第436話 緊急円卓会議
「急げ! 荷物をまとめたらすぐに村を出ろ! 目的地はクラスク市北門だ! いいか! 貴様らのあらゆる欲得は命あってこそだ! 命をこそ惜しめ!!」
夕暮れ時、キャスの号令の下、村人たちが大急ぎで荷物をまとめ、村を出る。
各村のオーク達が、村娘たちが、そして彼女らが生んだオークの子や赤子たちが次々に街道へと流れ込み、一路南へと歩を進めた。
目的地はこの街道をまっすぐ南下した先…クラスク市である。
村を三つ焼き払った化物の再襲撃を警戒し、北にあった全村の住民をクラスク市に避難させることにしたのだ。
「ドッドルグの村の者ハこのまま南へ! キニヴルグの者ハこっちダ!」
クラスク市の北門の前に立ち、彼らを待ち受けていたのは痩身長躯のオークの美丈夫であった。
彼…正確には彼女だが…が村ごとに次々に避難者を振り分け、案内する。
「イオーグルグ村の皆さんはこちらにお願いします。急場しのぎですがとりあえず座れるようにしてありますのでー!」
「コクサルグ村のみんなはこっちだよ! こっち! さあ集まった集まった!」
「あ、あの…ルゴクフ村の、みなさんは、こちら、に…ヒッ!?」
ゲヴィクルが案内したそれぞれの方角には
その中にはゲヴィクルに協力するあの人間族の三姉妹、聖職者のルミュリュエ、戦士オウォリュット、そして魔導師グロネサットの姿もあった。
「オオ、これはスギクリィ殿!」
避難してくるオーク達の中に見知った顔を見かけ、ゲヴィクルが声をかける、
この地方のオーク族を代表する五大部族の長の内、最も高齢なオークでもある。
「ゲヴィクルカ。務メ大儀。モワイワブ殿ハ御息災カ」
「おかげ様デ。私に族長の座を譲っタお陰デ重責から解き放タレタのカ、それハそれハ元気なものデすよ。ハハハ」
「ソレハ重畳。マタ酒ヲ酌ミ交ワシタイモノダ」
「父に伝えテおきまショウ。デハスギクリィ殿はキセヴフ村デスからこちらに。現地に行けバうちの村の者が案内しますノデ」
「わかっタ」
片手を挙げ挨拶しつつシギクリィがゲヴィクルに背を向ける。
ゲヴィクルは少しだけ息をつき、再び案内に戻った。
× × ×
「報告! 北門入口及び街北部に用意した各村の避難所にて戸籍を照合! 現在約九割の住人に避難が完了した模様!」
「わかっタ。引き続き確認を頼ム」
「ハ!」
衛兵の一人が報告を終え、クラスクの言葉に頷き大きく辞儀をすると円卓の間から駆け去ってゆく。
続いて外に控えていた衛兵が頭を下げて入ってきた。
「食料の配布状況順調です! 一部食料の奪い合いで問題が発生しましたが、それ以外はワッフ兵隊長の指示の下全て滞りなく進んでいるとのこと!」
「わかっタ。そちらも引き続き頼ム」
「ハ!」
入れ替わり立ち代わり、次々に円卓の間に入っては報告を続けてゆく兵士たち。
急な避難指示によってところどころで混乱は起きているが、総体として非常にスムーズに避難は進んでいるようだ。
ただ…円卓を囲む面々は皆沈痛な面持ちである。
「街ノ北空ケトイテヨカッタ」
ラオクィクが小さく嘆息し、避難民が無事収容できそうなことに少し安堵する。
「そこですよそこ。考えてみればサフィナちゃんが北部の開発に待ったをかけてた時点でもっといろいろ占術で調べておくべきだったんです! ああ、あの時私がイエタさんに頼めていれば…!」
ミエが珍しく狼狽えて頭を抱える。
「わしの方こそ甘かった…! この街が拡大してゆけばいつか問題になるとミエに忠告したのはわしじゃ! まさかこんなに早く休眠期から目覚めるとは…!」
シャミルが机をどんと叩き己の判断ミスを責める。
ちなみにキャスは現在各村を廻っての避難指示を行っており、またワッフとサフィナは避難民に食糧を配布する役目に従事しているため不在である。
「けどよ、ほんとに間違いねえのか? その…あれだろ? 赤蛇山のあるじ。あたしだって聞いたことあるぞ」
