第382話 祝福巡業
その日イエタは子供達への授業を終えると木札をかけて教会を後にした。
今日は学校が開かれた後彼女と共に教師役を務めてくれるという女性が数人、子供たちの後ろでイエタの授業を見学しており、その内の一人に留守番を頼んでいる。
無論彼女たちは聖職ではないため奇跡の力を有しているわけではないけれど、イエタが今日向かう予定の場所は伝えてあるため例えば怪我人などが教会に運び込まれた時はすぐに彼女を呼びに行くことができるだろう。
「あらイエタさん」
「ミエ様!」
と、そこにちょうど通りを歩いていたミエとばったり出くわした。
「奇遇ですね!」
「はい、本当に…ミエ様は今お仕事中ですか?」
「いえ。ゲルダさんとエモニモさんの決済が必要な書類があったので森村の方に行って今戻ってきたところです。だからええっと仕事帰り的な…? そういうイエタさんは?」
「わたくしは…今から『
「まあ! 『
ぱあああああ…と瞳を輝かせたミエが両手を合わせる。
「あのあのあの! もしよろしかったらですけどご一緒させていただいて宜しいでしょうかっ!」
「はい。もちろんです」
「やた! ありがとうございますー!」
イエタの手を取ってぶんぶんと振るミエ。
教会から出てきた教師志望の娘達が少しけげんそうな表情でそんな二人を見つめている。
なぜそんな珍しくもない教会の仕事で市長夫人が歓喜しているのかよくわからなかったのだ。
「とりあえずどちらへ?」
「はい。学校の様子を見た後で街の北に」
「あの…お布施の方は…?」
「はい。すでに御寄贈していただいております」
「それはなによりですー」
二人で雑踏を歩きながらそんな立ち話をする。
「いやーイエタさんが来るまでこの街には聖職者さんがいらっしゃらなかったので、しばらくは色々頼まれるかもしれないですねえ。ほんと申し訳ないとは思うんですけど…」
「いえ。神の御業は人々を援けるためのもの。この身が些少でもお役に立てれば幸いですわ」
「まぶし…志が立派過ぎます……!」
思わずイエタから差した後光に目がくらんだようなポーズを取るミエ。
だがイエタにしてみれば神にその身を捧げた聖職者でもない身でオーク族のため…いやクラスク市長のために全霊を注ぐミエの方こそ崇高に映る。
まあその想い自体が元は誤解と勘違いから来ているのだけれど、現在それを知っているのはイエタだけだ。
「それにしても色々と助かりますミエ様」
「ふぇ? なにがですか?」
「寄付金の補助についてです」
「あー…そういえば作りましたねそんな条例」
イエタが言っているのはこの街が制定している寄付に関する制度についてだ。
聖職者は確かに傷を治したり病気を癒したり祝福したりと様々な奇跡を行える。
ただそれには最低限必要なものがある。
『寄付』である。
これは別に教会ががめついとか聖職者が守銭奴であるとかそういう意味ではない。
彼らは神の御業…すなわち奇跡を起こすことこそできるが、それら教会の活動は基本奉仕であり、なまじな労働者以上に働いたとて賃金を得られるわけではないのだ。
生存するためには食べなければいけないし、各地に新しい教会を建てて布教もせねばならぬ。
そのためには寄付金が必要なのだ。
多少言い方を悪くすれば呪文に対して使用料を払っているようなものだろうか。
教会や聖職者という立場上そうした表現はあまりできないだろうけれど。
ただお布施の額はて多額でこそないが庶民が気軽に支払える額でもない。
切り傷擦り傷程度なら低位の奇跡のみで事足りるため問題ないが、例えば毒や病気の治療となると用いる奇跡もより高位のものとなり、寄付金も相応に必要となる。
庶民に迂闊に納められる額ではなくなってしまうのだ。
もちろん
ただそうした場合でも完解した者は後から本来のお布施の額を後納するのが習わしだ。
そこで…ミエとクラスクは街の住人がより健やかであるようにと、気軽に怪我の治療などが行えるよう街に補助金の制度を制定した。
税金を払っている者ならば誰でも、教会に治療に赴く際に納めるお布施の一部を街が負担する、というものだ。
言うならば医療保険の一種だろうか。
また個人的な商売などではなく街の発展や維持に必要なものであれば治療以外でもこの補助金の制度を活用することができる。
たとえば家畜の病気、麦の育成補助などだ。
今日イエタが向かっているのもまさにそうした依頼である。
ミエとイエタの二人は魔導学院の建設現場の横を抜け街の北門を抜ける。
そして商店街を過ぎ建造中の学校を軽く見学した後さらに北へと向かった。
このあたりになると店や宅地がぐっと減り、下町の城壁の内側だというのにところどころに耕地が点在し、家畜小屋が並んでいる。
狼や狐などの対策のため城門の内側に畜舎があるのだ。
ただ耕地の方は生産ためというよりは新たな作物の育成実験のための側面が強い。
一部
「イエタ様!」
「おやミエ様も…」
「こんにちは」
「こんにちは皆さん! おしごとお疲れ様です!」
仕事中の農民…もといこの街の場合は農作業従事者だろうか…達が顔を上げ、次々とイエタとミエが挨拶をする。
独特の臭いがするその場所は、畜舎のうち牛小屋が並んでいるあたりだろうか。
「それではイエタ様お願いいたします」
「はい」
イエタはしずしずと牛舎の方へ向かい、餌を食べている牛たちの前に立つ。
「
イエタが呪文を唱えると淡い光と爽やかな風が牛舎を吹き抜け、牛たちがどこか心地よさそうに鳴いた。
「では次に向かいましょう」
「はい、こちらです」
そしてイエタは案内されるまま次の牛舎へと向かう。
「おおおおおお~~~」
以前ミエが森の育成の際に彼女に頼んだ〈
それは他にも様々な場面で役に立つ。
たとえば牛の乳の出をよくしたり、羊の毛のつやが少しよくなったり、あるいは彼ら家畜の食欲を増したり、病気にかかりにくくしたりする。
もちろんそれは家畜だけに留まらぬ。
そうした様々なものにささやかな恩恵をもたらす…それが〈
そして…その小さな奇跡を求め、教会に救いを求めに来る者達が寄付金を出し合って、聖職者に各地を巡って〈
「イエタさん流石です!」
「いえ。わたくしは何も。全て神様のなさる事ですから」
「ええっと…じゃあ神様流石です!」
「はい。それはもう」
噛み合っているのだかいないのだかよくわからぬ会話を交わしながら『
「この後はどうなさるんですか?」
「そうですねえ…」
「さすがにうちの畑を全部祝福していただくのは難しいですよね?」
下町の北門付近で衛兵達に挨拶しながら門の外を眺める二人。
北へと向かう街道と、その左右にチェック柄の畑が延々と地平線まで広がっていた。
「そうですねえ。一つの〈
「そのあたりは魔導術とかと同じなんですね」
「そうなのですか?」
イエタは神聖魔術についてはともかく他の系統の魔術については詳しくなく、くくいと首を傾ける。
「…む?」
「あら?」
「でふ?」
その時、北門の脇に珍しい人物を見かけた。
「シャミルさん? …とネッカさん!」
「おやミエではないか、どうしたこんなところで」
「それはこっちのセリフですよう!」
「珍しいでふね。。今日は畑の方に行く日じゃなかったような…」
それは…畑の横でなぜかお花摘みにいそしんでいるシャミルとネッカであった。
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