第271話 ネッカの魔術講座

「魔導術についての質問でふか?」

「はい。えっとですね…」


どういう風に聞いたらいいのだろう。

ミエは少し頭を悩ませて、自分自身に言い聞かせるように話し始めた。


「えっと…魔法って使う前にこう…呪文? を唱えるじゃないですか」

「詠唱でふね。はい、常にそうというわけでもないでふが、大概は」

「あーあれっていつでも唱えるわけじゃないんですか」

「はいでふ」


ミエの言葉にネッカが頷きさっそく脱線する。


「呪文詠唱…≪音声要素≫って言うんでふが、をすること自体がその術にとって不利益なもの…例えば見つからずに唱えたいとか、目の前の相手に気づかれずに唱えたい、みたいな呪文の場合、最初から音声要素がない場合がありまふ」

「へえ!」

「あとは呪文の詠唱自体を省略する特殊な訓練を積んでる術師もいまふ。例えば≪動作要素≫…身振り手振りを省略できる術師や、≪音声要素≫…呪文の詠唱を省略できる術師、とかでふね」

「へぇ! へぇー! 面白いですね、それ!」

「まあ私はできないんでふが」


スキル≪詠唱補正≫は呪文の構成要素…≪動作要素≫≪音声要素≫≪触媒要素≫などの一部または複数を省略し、最終的にすべての要素を省略することで一瞬で呪文を発動できる≪詠唱補正(高速化)≫…いわゆる詠唱破棄へと到達するスキルである。

非常に有用かつ強力なスキルだが、術師には他に多くの特殊スキルの選択肢があり、全ての術師がそれを修得しているわけではない。

例えばネッカはスキル≪魔具作成≫系統に進んだため、スキル≪詠唱補正≫の修得を諦めている。


「ええと話を戻しますね。で…呪文って色んな種類があるじゃないですか」

「はいでふ」

「それでなんていうか呪文を唱えるってのはそれぞれの効果を発現? させるためのもので、効果が違えば詠唱も異なる…みたいなものだと認識してるんですが」

「はいでふ」

「なんですが……ネッカさんが唱える呪文って、なんか聞いてると違う効果なのに同じような詠唱が多くないかなって思って」


ミエの言葉にネッカの目が大きく見開かれ、ぎょろ、と彼女を凝視する。


「ふぇ!? な、なんですかその反応!?」

「それ、自分で気づかれたんでふか?」

「は、はい……最初はその、魔力を探したり鉱脈を探したりで似たような効能の呪文だから似たような詠唱なのかなーと思ってたんですが、でも確か指で石を加工して石材にした時も同じよう詠唱を聞いたような気がしてあれ? 別に系統縛りでもないのかなってなって…」

「〈修繕イスヴァヴァーヴォ〉の呪文でふね! はい! その通りでふ!」


興奮したネッカがミエの手を取りぶんぶんと振る。

その勢いに乳を吸っていたミックとピリックが驚いて泣き出し、二人は慌てて赤子をあやし事なきを得た。


「ミエ様は素晴らしいでふ! 魔導術の才能がありまふ!」


娘達を落ち着かせた後、彼女らを興奮させぬよう少し小声でネッカが熱く語る。

なお息子の方は未だに泥遊びに夢中のようだ。


「才能があるかどうかはともかく…どういう理屈なんでしょうか」

「ええっと……」


はてどうやって答えたものかとネッカはしばし思案する。


「少し長くなっても大丈夫でふか?」

「はい! ネッカさんさえよろしければ!」

「では…」


ネッカは小さく咳ばらいをするとミエに講義を始めた。


「ええっとでふね。まずこの世界の魔術には大別して三種類ある、と言ったのを覚えてまふか」

「確か…秘紋魔術、共感魔術、信仰魔術の三種類あって、それぞれを一般的に魔導術、精霊魔術、神聖魔術と呼ぶ…でしたっけ」

「そうでふ。ただ…魔導師に言わせればこの三つはどれも『主体』が異なるだけで同じものなんでふ」

「『主体』…? あと同じってどういうことです?」

「こう…普通のやり方ではできないことを魔術方程式を組むことによって実現させる、という点について、この三者は全て共通していまふ」

「はあ…つまり『魔法』ってことですよね?」

「はいでふ。で『主体』って言うのはつまりその、という話でふ」

「うん……?」


途中まではするっと理解できたミエがそこで一度引っかかり、首を捻る。


「神聖魔術において、方程式を組むのはでふ。この世界そのものを構成している神様でふから当然通常の物理法則を無視したような効果も方程式として組むことができまふ。で聖職者達はそれをして自分を起点に発動させるわけでふ」

