第326話 さらば愛しき我が家よ

「リーパグ! リーパグしっかりせんか! おい!」


シャミルが地面に倒れぴくりとも動かないリーパグを必死に揺する。


「これ! このようなところで何をしておる…これ…っ!」


ゆさゆさと揺すりながら、その声が徐々にかすれ、小さくなってゆく。


「返事をせんか…これ、リーパグ…っ」

「アー死ヌカト思ッター」


そしてシャミルの声に嗚咽が混じり、涙目でしゃくりをあげたところで、むくりとリーパグが身を起こした。


「……………………………………っ!!」

「ナンダヨ」


ぱくぱくと口を開け、目尻に涙をためた瞳を大きく見開いて己を指差すシャミルに、リーパグが不審げに眉を顰める。


「まあ無事だろうな。リーパグは〈岩肌ヴォックツェック〉を一度も消耗していなかったから」

「アッタリ前ダ。アンナコエー奴勝チ目アル時ジャネエト手ェ出ス気ネエヨ」


歩み寄るキャスに毒づくリーパグ。


「マートモカク倒セタナラ問題ネーナ。オイシャミル俺ノ活躍見テtブェッ!!」


そしてドヤ顔でシャミルに自慢しようとしたところに思いっきり張り手を喰らう。


「っこの…っ! 心配させおって! 心配させおって!!」

「アイタタタタタオイヤメロ殴ルナセッカックノガ消エッチマウダロウガ!」

「ええいうるさいうるさいうるさい! このっ! このーっ!」


初めは本気で嫌がっていたリーパグだったが、ぽかぽかと力なく殴りつけるシャミルを見ている内に抵抗をやめ、彼女が殴り疲れるのを待つことにした。

彼なりに気を使っているのだろうか。


「デ…結局ナンダッタンデスカアレ」


イェーヴフが剣をしまいながらひりつく手をぶんぶんと振る。

オーク族の怪力でどうにもならなかったあの目に見えぬ防御法が不思議でならないようだ。


「己を中心に発動させる球体型の障壁だな。硬いというか物理的にあれを破るのは不可能なのだろう」


先程まで黒騎士のいたあたり…今は地面が赤黒い染みが残っているのみだが…を眺めながらキャスが語る。


「ただ術者の手足と手に持った剣だけは障壁と魔術接続を張ることで自由に透過することができるようになっていて、それで向こうだけが一方的にこちらを攻撃できたのでしょうね」

