第312話 光る粉

ウッケ・ハヴシはラオクィクを攻撃する…と見せかけて大きく踏み込み、その蹴り脚で一気に跳躍し背後の女たちに襲い掛かった。


かつて村で見かけた巨女。

これはかなり手ごわそうだが手にした武器は中距離以降でこそその真価が発揮される。


そしてもう一方の人間族の娘はチビだ。

力も大してあるようには見えない。



接近戦に難がある相手、そして弱者。

まずはそれらを手早く片付けてから生意気な木っ端オークを料理しよう、そうウッケ・ハヴシは考えた。


ただし殺してはダメだ。

がなくなる。

力の差を見せつけて歯向かう気力を奪うくらいがちょうどいい。


ゆえに彼は、その大斧をあえてチビ女の楯越しに叩きつけた。


「う…ぐっ!」


凄まじい力と勢いと圧力にエモニモが盾越しに苦悶の声をあげる。

もしこれが完全な不意打ちだったなら、受けが間に合わずその一撃で押し潰されていたかもしれない。


だがわかっていた。

彼女には相手の初擊がわかっていた。

己を弱者だと決めつけ最初に潰そうとしてくることは読めていた。

その男の性質について道中姉嫁たるゲルダと夫のラオクィクにさんざん聞かされていたからである。


だからその迅速の一撃を盾の下で待ち構え、十分な備えを持って受け止めることができたのだ。


力任せに相手を地面に叩き伏せ実力の差を見せつけようとしたウッケ・ハヴシは、だが次の瞬間彼女の盾めがけて蹴りを放ち、咄嗟に距離を開けた。


あり得ないことだが。

信じ難いことだが。

その時彼が感じたのは己に襲い来る脅威…即ちだった。

彼女が盾の下でを、彼の本能が危険と判断し、考えるよりも早く飛び退ったのである。


エモニモは後方に跳ね飛ばされながらも素早く剣で地面を突き刺し、そこを軸に体の向きを変え、草原の上を後ろに滑るようにして止まる。

その凛とした瞳を前に、ウッケ・ハヴシは苛立たし気に地面を蹴った。

あんな小さくて貧弱な相手に身の危険を感じるなどとあってはならぬことだ。


だが、それでも彼は己の直観に従い間合いを開けた。

それができるのが彼の強さである。


「アン…?」


だが…既にそれは為されていた。

彼が危険と感じていたの準備は、すでに終わっていたのだ。


きらきら、きらきらと光が舞う。

小さな小さな、まるで鱗粉のような小さな粉が、光り輝きながら宙に舞う。


先程エモニモがウッケ・ハヴシの攻撃に耐えながら盾の下で準備していたものがこれだった。

光る粉の詰まった試験管…シャミルが用意した錬金術の小道具である。


それらははらはらとゆっくり地に落ちて、その後ぼう、と足元を薄く発光させた。


「ナルホド…人間ハコノ闇ノ中ジャヨク目ガ見エネエカラナ。ナカナカ考エルジャネエカ、イイ娘ダ。気ニ入ッタ」


ウッケ・ハヴシはニタリと下卑た笑みを浮かべると舌なめずりをしながらエモニモの全身をねぶるように観察する。

この後彼女に与えるべき罰とプレイを考えているようだ。


その視線を前にエモニモはぶるりと全身を震わせる。


「なにかすごい失礼な想像をされている気がするのですが!」

「気がするだけならほっときな。されたくなきゃあ全力で刃向かうんだね」

「言われなくても!」


ゲルダとエモニモが互いに斧と盾を構え気合を入れ直す。


「フン。ナカナカ面白イ連中ダ…ガ」


遊びは終わりだ、とばかりにウッケ・ハヴシがぎぬろ、とその目を剥いた。


「!?」

「くぅ…っ!?」


次の瞬間、エモニモとゲルダの身体がまるで鉛のように重くなる。


ウッケ・ハヴシの有する上位スキル≪威伏≫の効果である。

相手を威圧することで、その対象の敏捷度に大きなペナルティーを与える事ができる。

対象を限定すれば完全に動きを封じ金縛りにかけることすらできる強力なスキルだ。


今回は対象を二人に分散したことで完全に動きを封じることこそ叶わなかったが、その機動力はほぼ削いだ。

それまでいい勝負をしていたつもりの相手の足が突然止まり、逃げられず身動きもできず信じられぬといった驚愕の表情を浮かべるのが、そしてその顔が染みわたる様に絶望に取って代わるのが、そんな相手に大斧の全力の一撃を叩き込むのが、ウッケ・ハヴシは大好きだった。


