第324話 突破口
(思い出せ…こいつの動きを…!)
キャスは戦いながら必死にその黒騎士の動きを思い出す。
剣捌きといい体捌きといい間違いなく一流の騎士である。
その上でこれほど高度な魔導術を操る…一騎打ちではこちらに勝ち目はないだろう。
確かにこれなら一人で天窓の守護を任せられるはずである。
(だがそれならなぜこの男を戦場に連れてゆかない…?)
城壁を間に合わせたことを向こうがあらかじめ把握していたかどうかは不明だが、仮に以前の村のままだと思い込んでいたのなら想定されるべきは野戦である。
周囲からの攻撃を全て弾く彼がいれば、或いはこの呪文を複数にかければそれで勝利が大きく近づくではないか。
というか、半年前の戦力であればほとんど詰みである。
それに対する解を単純に考えると、おそらくこの呪文は術者本人にしか効果がないのだろう。
或いは彼が着用している鎧などの特殊能力であり、着用者にしか効果を発揮しないのではないか。
さらに言えば彼は魔導師としてこの場面で当然するべき戦術を取っていない。
相手の唱えている魔術を撃ち消す、或いは相手に既に付与されている魔術を破壊する強力な対魔術〈
キャス達は皆その身を守るため〈
剣でダメージを与え続けそれを削りきることもできるかもしれないが、それではだいぶ手間がかかる。
魔導師ならばさっさと〈
詠唱中に襲われ痛みにより精神集中が途切れることで
となればやらやらない理由がないではないか。
そして戦場に出ることを前提にした魔導師なら〈
ならなぜそうしないのか。
答えは単純…唱えられないからだ。
おそらく鎧を着た状態、もしくはあの堅牢な障壁の内部では〈
己自身を剣士として強化する事に特化した魔術であるがゆえに、逆に魔導師としての十全の役割を発揮できないのではないだろうか。
だがそれでも彼ほどの実力があれば並のオークでは手も足も出まい。
向こうはそもそもこちらがこの村の存在について知っているどうかも知らないはずだし、こちらにこの村の出身者がいて道案内できるなどということもわかっていないはずだ。
占術によって確認している可能性もあるが、以前ネッカの占術によって向こうが安易に占術を使えない環境である可能性が高いとわかっている。
となれば確度の低いこの村への襲撃に備えるよりは、彼を現地に連れて行って戦わせた方が遥かに戦術的に有利ではないだろうか。
(もしそれができないというのなら…)
理由はいくつか考えられる。
一つは対人関係。
向こうの首領…
クリューカの命でこちらに留まっているとすれば立場はクリューカの方が上のはずだから、地底世界の対立組織から付けられた口うるさい副官…などと考えれば連れて行きたくない気持ちはわかる。
彼の隠された目的を考えれば猶更だろう。
もう一つ考えられるのは…彼自身が望んだ場合だ。
先程の仮定の通りなら向こうが想定していたのは野戦で夜戦。
多人数対多人数の戦いになる公算が高い。
彼はそれを嫌って参戦を辞したのではないか。
もしこちらが理由だとするなら…つまりあの術にはこちらが見つけられていないなんらかの『穴』があって、多人数戦をすることでそれが発覚するのを恐れている、ということになる。
(………?)
相手の剣戟を渦巻く風を纏った愛剣で逸らし、空中で鋭角に角度を変え再度襲い来る斬撃を剣先で巻くようにしてはじき返す。
この異様に返しの速い斬撃も脅威である。
だがその攻撃を受け流しながらキャスは妙な感覚に襲われていた。
…何かがひっかかる。
キャスは目を細め相手を見つめた。
先刻、最初の不意打ち。
あの時彼は自分以外の三人の攻撃を読んでいたのだろうか?
いや仮に自分一人だとしても、四人からの一斉攻撃を読んでいたとしても明らかにおかしい点がひとつある。
(なぜ彼は自分の方に向き直ったのだ…?)
キャスの思考が加速してゆく。
仮にあの不可視の護りが全周囲を覆っていると仮定した場合、わざわざこちらに急いで振り向く必要がない。
背後の障壁でこちらの余裕を持って攻撃を受け、剣が弾かれ体勢を崩したキャス相手にあの奇怪なほどに返しの鋭い一撃を入れるだけでいい。
にもかかわらず彼はあの時慌ててこちらに振り向いた。
それが彼女一人しかいないと思っていたからなのか襲撃者の中でキャスが最も危険だと判断したのかはわからないが、少なくともあの鉄壁の護りを持ちながら正面に向こうとしたのだ。
つまりそれは…背後を取られたくないなんらかの理由がある、ということである。
「キャス!」
ギスの声ではっとした。
例の斬撃が急角度でキャスの首筋を狙っていた。
咄嗟に剣を払いあげようとするが、一瞬遅い。
間に合わない…そう思ったとき、キャスの前にギスが飛び出していた。
そしてそのギスを庇うように彼女の夫、イェーヴフもまた飛び出している。
(しまった…間に合わない…っ!)
ギスもイェーヴフも相手の攻撃を避けきれず幾度かあの斬撃を喰らっている。
〈
もしかしたら許容ダメージの限界を超えているかもしれない。
そしてもし術の効果が切れていたなら…ギスとイェーヴフ、夫婦二人が四つの肉塊となってキャスの前で舞う事になる。
「
考えるよりも早くキャスは詠唱に入っていた。
そして己の切り札を迷わず相手に叩きつける。
「〈
横っ飛びしながらギスとイェーヴフを避けつつその剣の切っ先を黒騎士へと向ける。
渦巻く風の圧倒的な暴威が黒騎士を襲った。
いや正確には襲われたの彼ではなく彼の『剣』である。
金属すら抉り取るその暴力的な風の穿孔を以って、キャスは相手の大剣を破壊しようとしたのだ。
だが…大剣の鍔元に青白い燐光を放つ線が浮かんだ。
その線は剣の周囲をぐるりと巡り、彼が腕を引くとともにその線の輪が大剣の先端へと抜けてゆく。
直後、その剣に輪が生まれた付近でキャスの〈
(今のは…障壁の透過か…!?)
カラクリが、読めた。
おそらくこの黒騎士が唱えた魔術は己の周囲の力場障壁を張り巡らせることともう一つ、己の剣をその障壁と魔術的に紐づける効果の二つがあったのだ。
魔術的に障壁とリンクされた彼の剣は、その障壁をまるで存在しないかのように自由に通過できるようになった。
今のこちらの武器破壊を狙った一撃は、相手が大剣を障壁の内側へと引っ込めることで防がれたわけだ。
まさに剣の攻撃と魔術による鉄壁の護りを備えた攻防一体の戦術と言えるだろう。
(あと一歩…後一歩だったのだが…!!)
敵の戦術は読めた。
そこから相手の術の攻略法もある程度当たりが付いた。
だが…そこまでだった。
見当はついてもそれを実現するだけの魔力が、今の彼女の内には残されていなかった。
切り札たる〈
(これは…隙を見て一度撤退をすべきか…?)
それを許してくれる相手かどうかは別として、そうしなければ遠からず全滅してしまうだろう。
そしてその決断を下すタイミングは今しかない。
…と、そこまで考え差したところで、キャスは己の身体の異変に気付く。
おかしい。
おかしい。
ありえない。
(なぜ…なぜだ……!?)
なぜ…こんなにも。
こんなにも己の内に魔力が残っているのだろうか。
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