第254話 覚悟とリスク

「かみ」

「さま」


ミエとシャミルがお互い顔を見合わせ、その後目を大きく見開いてネッカの方を見つめた。

一方のクラスクは腕を組んで首を傾げている。


「神様ッテ言うト…なんダ。空の上にいる連中の事カ」

「厳密には遠く離れた次元界でふが、まあおおむねその認識でいいでふ」

「っていうか神様!? 神様のお話を聞けるんですか!?」


想像していた情報収集法の三段階くらい斜め上の答えを提示され一瞬混乱するミエ。

なにせこれまでこういう世界なんだしそういう存在もどこかにいるんだろう…的なあいまいな認識だったのに、突然目の前でそこに直接アクセスする手段をお出しされたのである。

動転するのも当然と言えよう。


「その手の呪文は聖職者の仕事だと思っておったがのう」

「聖職者さんは聞けるんですか!?」


一方のシャミルはミエとは違う視点で驚いており、そちらの情報はそちらでミエには驚愕の事実であった。


「神聖呪文の〈交神オーマニグ〉でふね。あちらは聖職者が自分の信仰する神にお伺いを立てる呪文で、正直そちらの方が確実性は高いと思いまふ」


杖を己の横に置き、深く息を吐きながら、ネッカが質問に丁寧に答えてゆく。


「魔導師はそういうことはできないので…高位存在のいる次元界にアクセスして彼らと連絡を取って話を聞きまふ。理論上ではこの呪文で邪神や魔王にも話を聞くことが可能でふ」

「魔王って…確か魔族の王様ですよね?! すごくないですか?!」

「スゴイな! お前スゴイナ!?」


興奮するクラスク。

この前会ったあの化け物が魔族。

その親玉が魔王。

つまりそれに会えるネッカスゴイ!という認識のようだが、まあそう間違った認識でもない。


「なんと…知識を得るためにそのような手法があるとは…!」


知識の深淵へと迫る未知の手段を聞かされ瞳を輝かせるシャミル。

けれどネッカは彼らの期待を否定するように首を振った。


「でもこの呪文には幾つものリスクとがあるでふ。まず相手。質問したい相手の居場所がわかってないと質問自体ができないでふ。例えばさっきの魔王でふが、私は彼が潜んでいるを知らないでふ。なのでこの呪文自体には魔王と交信する機能が備わっていまふが、私自身は魔王に連絡を取ることができないでふ。そういう相手に質問するならまず相手の住処を調べるための探索や別の占術が必要になったりしまふね」

「そうカ…それハ残念」

「なるほど…住所がわからないとまず訪問自体できませんものね」

「でふ」


ミエの言葉にこくりと頷くネッカ。


「仮に場所がわかっても今度はお互いのが問題になるでふ」

「スケールの…差?」

「はいでふ。向こうは高位存在なので人型生物フェインミューブなんかは些少な存在に見えるんでふ。人間で言えば蟻に話しかけられたようなものでふね。皆さまは蟻に突然ため口で話しかけられたらどうしまふか?」

「なるべく目線を合わせてお話を聞きます」

「あの構造でどうやって人語を話すのか興味があるゆえ捕らえて情報を聞き出しつつ解剖かのう」

「踏み潰ス」

「ちょ、二人ともー?!」


三者三様の答えが返り、ミエが思わず二人にツッコミを入れた。


「どの反応もあり得ると思いまふ。興味を持たれて高次元界へと連れ去られたり、逆に不遜であると雷に打たれたりとか呪われたりとか、それらがこの呪文を使う以上覚悟しておくべきリスクでふ」

「そんな…!」

「他にもまだ問題がありまふ。この呪文で話を伺う相手は高次存在でふ。こちらから相手にことはできないんでふ。簡単に言えば向こうは嘘をつくかもしれないでふし、真実を知っていても教えてくれないかもしれないでふし、自分に都合のいいように捻じ曲げて伝えてくる可能性がありまふ」

「それは…」

「なるほどの。向こうにも向こうの都合があるじゃろうしな」


ネッカが試みようとしているのは『真実を知る呪文』ではない。高位の存在に『質問ができる呪文』である。

帰ってくるのが常に真実であるとは限らないのだ。


「それらを全部クリアして、向こうが真面目に答えてくれたとしても…まだ問題がありまふ」

「ちゃんと答えてくれてもですか?!」

「はいでふ。さっき言ったの問題でふ。人型生物フェインミューブの思考や概念が蟻には理解できないように、神が仮に真実を語っていたとしても、その言い回しが理解できなかったり、聞き手が誤解したりすることがありまふ。逆に100%理解できてしまったがゆえに人型生物フェインミューブの脳の許容量を超えてしまって記憶を失ったり正気を失ったりすることもありまふ。真実を求めて異界の神と交信する、というのはでふ」

「……………!」


真実に辿り着くのはいつだって大変なことだ。

それはミエだって重々承知している。

けれどそのために踏まなければならぬリスクとして他人に背負わせるには、それはあまりにも厳しくはないだろうか。


「旦那様、精度の割に失敗の可能性も高いみたいですし、何か別の…」

「わかる可能性もあルんダナ」


とんとん、と腕を組んだまま人差し指で己の上腕を叩きながらクラスクが問う。


「はいでふ」

「お前はドうすべきダト思う」

「……………………」


暫し沈黙したネッカは、けれど床に坐したままクラスクの方へと真剣なまなざしを向ける。


「私は私にできることを提示するだけでふ。それがこの村に必要で、クラ様が望まれるのでしたら、全力で応えまふ」

「……やっテくれ」

「旦那様!?」


ミエはクラスクに詰め寄ろうとするが、その顔を見て二の句が継ぐことができなくなった。





夫の表情は真剣そのもので、村の危機も彼女に襲うリスクも全て理解し、覚悟した表情だったからだ。




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