「テグラさんの報告と各損の被害状況から考えてほぼ竜種で確定。さらにその色と大きさを考慮するとまず間違いないと思われまふ」
「冒険者でもニャい人間が見たことはなんでも大袈裟にに語りがちニャ。いや冒険者こそ喧伝に大袈裟に語りがちニャけど…」
ネッカの言葉の後を継いでアーリが話を続ける。
「でも遠間から見てたのと近くにあった家との大きさの比較表現から考えたらおそらく間違いニャイと思うニャ。この地方にそのサイズの赤い竜が他にいるとは思えニャいし」
「はいでふ。アーリさんの質問が的確で助かったでふ」
もちろん相手の特徴についてはミエも現地で聞いてはいたのだが、ミエはそもそもの問題としてドラゴンをよく知らぬ。
彼女はファンタージー関係の知識に関してはおとぎ話レベルでしか知らぬのだ。
ゆえにテグラへの質問もどうしても曖昧になってしまうし、サイズや特徴などの必要な情報も上手く聞き出せぬ。
そこでテグラを街に避難させた後、改めてアーリが詳細な質問を行って聞き出せる限りの情報を引き出してくれたわけだ。
ミエはこの緊急時に己が殆ど役に立てぬことに恥じ入り、しおしおと小さくなってゆく。
「こらこら。緊急事態に於いてすらお主がなんでもこなせたら戦時の専門家の立場がなかろうて。専門分野は専門家にまかせておけこのたくらんけ」
「あうう」
シャミルの毒舌にオーク達が腕組みをしてうんうんと頷き、報告にやってきていた兵士たちもうんうんと頷いた。
「ってさすがにみんなしてちょっとひどくないですかー!?」
椅子から立ち上がってのミエの渾身のツッコミに少しだけ円卓の間に笑みが戻る。
皆に笑われ赤くなったミエが再び椅子に座り、無言で右手を上げた。
「あの……無知ついでに質問なんですけど、テグラさんから聞いた、えっと、ドシーさんの言ってたことがよくわからなくって」
「どういうことじゃ」
「あの……『お前が最後の一人になれ』ってどういう意味なんです? 森にいたから見つからなかったとかそういうことではなく…?」
「それはありえないニャ。ドラゴンはエルフ族よりはるかに目がいいニャ。熟練の盗賊相手ならいざ知らず、ちょっと離れた森に隠れた素人程度を見逃すはずがないニャ」
「エルフ族よりもですか?!」
ミエはこれまでさんざんキャスの優れた視力に驚かされてきた。
しかも彼女は純粋なエルフ族ではなくハーフエルフであり、己の視力などエルフに比べればまだ半人前だと謙遜していた。
そのエルフ族よりはるかに優れた視力ともなれば、それは確かに見落とすことなど考えられないだろう。
考えられないけれど。
「じゃあそれこそなんで……」
「デッカイトカゲに会っタら最後の一人ダケハ生きテ帰れルト聞イタ事あル。ドシーの奴もそれを知っテタんじゃナイカ」
「旦那様もご存じだったんですね。でもなんでなんです?」
「知らン」
ミエの問いにクラスクが即座に答え、リーパグとラオクィクが腕組みをして顔を見合わせ互いに首を捻る。
「……ミエは現地に行ったんだったニャ。死体を見て何か気づくことはなかったかニャ」
「ええっと…」
アーリの問いかけにあまり思い出したくない光景を再び思い返す。
一体、一体あの滅んだ村にどんな意味があるのだろう。
己が気づいていない何が隠されているというのだろうか。
ミエは必死に思考を巡らせた。
「みんな…みんな黒焦げで、えっと、その…」
「マルデ争ッタ形跡ガナカッタ」
「…ソウダナ。ホトンドナカッタ」
ミエの言葉を継ぐようにラオクィクが私見を述べ、クラスクもほぼ同意する。
彼の脳裏にはなんの抵抗もできず焼き払われた村と一緒に、あの村で明らかに抵抗を示した唯一の証左が浮かんでいたからだ。
刃を失い柄のみとなった己の斧を握りしめた…生焼けのヌヴォリの腕である。
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