第379話 危険なコツ

「コツ…ですか?」

「…そう言えバお前達も羽があっタナ」


クラスクはイエタの背中の羽をまじまじと見つめながらそう呟く。


「お前達……?」


きょとんとしたイエタの前でクラスクがうんうんと頷く。


「鳥ダ。精霊魔術に動物に言う事を聞いテもらう術があルそうダ」

「動物…? ああもしかして森人ドルイドの呪文でしょうか?」


精霊使い、と呼ばれる者達は火や水、風や土といった精霊たちと交信し、その力を引き出すことができる。

そこからさらに派生して、大自然そのもの…動物や植物、落雷や嵐といった自然現象に影響を及ぼし、彼らを友として従え、力を借りることができる者達がいるのだ。

それが森人ドルイドである。


「そうなのか? 詳シイ事ハ知らんガうちのサフィナが使えル。それデ鳥ト仲良くなっテタ」

「鳥と…なるほど……?」


そもそもイエタは魔術知識自体が高いわけではない。

聖職者として各神性…すなわちそれぞれの神様が起こせる奇跡程度ならばそらんじる事ができるけれど、他系統の魔術までは詳しくないのだ。

魔術を扱う者の中でも、そうした他の魔術系統にまで詳しい者となると、やはり学問として魔術を学んでいる魔導師たちを置いて他にいまい。


ただし森人ドルイドに関してはイエタにも多少の知識があった。

彼らが精霊魔術と同時に神聖魔術の使い手でもあるからである。


だが森人ドルイド達は聖職者たちのように特定の神から力を得ているわけではない。

あえて言うなら信仰対象はこの世界の大自然そのもの、とい言えるかもしれないが。


そんな彼女の限られた知識の中だと、鳥や獣相手の魔術が得意な者と言えばやはり思い浮かぶのは彼ら森人ドルイドである。

ただそのサフィナという娘は森人ドルイドではないかもしれない、とも思った。

なぜなら彼らは大自然を寝床としそこに住み暮らす者達であり、自然から切り離された人工物だらけの街に住むことを殊更に嫌うからだ。


ただそうするとそのサフィナという娘の正体が不明である。

一体何者なのだろうか。


もうひとつ気になることと言えばクラスクの使う単語だろうか。


他のオーク族と幾度か言葉を交わすことがあったが、彼らは共通して魔術に関しては完全に門外漢であった。

神聖魔術であろうと精霊魔術であろうと魔導術であろうとすべて『まじない』で片づけてしまうのだ。


だがクラスクはそれを全て使い分けている。

相当に知能の高い証拠である。


「サフィナのトモダチになっタ鳥達に頼んデ色んな所に飛んデもらッタ。街とか村トカダ。勿論本人…本人? 本鳥? が嫌がる方角には行けナイガ」

「なるほど…?」


クラスクの言わんとする事がなんとなく飲み込めてきたイエタはこめかみに指を当て少しだけ思考を巡らせる。


「つまりその鳥さん達の見た景色をのですか?」

「そうダ。イエタお前頭イイナ」


クラスクが我が意を得たりと腕組みをしながらうんうんと頷く。


「魔導術にそういう呪文あル知っタ。魔導師ガ同意シタ他人の眼を借りル奴ダ。それ使ってネッカ…うちの魔導師が鳥の眼で街見下ろシテ街描イタ。それを俺がジオラマにシタ。それがコレダ」

