第311話 代理決闘

「俺ガ…前族長ト…!?」


ラオクィクは少し青ざめた顔でそう聞き返した。

空耳か何かだと思ったのかもしれない。


「そうダ」


だがクラスクは彼の問いに深く頷いた。


「俺ハ向こうの親玉ヲ倒さなきゃならン。前の戦イデわかっテル。向こうの親玉逃げ勘ガイイ。他の奴にかまけテル暇ナイ」

「それは確かに。当時はあの襲撃の序盤でなぜ…と思ったがな」


キャスがクラスクの言葉に同意する。

彼女の戦力分析からすればあの時部下の黒エルフブレイどもと協力していればクラスクとキャスの二人を倒し切れるだけの実力はありそうに見えた。


だがそれでも相手は撤退したのだ。

おそらく村の篝火を起点にした攻撃魔術が防がれ、戦場の中心めがけて放ち敵味方を巻き込んで大量に焼き殺そうとした魔術もまた防がれた時点で見込みなしと判断したのだろう。


こちらの戦力を削ぐことより逃走することを選択した。

相当見切りの判断が早い相手と考えていいだろう。


「今回の作戦デハヴシ来ル事ダケ想定外。俺相手デキナイ。デモアイツを誰かが引き受けなイトイけナイ。キャスにはシャミル達と銀時計村に行っテもらウ予定。銀時計村重要拠点。兵の大半イなくなっテモ守備に強イ奴ガ残っテル可能性高イ。なら他に相手デキル奴、お前しかイナイ」


ラオクィクは雷にでも撃たれたかのようにその場で硬直し、目を見開いたままクラスクの言葉を聞いている。


「タダシ、ダ。倒せナイなら倒せナイ言エ。俺お前にアイツを引き受けテ欲しイ。デモ死ネ言うつもりナイ。アイツを引き受けテト言っテル。他に助けがイルなら付けル。必要ながあルならかけル。それデモ無理なら無理ト言エ」

