第467話 慣れた
ドドドッ、ドドドッと馬蹄が響く。
オークどもが騎乗する軍馬たちが猛々しく
騎兵槍を構えた勇猛なオークどもをその背に乗せ、その身を低く低く目の前の標的目掛けて突撃してゆく。
断末魔の叫びが上がった。
岩場に群れ為す大蜥蜴…全長3ウィーブル(約2.7m)ほどの大物ばかりだ。
それらが次々に槍に貫かれ、くぐもった叫びを上げながら絶命してゆく。
そんな彼らの頭上で喚きたてるのは
縄張りに侵入してきた邪魔ものどもをどう片づけてくれようかとギャアギャア騒ぎたてる。
そんな彼らに降り注いだのは矢の雨だ。
崖上の一角に陣取ったオークの弓兵どもが、歩兵隊長ワッフの指揮の下次々に矢を射かけてゆく。
下位とは言え竜族である彼らは硬い鱗を持ち、遠間からの攻撃では有効なダメージは与えにくい。
だがそれでも薄い皮膜を貫かれると厄介だ。
どうやって毒針を打ち込んでやろうかと竜語で相談しようとした矢先…一匹が真下から胴体を貫かれた。
槍だ。
投擲用の槍が尾の付け根から内臓を貫いている。
弓ならともかく投槍などそうそう届く距離ではないはずなのに。
彼らは一瞬何が起きたか理解できず混乱した。
槍に急所を貫かれ意識を失う一匹の
絶命する程のダメージではないがこの高さから落ちれば助かるまい。
その落下してゆく
廻る。
廻る。
ひゅんひゅんと宙空で回転した槍は、そのまま弧を描くようにして彼の発射台…先ほど己を投擲した主の手元へと戻った。
「余所見ヲスルナ」
上空で混乱する
大慌てで避けた彼らのうちの一匹が岩壁の方へと退避しようとして、狙い澄ましたように放たれた矢の一斉射にその羽を次々に貫かれ悲鳴を上げながら地上へと落ちてゆく。
ばちん、と音がする。
その光景を見ながら他のオーク騎兵隊どもがやんややんやと感嘆の声を上げる。
『帰還の槍』…ラオクィクが新たに手に入れた魔法の槍だ。
ふつう槍は投擲するとそのまま投げっぱなしとなる。
当たり前の話だが。
相手に刺さろうが外れようが手元に戻ることはなく、必要なら後で回収しなければならない。
だがこの魔法の槍は命中の成否にかかわらず再び投擲した主人の元へと戻ってくるのである。
ネッカが鍛えたものではない。
冒険者ギルドにたむろする冒険者どもが近在の
斧も得意なら槍も得意、特に戦いの最中に投槍でテンポを取る事の多いラオクィクはこれまで背中に投擲用の槍を幾本も差して戦っていた。
だがこれがあればその都度槍の方から戻ってきてくれる。
とても便利だと今では彼の愛用の品となっていた。
ちなみにこの槍の試投を見物していた彼の妻ゲルダがは手元に戻るその槍に目を爛々と輝かせあたしも欲しいあたしも欲しいと激しく駄々をこね、彼を困らせ妹嫁に窘められる羽目になったらしい。
それを聞いたクラスクは夫婦仲の良好なことはいいことだと呵々大笑したという。
「シカシ数ガ多イナ。空飛ンダママナノハ厄介ダ」
ラオクィクがも舌打ちしながら頭上を見上げる。
群がる大蜥蜴どもを部下に切り刻ませるに任せ、さてもう一投…といったところで背後から大きなどよめきが上がった。
ラオクィクが振り返った先で…クラスクが『空を飛んでいた』。
真下からの投槍と崖際の弓から距離を取るべく高度を上げようと
突き刺さったままの騎兵槍から手を放し、
首を落とされそのまま落下を始める
そこから跳ね飛んだ彼は落下中のコルキの背を蹴って大きく跳躍し、さらにもう一匹の
強靭な鱗に覆われている
凄まじい斧の切れ味である。
…が、そこで彼は少しミスをした。
自分が倒して足場にし地上に降りようと思っていた最後の
空中に足場がない。
コルキは既に落下中。
「…困ッタナ」
のんびりと斧を背にしまい、腕組みをして首を捻ったまま…クラスクはびゅうと地表向けて落下した。
「〈
と、その時彼らが先刻跳躍した断崖の方から声が轟く。
杖を構えたネッカである。
彼女の杖の先端…その延長線上にいたクラスクは、突如その落下速度がゆるくなりふわりふわりと落ちてゆく。
「オオ…!」
どうやら体重を軽くする呪文のようである。
これは便利だ…と言おうとしたときびょうと風が吹いた。
たちまち風にあおられ吹き飛ばされそうになるクラスク。
「クラスク様っ!」
…が、そこに羽を広げ風を裂き
そしてクラスクの手をはっしと掴み、先導するように地表へと導いた。
「助かっタ」
彼の落下地点でクラスクを待ち構えていた
羽を広げた天使のような娘と手をつないだまま空からの帰還である。
そして一拍置いて、先に一人無事に着地していたコルキが崖下から駆けのぼって彼の隣に座りふふん、と首を上げ得意そうなポーズを取る。
たちまち配下のオーク達から大歓声が轟いた。
「スゲェー! クラスクの大将スゲェェェェェェェェェェェェェェェ!!」
「ラオクィク大隊長モスゲェェェェェェェェェェェェェェ!」
「ワッフ兵隊長モカッケェェェェェェェェェェ!」
優れた統率力と指揮能力、そして比類なき個の力。
元から個の武勇に優れたオーク族であるクラスク達は、今や指揮者としても優れた才覚を発揮していた。
「ラオ、腕を上げタナ」
旧友にして己が副官となったラオクィクの方に馬首を向け、クラスクが労をねぎらう。
「大シタ事ジャナイ。ソレヨリオ前ノアレハナンダ」
「ン? 前ニ一度戦ッテルカラナ。慣レタ」
「オイオイオイ」
あんな死と隣り合わせの空中戦、慣れろと言われてそうそう慣れるものではないのだが…とラオクィクは思ったが、もはや今のクラスクには言うだけ無駄な気がして口は出さなかった。
それほどに今の彼の武勇は傑出している。
「ネッカも助かっタ。俺の体重を軽くシタのカ?」
「は、はいでふ。対象の重さを制御する呪文でふから重くすることもできまふが」
「成程…? それハ聖職者の逆移送呪文トやらトハ違うのか?」
「は、はいでふ! 制御と言うひとつのカテゴリでふから逆方向というわけでは…」
「わかっタ。魔術も色々面倒ダナ」
どぎまぎしながら質問に答えつつクラスクの鋭い観点に驚くネッカ。
「この辺りハあらかタ片づけタ。先行ク」
そしてワッフ配下のオーク兵の一部に守らせていた隊商に戻りそう告げたクラスクの前で…
アーリとシャミルとサットクが口をあんぐりと開けて彼を見つめていた。
「あの時は咄嗟の事だったからはっきり見ていなかったが…貴様恐ろしい強さだな。大オークを名乗るわけだ」
「市長殿のまともな戦いぶりを見るのは久方ぶりじゃが…お主化物か」
「ニャー…改めて見てもとんでもないニャ…」
「…ともかく、そろそろダ。街につイテからが本番ダゾ」
クラスクの言う通りである。
落盤からも、そして助ける当の相手であるドワーフからもその身を守らねばならぬ、まさに命を懸けた救出作業が間近に迫っていた。
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