「私もギスの推測と同意見だ」


キャスとギスが相手の術の効果を推測する。


「スゲー、俺モヤリテーナー」

「…そうだな。己自身をサポートする攻撃補助の魔導術というのは新しい知見だった」


オーク族はこうした理不尽な相手でも卑怯とかずるいとか思う前に自分も欲しい! と思ってしまうもののようだ。

嫉妬心を持たぬのは彼らの種族の数少ない美点と言えるだろう。


「…デ、ドウヤッテ倒シタンデス?」

「球体の裂け目から攻撃呪文を内部に放ったのだ」

「裂ケ目…アイツアノ丸イノ作ルノ失敗シテタンデスカ?」

「違う。あの呪文は術者の手足に障壁を透過させる属性を与えていた。逆に言えばもしあれが完全に密閉状態の球体だった場合…空気が足りなくなってしまうのだ」

「クウキ…?」


イェーヴフは首を捻る。

オーク族としては賢いとはいえ、彼にはまだ理解できない概念のようだ。


「私達は普段こうして息を吸ったり吐いたりしているだろう? 息を止めたら苦しくなるはずだ。それは我々がしているからだ」

「コキュー」


言われるがままウェーヴフは息を止め、しばらくしてから息苦しそうにゲホゲホと咳込んだ。


「タシカニ!」


そして新たな知識を得た事に瞳を輝かせてンホー!と興奮する。


「そして自分の吐いた息はそのままでは再び使うことができない。植物の精霊や風の精霊の助けを借りて綺麗にしない限りはな」

「ッテコトハ…ナンダ?」


首を捻って考え込んだウェーヴフが、やがて手を打って顔を輝かせる。


「クウキッテヤツノ出入リ口ガイルノカ!」

「そうだ。飲み込みが早いな」


そう、手足も剣もあの不可視の障壁を自由に透過することができる。

けれどそれゆえにそこには一切の隙間が発生せず、呼吸を続けるためにはどこかに穴を開けておく必要があったのだ。


「あの白煙の流れからすると内部に空気の流れを作る魔術も働いていたかもしれんが…」

「あら、じゃあ毒の煙なんかがあれば一発だったわね」


ギスがくすくすと笑いながら曲刀をしまった。


「さて…クラスク村の戦いの行方はまだわからんが、こちらはこちらの準備をしよう」

「…じゃな。荷物を取って来る。リーパグ、己も来い」

「命令スンナ!」

「ア、俺モ手伝イマス!!」


シャミル達は丘の向こうに繋いでいた馬を引き、ぐるりと街道を回って戻ってきた。

そして馬に積んだ大荷物を降ろしてゆく。


「これが…例の火薬?」

「そうじゃ」

「液体って聞いたけど普通に持てるじゃない?」

「液体を中の粉に染みこませとるんじゃ」


それは…かつてシャミルの村仲間が作っていたとされる液体爆薬。

組成をある程度覚えていたシャミルが村の錬金術工房で再現したものである。


本来それは布や土、或いはおがくずなどに沁み込ませて使用する事が想定されていたが、シャミルは研究の末より優れた使用法を編み出した。

粉末状の火薬そのものにその液体火薬を沁み込ませたのである。


そしてそれを反応しないように丁寧に包み、筒状として保管する。

使用する際には火炎草を用いて瞬間的に高火力を出す発火装置…今で言えば雷管だろうか…を取りつけ、その発火装置から火薬を包んだ薄紙…羊皮紙ではなく植物の葉の繊維から作り出したもの…を巻いて伸ばした、いわゆる導火線を用いる。



端的に言えば、それはシャミルの開発したこの世界流のダイナマイトであった。



「これだけ積めば大丈夫じゃろ」


家の奥にある大穴を確認し、整備された壁を見て眉をひそめる。

その後己の家の中に爆薬を設置し、導火線を伸ばして家の外に出た。


「……………………」


そして感慨深げに己のかつての家を眺め…そして背を向けた。


「ナァオイシャミル」

「なんじゃ」

「墓…造ラナクテイイノカヨ」


この村にいたはずのノームたちは皆幻影だった。

ならばかつてこの村にいたノームたちはどうなったのかというと…死骸となって放り捨てられていたのである。


村のあちこちで殺されたノームの死骸を一か所に集めて放っていたのだろう。

野ざらしにされたノーム達は皆白骨死体となって、家と家の間に積み上げられていた。

それを先刻火薬を積んだ馬を連れて来る際に発見したのだ。


「…ここの護り手は倒したが穴は未だに開きっぱなしじゃ。墓など掘っていては地底からの使者と遭遇するリスクがある」

「ウヘ、ソリャソウダ」

「それに…あの遺体はになる」

「ショウコ?」

「うむ…ここが地底の連中によって二年近く支配され高度な幻術によって隠蔽されていたこと、そしてこの村の者は皆既に殺されていたこと…それを示す証拠じゃ」


そう言いながらもシャミルの表情は辛そうだった。

己が望んでいないことを口にしているからだろう。


「アー…ジャアアレダナ。全部説明シタラ墓ニ入レテヤルカ」

「そうじゃあな…うむ、そうじゃな…」


互いに視線をかわし、頷き合う。

ノームとオークの夫婦は、一通りの準備を済ませると、そのまま他の仲間に合図をして急ぎ家から遠ざかる。



彼らの走り去った後の地面に黒い紐があった。

シャミルが伸ばした導火線である。


そこに灯った炎が、ちりちり、ちりちりと導火線を燃やし、ゆっくりとかつてのシャミルの家…いや、今や地底と地上を結ぶ『天窓』と化したその建物の中に吸い込まれてゆく。



轟音。

そして大爆発。

大きな破片を撒き散らしながら、村の一角が土砂と瓦礫に埋まってゆく。






朦々と上がるその土煙を…丘と丘の隙間から差した朝陽が照らしていた。






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