「…………………!!」


クラスクの言葉を飲み込むように、ラオクィクは大きく深呼吸する。

信頼されている。

自分にならできると思われている。

ならばそれに応えるのがとしての務めというものだろう。


「…ワカッタ。引き受けル」

「ソウカ」


会議に参加していた面々が小さくどよめき、クラスクとラオクィクが互いに視線を交わし、深く頷き合う。


「タダアイツト一対一デ戦ウニハ俺ハマダ少シ貫目不足ダ。幾ツカ条件ガアル」

「わかっタ。聞こウ」

「タダソノ前ニ確認ダ。向コウハオ前ト会エバ『頂上決闘ニクリックス・ファイク』ヲ仕掛ケテクルゾ。オ前ガ族長デアル以上ソレハ断レナイダロウ?」

「決闘ハ断らン」


ラオクィクの問いに、クラスクはあっさりそう返した。


「タダしお前に『代理決闘ブクェクシ・ファイク』を任せル形にスル。これならアイツもお前を確実に狙うはずダ」


クラスクの発言に、ラオクィクとワッフ、そしてリーパグが同時に噴き出した。


「ふぇ?!」

「なんじゃなんじゃ」

「おー…ワッフー、面白いこと…?」

「イヤサフィナ、面白イトイウカナントイウダカ…」


妻の問いにワッフが言い淀む。


「『ファイク』ってなあアレだろ? オーク語で『決闘』?」

「ソウ」


ゲルダが亭主であるラオクィクに問いかけ、彼がそのまま肯定する。


「『ブクェクシ』は『代わりの』とか『代理の』って意味ですね。だから共通語で言うなら…『代理決闘』?」


ミエの言葉にゲルダが眉を潜めた。


「…そりゃ要するにクラスクさんの代わりにがあの野郎と戦うってことだよな?」

「そうダ」

「そういう制度? っつーか…決まり? みたいなのがオーク族に昔っからあるってことだよな?」

「そうダ」

「なんか噴くようなとこあるか?」


己の問いに静かに答えるクラスクに素朴な疑問をぶつけるゲルダ。


「…『代理決闘ブクェクシ・ファイク』ハ族長ニ対スル挑戦ガ多スギタ時ノタメノ決マリダ。全員相手ニシテタラ族長ノ仕事ガ回ランシ、挑戦サレ続ケレバ疲レモ溜マル」

「ふむふむ」


いつも寡黙なラオクィクが珍しく饒舌に語り、ゲルダは亭主の言葉にふむふむと頷く。


「あの…もう少しゆっくりお願いします」

「後で教えてやっから。で?」


ラオクィクの言葉はオーク語で、ここにいる全員がほぼほぼ問題なく聞き取れたけれど、エモニモだけは別である。

彼女はこの村に来てまだ日が浅いからだ。

そんな彼女にゲルダが声をかけ、亭主に続きを促す。


「ソウイウ時族長ハ代理ノオークヲ立テ自分ノ代ワリニ挑戦者タチヲ選別スル役目ヲ与エル。コレガ『代理決闘ブクェクシ・ファイク』ダ」

「なるほど…?」


ミエとゲルダが口では納得しながらも互いに目を合わせ、首を傾げる。


確かにラオクィクの説明は筋が通っている。

オーク族の習俗と考えても特段問題ない。


問題はないのだが…それゆえになぜ先刻村のオーク達が噴き出したのかがわからない。


「『代理決闘ブクェクシ・ファイク』ツーテモナー、別ニ本気デ殺シ合ウワケジャネエンダ」


と、そこにリーパグが横から口を挟んだ。

なにやら得意げで、それでいて妙に愉快げである。


「本気でないというのはどういうことじゃ」

「族長ニ挑戦デキル腕前ガアリャア『代理人』ハチョット撃チ合ッタダケデ決闘ヲ止メ、ソノママソイツヲ族長ノトコニ案内スルンダ。タダ挑戦デキルダケノ腕ガネエトナリャア多少本気デブン殴ッテ追イ返ス。ダカラ代理ッテ言ッテルガ要ハダヨ。族長ニ挑戦デキル奴ダケヲ選別スンノガ仕事サ」

