第392話 オークの妻として
「私も故郷の村をオークに襲撃されて滅ぼされてるの。で襲撃したオークの一人が今のうちの旦那。私は戦利品として彼にもらわれていったってわけ」
自分達と全く変わらぬテグラのかつての境遇に娘達は皆目を瞠る。
だって彼女とその当のオークはこの村に並んで歩いてやってきたし、二人の会話はとても和やかで、まるで仲の良い人間族の夫婦のようだった。
そんな彼女がオーク族を恨んでいるなどと、さらにはその恨みの相手が亭主本人であるなどとまったく想像だにしていなかったのだ。
「まあうちの旦那はあんな感じで手先が器用なタイプだったから昔の村じゃあ割と下の方の扱いだったみたいね……言いたがらないけど。ただ私の村の時は大規模な襲撃だったらしいから戦利品の娘も多かったみたいだし、当時の私は痩せっぽちで貧相だったから…まあ残り物みたいな?」
ただ彼女と同郷の殆どの娘はオーク達の暴力や非衛生な環境、疲労や栄養不足、そして自身の絶望によってその命を失った。
一方で彼女を手に入れたドシーは、力に劣る己がそうそう『仕切り』にはなれぬだろうし、戦利品として娘を手に入れられる機会は少ないと考え、オークなりに手を尽くしてテグラを生かそうとした。
その結果村の中でも貧相だった彼女がすっかり健康的になってこうして人生を謳歌しているのだから皮肉なものである。
「だからまあ、今でもオークの事は嫌いだし、恨んでるわよ? 表向きは普通に接してるけどね」
微笑しながらそんなことをしれっと告げる。
ミエが聞いたらまた懊悩しそうな台詞である。
「なんで、そんな…」
そんなに恨んでいるのならあの街から抜ければいいではないか。
どうしても嫌ならしばらく我慢してもらった後故郷に返してあげると、あの時ミエと名乗る娘が言っていた。
まだその期間が明けていないのだろうか。
「なんでって…ここよりいい生活送れるとこなんでないからよ。だから我慢してられるの」
はっきりと、きっぱりと。
そしてあっけらかんとテグラがぶちまけ、周りの娘達が目を丸くする。
「驚いた?」
「ええ、まあ…」
「はい…」
「でしょうね。でもちょっと考えてみて。貴方達の着ている民族服、クラスク市独自のデザインだそうだけど…ずいぶんといい服だと思わない?」
「あ…はい」
「すっごくいいものだって思います」
彼女たちは己の着ている服……オーク達の拘留から解放されたときに着せてもらった服を指でなぞりながら答えた。
デザインも素材も一等品であり、彼女達の多くが農村出身だったこともあって、オークに捕らわれる前ですらこんな服を着た事も、娘によっては見た事すらなかったほどだ。
「これエッゴティラっていう服飾職人の方がミエ様の着てる服をモチーフに造ったものなんですって。デザイナーよデザイナー。それがわざわざ型紙作って種族ごとにセミオーダーで服をあつらえてくれてるってワケ。それをタダでくれるのよタダで? 普通考えられないでしょ?」
言われてみれば確かにそうだ。
壁に鎖で繋がれていた隷従の身から解放された際ついでのようにもらった服だけれど、考えてみればそれで代金なりなんなりを要求された覚えがない。
「それに向こう見てみなさいよ。あの広大な畑! 麦も野菜も肉もこの街では幾らだって取れる。仮に凶作になったってこの街と提携してるアーリンツ商会ってとこが大量に食料を調達して賄ってくれる契約になってるの。だから少なくともここじゃ飢える心配はしなくていいってこと」
「「へええええええ」」
「さらに農作業だってやりたくないならやらなくったっていいの。もちろん何かの仕事はしてもらうけどね。女でも選択肢はいっぱいあるのよ。女性の職人さんだって多いんだから」
壺を軽くかき混ぜながらテグラが話を続ける。
「で、オークの配偶者候補になってもらうため、クラスク市は女性の扱いがいいの。オークの妻になったらもっと厚遇されるわ。お風呂が毎日入れるのも化粧品がこんな安く手に入るのも他の街じゃ考えられないし、女が子供を託児所に預けて自分でお給金稼げるのだってここ以外まずあり得ない。この生活を手放す理由がなくない?」
そう告げられて娘達…かつて
山腹にある
クラスク村に比べ隣国バクラダの村娘もいるのが特徴だけれど、国が変わっても僻地の小村の村娘の生活はあまり変わらない。
貧しく、日々の糊口をしのぐのも困難で、女性はモノのように村の中でやりとりされ好みでもない男に嫁ぎ、畑仕事や内職に従事し、子を産み育て老いてゆく。
オークの女性に対する扱いが酷いのは間違いないし決して許容されるものではないけれど、人間族の寒村での扱いだってマシというだけで格別によくはなかったのだ。
それがあの街…クラスク市ではまるで違うのだという。
そして周辺の村…つまりあの街の衛星都市となるこの村に於いてもそうなれるというのだ。
そのためにオーク達の妻であることが必要なら…多少嫌でも我慢できる、とテグラは言っているわけだ。
「それにー…ほら、なんてゆうか、さ」
と、ここでテグラの態度が少し変わった。
なんというかやや挙動不審と言うか、もじもじした様子になる。
彼女の様子の変化に娘達が首を捻った。
「別に嫌いなのが変わったわけでも憎しみが消えたわけでもないんだけど、そういうのは時間が経つと割と慣れるって言うか…」
ぽり、と頭を掻きながら、言い訳するように呟くテグラ。
「あと少なくとも夜の生活に関しては、こう、文句ないって言うか…?」
「「「あー…」」」
完全に同意の声を上げた後、各々頬に手を当てて赤くなって顔を背ける。
全員身に覚えがありすぎる述懐だったためだ。
「テグラー! テグラー!」
「
と、その時、村の中央の方から大きな声が聞こえた。
彼女の亭主、ドシーの呼び声である
テグラがすぐに返事をするが、他の村娘には理解できない。
なにせ彼女が返した言葉は流暢なオーク語だったからだ。
「少シ聞キタイコトガアル! チョット来テクレ!」
「
言われてすぐに立ち上がり、服の埃を払う。
「じゃ、呼ばれてるからちょっと行ってくるわね。説明まだ終わってないから少し待っててくれる?」
「「「はい!」」」
言われるがままに頷いて、テグラを見送る村娘達。
本人が口で言っているほどあのオークのことを嫌ってはいないのでは…?
などと、夫と話す彼女の様子を見て思いながら。
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