「なるほど…」


それなら確かに他の街を正確に図面に起こすことが可能だし、そこからこの正確な模型を作ることもできるだろう。

ミエの世界でいえば高高度から撮影した写真のようなものなのだから。


そして同時にそれは他の国や街では真似する事が非常に困難な手法でもある。

なぜなら街の事情や戦争などに、森人ドルイドが手を貸してくれることなどまずあり得ないからだ。


この街はそれをサフィナという娘によってクリアしているらしい。

詳しい事情はわからないが、相当巡り合わせがいいのだろう。

もしそれが単なる偶然だとするならば、その恩恵にあずかったこの街の市長は余程の豪運と言う事になる。


「それで…この小さな街は一体どのような目的で作られてるのですか?」

「? カッコイイだロウ?」

「まあ!」


イエタの質問にキョトンとした顔で答えるクラスク。

そして手を叩き嬉しそうにそれを受けるイエタ。


…本来であればその返事はかなり意外なものであって、もっと驚かれるべきはずのものである。


他の街、他の国に真似できぬ鳥観図による街の見取図の入手。

そしてそこから街を立体に起こすジオラマという技術。

これらを組み合わせれば戦争における情報戦と戦術面に於いて非常に大きなアドバンテージを得ることが可能となる。

なにせ相手の国の軍事機密が一方的に見放題になると言ってもいいのだから。


『魔術によって街を覗こうとする』のであれば、それを別の魔術…防御術によって防ぐことができる。

戦時に於いてこの街が取ったのもその手法だ。


だがクラスクが用いている手法はそれでは防げない。

彼のやり方に於いて、魔術の対象は『町』ではない『鳥』なのだ。


魔術それ自体で遠方を覗いているわけではなく、あくまで鳥の視界を借りているだけなのである。

これでは通常の占術妨害では防ぐことができぬ。


けれどそれを真似しようにも普通の街ではまず森人ドルイドの協力が得られない。

或いは森の女神イリミの聖職者であれば森に住む獣を使役する事ができるのかもしれないけれど、彼女の眷属であるエルフ達は皆閉鎖的で、人間たちの侵略に立ち向かい防衛することはあっても人間族の街に攻め込むことは滅多にない。


となればこの街の手法を他国…特にアルザス王国は模倣して対抗する事ができず、結果戦術的に不利な立場に陥ることとなる。


そんな軍事的に重要なシステムが目の前に広がっているのである。

イエタはもっと危機感を持って相対すべきなのだ。



…なのだが。



残念ながら彼女は軍事の専門家というわけではなく、目の前のものが如何に戦争に於いて重大かつ重要な意味を持つのかということまで考えが回らなかった。

ただその精緻な技術と美術的価値は彼女にもよくわかったようで、手を叩いてその素晴らしさを讃えたわけだ。


照れるクラスク。


「この森…よくできてますねえ。どうやって作られるのですか?」

「街の職人に針金作らせタ。細い金属。よく曲がル」

「まあ、これが?」


クラスクが見せたのはぐるぐると巻かれた針金の束だった。

ミエの故国であればポピュラーなものではあるが、この世界では本来王侯貴族などが高い金を払って職人に造らせるものであり、一般的とは言い難い。

なにせ針金を一から造ろうとしたら金属をひたすら叩いて薄く延ばすという原始的かつ異常に手間のかかる工法にならざるを得ないからだ。


「これをこうシテねじっテこうすルト…」

「あ、樹の幹と枝になりましたね!」


針金を器用にねじりながら手早く小さな樹木の枝ぶりを形作るクラスク。

クラスクの手元に顔を近づけ、瞳を輝かせて見入っているイエタ。


「これにこうシテ綿を乗せテ、色付きのニカワを塗っテ、緑色の粉を乗せル」

「まあ! まあ!」


細かな作業で見る間に樹木っぽくなってゆく。

その鮮やかな手並みにイエタが感嘆の声を上げた。


「デキタ」

「素晴らしいです……でもこれを一本一本作られたのですか?」


ジオラマに配置されている多くの樹木を見ながら目を丸くする。


「ソウダ」

「その…随分と時間がかかりませんか?」

「ソウダナ」

「大変ですねえ」

「好きデやっテル事ダ」


手元の樹木の出来栄えに満足そうにうんうんと頷くクラスク。


「………………」


今作ったばかりの樹木の模型をジオラマの中にそっと配置するクラスクを見つめながら、イエタは不思議な感覚に襲われていた。



彼の姿が、美しく感じられたのである。



クラスクは魅力的である。

それは彼自身のオークとは思えぬ魅力の高さと範囲拡大している≪カリスマ/人型生物≫によるものだ。


ただ幾ら魅力が上がっても彼はオーク族であり、美醜で言うなら醜い側の顔立ちである。

だから彼女が感じたのも決して見た目や容姿によるものではない。



それは…技術の美しさ。

職人などが仕事に打ち込んでいる際に見せる機能としての美しさである。






イエタは感心したようにいつまでも彼の仕事ぶりを眺め、二人の間の日差しの色が少しずつ、少しずつ変わっていった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る