「「「あ………!」」」


リーパグの言葉にミエが、そして初期からこの村にいるゲルダとシャミル、それにサフィナがすぐにピンときた。


「そいつはつまり…アレか。あの野郎がうちのクラスクさんに挑戦する価値があるかどうか見定めてやろうって言ってンのと同じって事か!」

「そうなるの…要は『代理決闘ブクェクシ・ファイク』を宣言することで挑戦者であるあやつがと疑いをかけておるわけじゃな?」

「それは…」


ミエはあの前族長の憤怒と激昂に満ちた顔をありありと思い浮かべた。


「それは…怒るでしょうねえ」

「怒るじゃろうなあ」

「あたしはキレると思う」

「おー、おかんむり」


おそらく彼…前族長ウッケ・ハヴシは自分を倒したクラスクしか目に入っていないはずだ。

ラオクィクなどクラスクの取り巻きの有象無象程度にしか思っていないだろう。


そんな相手からお前は未熟者かもしれぬ、雑魚かもしれぬと疑いをかけられれば間違いなく怒り心頭になること請け合いだろう。

最大限に効果的な侮蔑や挑発として作用するはずだ。


「…ワカッタ。ソレデ行ク」

「行けルカ」

「行ク」


ラオクィクはそう宣言した後…改めてクラスクの方へと向いた。


「タダ、他ニモ幾ツカ条件がガアル」



×        ×        ×



「ソイツヲ逃ガスナ! 足止メシテロ!」

「ハッ!」


配下のオーク共が逃げるクラスクを追う。

ウッケ・ハヴシも無論彼ら如きでクラスクが止められるとは思っていない。

だが足止めくらいにはなるだろう。

その間に目の前の生意気な挑発をしてきた雑魚を撫で殺しすぐに後を追えば間に合うはずだ。


「デ、誰ガ誰ヲ見定メルッテェ?」


ぬたり、と不気味に笑いクラスクではないのっぽのオークを睨めつける。


「俺ガ、オ前ガクラスクノ相手ニナル奴カ見テヤルッテ言ッテルンダ」

「ホザクナ雑魚ガ!」


うわん、という音と共に斧が斜め上から振り下ろされる。

まともに喰らえば必死の一撃。


一瞬で最高速に達するその斧撃にラオクィクの反応が一瞬遅れた。


「ッ!?」


突然、闇の中からウッケ・ハヴシ目がけて何かが飛来してくる。


斧だ。


手斧などではない。

明らかに戦斧に近い大きさの刃渡りの斧が闇の中からされていた。


侮れぬ速度と威力に彼は素早く飛び退り、結果ラオクィクへの一撃はギリギリで外れた。


「アンダァ…?」


ウッケ・ハヴシは己の近くに落ちているに眉を潜めた。


斧である。

斧頭部分は間違いなく斧である。

刃渡りは戦斧バトルアクスほどの大きさがある。


…が、それ以外がいささかおかしい。


まず柄が短い。

短いというかほとんどない。

さらに斧刃の上と下に柄が付いている。

手斧のような短い柄が上にも下にも伸びている刃渡りだけは戦斧、というなんとも奇妙な武器なのだ。


そしてその斧から鎖が伸びている。

じゃらじゃらと鎖が伸びている。

そして彼が見ている前でその奇妙な斧が強く引かれ、宙に浮きながら高速で闇の中へと吸い込まれていった。


「テメェハ…?」


闇の中とは言うけれど、オーク族には≪暗視≫があるため闇夜でも問題なく見通すことができる。

その彼の視線の向こう…藪の中から、己の元へと引き戻した斧刃を掴んだ巨体の娘が姿を現した。


「オイオイ…先におっぱじめるなよ。あたしが殴るチャンスが減っちまうじゃないか」

「…何を言っているのかよくわかりませんが、皮肉を言っているのはわかります」


そしてその横から人間族の小柄な娘も。

そう、ラオクィクの妻女であるゲルダとエモニモである。


ゲルダは先程の鎖の付いた斧刃を右手に持っている。

延びた鎖の逆の先端には棘付きの鉄球が付いていた。


白兵武器としても投擲武器としても用いることのできる斧刃と、投擲用の鉄球、そしてそれらを繋ぐ長い鎖…差し詰め鎖斧チェインアクスとでもいうべきだろうか。

守りよりも攻撃に傾斜した装備と言えるだろう。


一方のエモニモはその身体が隠れかねないほど大き目な大盾と銀に輝く長剣、そして金属板を縫い付けた鎖鎧チェインメイルを纏っている。

こちらは防御力を重視した装備となっている。


「女ダァ…?」

「おう女がどうした。そちらさんも取り巻きがいるんだし、検分側が複数いちゃいけねえってルールはなかったはずだぜ?」

「もう少しゆっくりお願いします。よく聞き取れないので」


明らかに臨戦態勢の二人を見て、ウッケ・ハヴシは軽く吹き出した。


「ハハハ! ハハハハハハハハハハハ!! 女! 女ノ手ヲ借リルノカ! オ前ハ!!!」

「拒否スルカ?」

「…イヤァ?」


舐め回すような視線をゲルダとエモニモに向け、舌なめずりをする。


「殺ス前ニ聞イテオク。ソイツラハオ前ノナンダ?」

「嫁…俺ノ女ダ」

「ナルホド! ソリャアイイ! ジャアオ前ハ殺サズニ手足ヲ落トシテ地面ニ転ガシテ、テメエノ女ガ俺ノ上デ喘グ姿ヲ見セテヤル! ハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」


その言葉を聞いてラオクィクの斧を握る手にびしりと青筋が走り、ゲルダの目が座った。


「なに。なんですか。何かよからぬ視線と態度を感じますが。彼はなんと?」

「…知らねえほうがいい」

「かえって気になるじゃないですか!?」


オーク語を勉強中のエモニモだけがウッケ・ハヴシの言っていることがよく聞き取れていない。

一方でゲルダにはオーク達を使う仕事に就いているのと用いられているのが悪口雑言ばかりなのでほぼほぼ通じているようだ。




「少シ楽ミガ増エタ…ジャアトットト終ワラセヨウカ!」





ウッケ・ハヴシの大斧が…ラオクィクの胴を薙ぎ払わんと振るわれた。





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