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

「邪魔スルナ。オ前ハ後ダ」


背後からのラオクィクの渾身の一撃を軽く打ち払い、無造作に二人の方へと向かう。

…が、今の攻防に一瞬違和感を感じた。

あまりにそのオークの斧の一撃に手応えがなさすぎたのだ。


そう、まるで片手で斧を振るったかのような…


「ッ!?」


背後からの攻撃に十全の備えを以って当たった彼は、けれど正面からの攻撃に対して反応が一瞬遅れ、返しの斧を払いながら横に飛び退いた。

驚くべきことに動くどころか身動きすら困難であるはずの女二人が、こちらに攻撃を仕掛けてきたのだ。


鎖斧の投擲と、それを避けようとした先に置いてあるかのような小女の足元を狙った剣撃。

いずれも万全の動きではない。

明らかにウッケ・ハヴシの≪威伏≫の影響を受けている。

ゆえに不意を打たれた彼も余裕を持ってかわすことができた。


だが逆に影響を受けているのだとしたらこれほど動けるのはおかしい。

ならこれほどに動けはしない。

もっとノロノロとした、普通に歩くよりもさらに緩慢な動作のはずである。


元が異様に素早い相手ならともかく、そうでないことは初見の動きで確かめたはずだ。

一体なぜ…?


それを考えるより早く鎖斧の逆側の鉄球が飛来してくる。

それを避けた先に痩せたオークの斧が振り下ろされた。

面倒になって斧を振り回し、間近に迫ったオークを切り伏せんとしたら回り込まれた小娘に盾で受け止められる。


面倒くさい。

うざい。

苛立たしい。


ウッケ・ハヴシはその連携の取れた動きに業を煮やした。

男が女如きの攻撃に合わせてくるのも業腹だし、女が男のフォローに回って攻防を分担するのも生意気だ。

ともかく彼ら男と女が仲良くしているのがなんとも許せなかった。


「女ハ虐ゲルモンダ! 蹂躙スルモンダ! 屈服サセルモンダ! テメェオークノ分際デ何ヲカンガエテヤガル!」


ぎろり、と殺意を全開にした視線をラオクィクに向ける。

≪威伏≫のスキルがその長身痩躯のオークに叩きつけられ、その足を、斧を振るう腕を、動きを完全に縫い留めた。


この距離なら外さない。

この距離なら逃さない。


ウッケ・ハヴシは右足をどすんと踏み出し、大斧を背中に大きく大きく振りかぶった。

命中に大きくペナルティーを受ける代わりに爆発的威力を得られるスキル≪力撃≫を発動させたのだ。

生かしたまま目の前で己の女が犯される様を見せつけてやろうとしていたが、面倒になってとっとと殺す気になったのだ。


まともに喰らえば受けた斧ごと相手を両断する威力。

ただ通常ならば隙が大きすぎて容易くさけられてしまう攻撃。

だが…≪威伏≫を十全に使いこなせるウッケ・ハヴシにかかれば、それは不可避かつ絶死の一撃に変貌する。


…と、すぐ隣にいたエモニモが盾を構えながらラオクィクに近づき、素早く何かを振りかけた。

粉である。

先刻投擲したものとはまた異なる、その微量な粉を浴びた途端…ラオクィクはギギギ、とその身を動かしてウッケ・ハヴシの攻撃を避けんとした。


その動きは決して万全ではなく、むしろトロくさくすらあった。

けれどウッケ・ハヴシは≪力撃≫による一撃必殺を狙っていた。

相手が一切回避しない前提で攻撃していた彼は、その程度の動きですら攻撃を当てることができず、結果誰もいない地面に大斧を叩きつけることとなった。


飛び散る土砂。

上がる土煙。

あろうことか彼の一撃は地面に大きな陥没…クレーターを生み出した。

とてもではないが生物が喰らっていい威力ではない。


背後から飛んでくる鎖斧を斧で払いのけながら、大きく横に回り込むウッケ・ハヴシ。

それを機会に素早く集まるラオクィク、エモニモ、そしてゲルダ。


「助カッタ」

「お互い様です」

「いやー悪ィ、油断してたつもりはなかったんだけどねえ」


その息の合った動きに…ウッケ・ハヴシが吠える。


「テメェラ…一体何シヤガッタァ!」



大気を震わせる大喝…それを聞きながらラオクィクは無言のまま斧を構え直す。

…と、寡黙な彼の代わりにゲルダがニヤリと唇を曲げながら乱暴なオーク語で返した。





「そりゃオメエ…『対策』だよ。どんなことやってくっかあらかじめわかってんだから、対策打てンら打っとくのが当然だろ?」





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