第391話 発展村づくり
「ココニ石積メ。次ハコッチダ!」
「オウサ!」
「ホイサ!」
図面を片手にオークが指示を出し、他のオーク達が石を運んで次々に積み上げてゆく。
どうやら村づくりの真っ最中のようだ。
建造現場から少し離れた場所に花畑が広がっており、その向こうには小さな森がある。
そしてその逆方向には広大な畑が広がっていた。
ミエ達が計画していた『はちみつ森の村』、その第一号である。
名をドックル村。
意味はオーク語で『最初の』や『一番目』といったところだろうか。
実にそのまんまである。
ちなみにここにある石材は例の如くネッカの魔導術により生み出されたものだ。
蜂蜜などの「この村で採れる品」を船便で運ぶために用水路の一部を村の中央付近まで伸ばし港とした際に、その部分の土を泥に変え、その泥に仕切りを入れて石へと変じ抜き出したものである。
当然と言うか、初めてそれを目撃した他部族のオーク達は見知らぬまじないに目を丸くした。
「次ハ屋根作ル! コウシテ…コウ?」
「オオー!」
「
「知ラナカッタ!」
クラスク市のオークが屋根の作り方をわかりやすく教授すると他部族のオーク達から感嘆の声が上がる。
「オイオイソレ違ウ。今日オ前達ヤリ方覚エル! 俺達デ建テル! ソシタラコレ
「オオオオオオオオオオオオオオー!」
『自分達の』という表現が気に入ったらしく、オーク達から歓声が上がり、我先にと屋根づくりに取り掛かる。
図面を片手にそれを眺めながら満足げに頷いたオークが、手順の違うところに的確に指示を出し、修正してゆく。
なおこのクラスク市より派遣されたオーク…ドシーはリーパグ配下のオーク一人であり、これまで彼に従い建築や製作などに従事しており、その腕も一丁前だ。
ただリーパグの監督下でない、彼自身がリーダーとして家の建築を行うのは今回が初めてであり、一層に気合が入っているようだ。
リーパグとしてももし彼がこの仕事を一人でやり遂げられれば全ての村の建造に彼が携わる必要がなくなるわけで、今後のメリットは大きい。
この村はいわばその最初のテストケースと言える。
それに選ばれたこのドシーがやる気に満ち溢れているのも頷けようというものである。
「村カ…フン。イツモハ襲ウ場所ヲ自分達デ作ルコトニナルトハナ」
村づくりの現場を睥睨しながら大柄なオークが皮肉気に呟く。
背後を振り返れば広大な穀倉地帯。
これまたいつもなら収奪の対象だった場所だが、今回はなんと自分達が耕してその収穫を好きにしていいという。
これまた彼には前代未聞の話であった。
「他ノ村ノオークニ襲ワレタラドウシマス、族長」
不愛想に訪ねてきたのは彼の配下のオークである。
一見するとずいぶんと不機嫌そうな顔つきに見えるがこれは彼なりの冗談のようだ。
他種族と交わり彼らと会話することで表情が豊かになったクラスク市のオーク達もかつてはこんな顔をしていた。
オーク族は表情筋が発達していないのか、本来かなり愛想が悪いのである。
「ソノ時ハ逆ニ返リ討チニシテ向コウノ村ヲ蹂躙シ尽クシテクレルワ!」
「イイデスナ!」
武闘と鮮血に想いを馳せ盛り上がる族長一派。
それを横で聞きながら、ドシーは肝を冷やしていた。
大オークたるクラスクに降った今そんなことをしでかすとは思わない…思いたくないが、族長クラスがそういう諧謔を飛ばすと冗談に聞こえないのだ。
もしそんなことになれば彼の夢も野望も頓挫して再び手下勤めに逆戻りである。
彼はくれぐれもその東山族長が気の迷い…オーク族的にはそちらの方が正道なのだけれど…を起こさぬようにと心の内であの羽の生えた教会の美女に祈った。
「さ、こうやって粉にした麦に水を加えて煮込んだ後はこうしてろ過してあげて…あとはこの粉を加えるとね…?」
さて、オーク達が村づくりに精を出している一方、村外れで女たち…元は
クラスク市より派遣されてきた娘、テグラである。
彼女は同様にクラスク市よりやってきたオーク、ドシーの妻でもある。
「でこの壺を冷ましてからこうやって粘土で口を塞いであげると…三日もすれば麦酒の完成ってわけ」
「「へぇぇぇ~~~~~~~~~」」
娘達が感心したような声を上げる。
「オーク達はホラ、お酒が大好きだから。こうやって女が美味い酒を造れるんだぞーって示してやればホントひどいことしなくなるの」
「「なるほどー!」」
つい半年前…いやもう少し後まで奴隷同然の扱いを受けていた彼女達だったが、今ではちゃんと風呂にも入りクラスク市特産の化粧も施し、さらには衣服もちゃんとあつらえてもらって、見違えるように身綺麗になっていた。
それもこれもクラスク市の者達のお陰である。
彼女たちはテグラに心よりの尊敬のまなざしを浴びせ、彼女の居心地を若干悪くしていた。
「いやーそういうのはミエ様に向けてもらわないと…」
「ミエ様って…前に村に来た…」
娘達が記憶を手繰り当時の彼女を思い出す。
やけにオーク語が堪能な娘で、他のオーク達が彼女の前では畏まってその言葉に耳を傾けていたがのやけに印象に残っている。
オークが敬服する女などというものが果たしてこの世に存在するのだろうか、と。
「ほら、貴女達にその服を誂えたあの街があるでしょ? あの街の前身のクラスク村出身で、ミエ様に世話になってない娘はいないからねえ」
「そんなに?」
「だって、貴女達の村と一緒だったもの、うちも。それを全部変えてくれたのがミエ様。クラスク様と一緒にね」
「「へええええええええええええええ~~~~」」
クラスク市のオークは随分と文化的で表情豊かだし、ややたどたどしいながら共通語だって普通に喋れる。
そんな彼らがかつて自分達の村のオーク達と同じだったなどとにわかには信じ難い。
「だから、貴女達のところも大丈夫! きっと上手くやっていけるわ!」
それは…彼女たちにとってなにより心強い言葉で、娘達の多くは顔を綻ばせた。
「…でも、私、やっぱり」
けれど、それはやはり全員とはゆかなくて。
「やっぱり…オーク達に受けた仕打ちは忘れられません」
どうしたって、奪われ、攫われ、隷属させられた事を忘れられない娘は、いる。
テグラはそんな彼女の思い詰めた顔をしげしげと眺めて…そして、こう言った。
「別に忘れなくてもいいんじゃない?」
「「「え…?」」」
意外な言葉にその娘だけでなく周囲の村娘達もけげんそうな声を出す。
鎖に繋がれた生活を改善させてみせると、そのかわり彼らの妻になって欲しいとミエに頼まれ、今のみじめな生活よりは…とそれを受諾した彼女達ではあったけれど、それでもそれは決して自ら望んでなった境遇ではない。
そのことについて言いたい愚痴なら先の娘ならずともこの場にいる娘達が全員持っていた。
だからこそテグラの言葉に彼女たちは強く反応してしまう。
「別に恨んだままでもいいと思うよ。私もそうだし」
「「「え…?」」」
テグラの衝撃的な発言に…娘達は大きく眼を見開いた。
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