第376話 新築二棟

「クラスク様。どちらに行かれるのですか?」

「居館ダ」

「わかりました」


返事をしながらもイエタは少しだけ疑問を覚えた。

先ほど彼が指し示した方向は居館と少しずれていたような気がしたからだ。

もっとこう…北の方角を指していたはずである。


「タダ居館に行く前に少し寄り道スル。イイカ」

「はい。喜んで。お供させていただきますわ」


ただどうやら彼にはその前に用事があるようだ。

おそらく先ほど指で示したのはそちらの用事の方角なのだろう。


イエタは納得した。

納得したのだが…そう答えてから彼女はうん? と少しだけ首を傾げた。


今日の目的はクラスク市長に会うことだった。

会って人となりを知る事だった。


そして今それは果たされている。

彼がどのような人物かはこの短い間でもだいぶ理解できた。


だから彼の行きたいという場所に行くのは一向にかまわない。

それだけ彼の考えや興味を知る事ができるからだ。

構わないのだが…



なぜ、自分は喜んでいるのだろう。

なぜ、それが嬉しいのだろう。



それが理解できず、イエタは少しだけ足を止め考え込んで、だがすぐに我に返り小走りでクラスクの背を追った。


「こっちダ」

「はい!」


東西南北の街道を繋ぐ大広場…

かつてこの街の前身たる村が誕生するまでこの辺り一帯のオーク族が邪魔で作り得なかったものである。

多くの旅人と隊商達が求めたそれを、まさかにオーク族自らが作り上げようとは流石に誰一人思わなかったろうけれど。


クラスクの目的地たる居館は大広場から北東方面にそびえている……が、クラスクはそちらには向かわずそのまま真北に向かった。

そのまま歩けば北門である。


「あ……もしかして建設中の『学校』を見学しに行かれるのですか?」

「そうダ。お前が気になるかト思っタ」

「まあ、お気遣い感謝いたします」


ぺこりと頭を下げ、そのままクラスクの背を追って歩き出す。


よく見ると街の雑踏の中、明らかに何かの建物を建造するための資材と思しき石材を運搬するオーク達をあちこちで見かける。

先程の通りにもいるにはいたが、北門へと向かうこの街道の方が遥かに多い。


「あの…彼らが運んでらっしゃるのは学校を建てるための建材ですか?」

「一部ハそうダナ」

「一部?」

「石材ハ外から運んデ来ル。北門を出タ所にあル学校の石材ハこの道通らナイ。この辺りの石材ハホレ、あそこの建物に使ウ」


クラスクが指差した先は広場から北へと向かう街道の北門近く、その東側あたりの広場だった。

以前は敷物などを敷いて蚤の市などが行われていた場所である。


ただ大量の石材が運び込まれうず高く積み上げられたそこはもはや建設現場と呼ぶにふさわしい場所となっており、元広場と言った方がより正確だろうか。


「あれは…?」

「魔導学院ダ。まあ魔導師の学校ダナ」

「まあ…!」


魔導学院であればイエタも聞いたことがある。

彼女の故郷には存在しないが大きな都市の幾つかに存在するらしい。


ただ急速に発展しているとはいえ、この規模の街で魔導学院を建てようなどという為政者をイエタは知らぬ。

相当な経済規模がないと建てることも維持することもできないはずだからだ。


だがなにより驚くことは彼がオーク族でありながら魔導師やその魔術の必要性を理解していることである。

彼女の知るオーク族のあらゆる常識を覆すこの街の市長の背中を、イエタは驚きを以て見つめていた。


「やっぱりこれだと構造的に難がありますね…」

「それならネザグエン様の研究室をネッカの部屋の上に移せば…」

「いえいえ。合理を旨とする魔導師ではありますが、流石に学院長の研究室の上に他の研究室を作るわけには…」

「ネッカ学院長でふか?!

「逆に他に誰がいるんです?」

「ネッカはてっきりネザグエン様かと…」

「いえいえいえいえいえいえ。この街の学院なんですからこの街の宮廷魔導師たるネッカ様こそが御就任なさるべきでしょう」

「がびーん…でふ。全然考えた事もなかったでふ」

「そこは考えましょうよ!? というか実力的にも私よりネッカ様の方が上なんですからいい加減私に敬称はですね…」





その二人の議論は白熱し、なかなか終わりそうにない。

まあ魔導師にとっての夢である自分専用の研究室に、その設計段階から携われるともなれば興奮するのも当然ではあるのだが。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る