必要なのは他種族の連中が己が言葉を知らぬと油断して呟く台詞を素早く把握する事であり、今回のように出先で無理矢理会話を成立させるためのものだからだ。







そしてボディランゲージも含めた彼の説明は…少なくともドワーフ語を話すオーク族、という驚きを伴ってドワーフ達に衝撃を与え、オークどもを目的地へと導く助けとなっていた。






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