「あー…ハイハイハイ」


ミエの頭の中で神様が電波を放って聖職者がラジオのようにそれを受信する構図が浮かんだ。


「でも聖職者は神様が組んだ使、を選択しなければならないでふ。彼らが唱える呪文詠唱とはつまり神様が組んだたくさんの方程式の中から自分が使いたいものを呼び出す…こう付箋みたいなもの、と考えればいいでふ」

「ああ、索引アムウォックス的な…?」

「はいでふ! まさに魔術索引ネクガー・アムウォックスと言いまふ! ミエ様は呑み込みが早いでふね!」

「いえその、たまたま似たような概念を知っていただけで…」


瞳をキラキラさせながら尊敬の目で見つめるネッカに困惑しながら頭を下げるミエ。


「一方精霊魔術は精霊の助けを借りる魔術でふ。精霊はこの世界のエネルギー法則そのものでふので、要は彼ら自体が魔術方程式であると言えまふ」

「つまり精霊魔術の『主体』は精霊さん…?」

「そうでふ! 精霊使いは精霊にお願いや命令をして精霊たちに動いてもらいまふ。なので『あの木を燃やして』とお願いすれば燃やすのは主体である精霊の仕事でふ」

「なるほどー…」


感心したようにミエが頷く。


「で、でふね。魔導術の場合その『主体』は術師本人になりまふ。誰の手も借りずに、自分自身で世界の法則を方程式にして組み上げるわけでふ」

「おおー…カッコいいですね!」


ミエの言葉に少し照れながら頭を掻くネッカ。


「その場で式を考えていては時間がいくらあっても足りないでふから、魔導師は既に誰かが構築済みの式を自分の魔導書に書き写すか、或いは工房に籠って自分なりの方程式を研究し編み出して魔導書に書き記し、それを毎回読んで覚える必要がありまふ」

「ああー! ネッカさんが持ってる御本ってそういうものなんですか!」


ミエは気絶したネッカが村に運び込まれたとき、大事そうに抱えていた本の正体をようやく知った。


「はいでふ。魔導術の最大のメリットがその呪文の種類の多さでふ。神聖魔術は神様があらかじめ組んだ呪文しか利用できないでふ。精霊魔術は精霊ができること…それもそれぞれの属性の精霊に向いたことしかさせられないでふが、魔導術なら解を見つけさえすれば理論上どんなことでも実現できまふ! …理想論では、でふが」

「すごいじゃないですか! でも理想論って?」

「…多くの魔導師が取り組んでも千年単位で解が見つけられないものもあったりしまふし、理論上それが起きるはず、という呪文があっても魔力が足りずに発動できなかったりもしまふ」

「あー…なんでもかんでも、ってわけじゃないんですね」

「はいでふ」


こくんと頷くネッカ。


「ただ…魔導術には一つ問題があってでふね…」

「問題?」

「はいでふ。例えば藁に着火する呪文を唱えようとした場合、どの位置に、どのくらいの高さで、どの角度で、どれくらいの火力で、どういう風に…みたいなのを神様でもなく、精霊でもなく、全部、ぜーんぶ自分で式を構築し、さらに読み上げなければならないでふ」

「それって…けっこう大変なんです?」

「はいでふ。普通に神様とかが組んだのとまったく同じ方程式を人型生物フェインミューブが組み上げた場合…そうでふね、今みたいな藁に着火する単純な呪文を読み上げるだけで数時間かかると思いまふ」

「そん

 なに」


だが神や精霊が為す奇跡を人が発現しようというのである。

確かにそれくらいの手間はかかるのかもしれない。


「困りましたね」

「困りましたでふ。なので昔の魔導師は…その長いながーい魔術方程式をぎゅぎゅぎゅーって魔術的に固めて、小さくして、たった一言二言で言い表せるような単語に縮めてしまったんでふ」



そしてネッカが…魔導術の礎となったその概念を告げた。






「そのたった一言に膨大な魔術方程式が込められた文字の塊を…と呼びまふ。魔導師の使う呪文のことを『秘紋魔術』と呼ぶのは……即ちその秘紋を操る術師だからなんでふ」






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