第244話 邂逅
それから数日…
キャスの武器が完成するというその日、クラスクはその出来栄えを確認しに森村へと戻る前、外のクラスク村を見て回っていた。
「あ、村長様!」
「おはようございます村長様!」
「アア、おはよう」
すれ違いながら口々に挨拶してくる村人たちに片手を上げて応えつつ、クラスクは村の市場へと向かう。
クラスクは歩くながらとんとんとんと軽く腰を叩く。
昨晩ミエとキャスを相手にした疲労が少しだけ残っていたようだ。
まあ今朝しばらくベッドから起き上がれなかった上に朝食の準備にすら苦戦していたミエとキャスの方がずっと重傷だろうけれど、それでも彼に爪痕くらいは残せたようだ。
まあ実際クラスクの背には今も彼女らの爪の跡がしっかりと残っているのだけれど。
彼はここに来る前に村の西門の方を軽く見て回っていた。
ネッカのお陰で以前に比べればはるかに石組みが出来上がっていたけれど、問題はその進捗である。
…国から徴税吏が来る。
おそらくそう遠くない内に到着し、国に税…すなわち麦を納めろと言ってくるはずだ。
これまではシャミルがアーリと協力して法知識などを駆使し、可能な限りこの国の法に触れぬ形で村を運営してきた。
王宮内には様々な派閥や意見が存在しており、この村が国に対し決定的な決別を宣言しない限り、早急に攻め滅ぼすことに難色を示す層が必ず出てくるはずだ、という彼女らの目論見あってのことである。
クラスクはオーク族の味方をする人間族など外にいるはずがないと思っていたけれど、この半年間村が持ち堪えられたのは…アーリの言っていた北の防衛都市だかの問題があったにせよ…そうした処々の対策のお陰だと今は認識していた。
だがそれも近いうちに途切れる。
徴税吏が来て納税しない、というのはその国の領土としてはあり得ないことであり、明確な叛逆である。
国が軍を動かす十分な理由となるのだ。
そうなれば戦争は避けられない。
そして…彼らが最速で軍を動かした場合、おそらく村を囲う城壁は間に合わない。
それでも戦をしなければならないなら、今のペースの石積みでなんとか作れるであろう小さな砦を村の横に作って立て籠もるしかない。
当然村人は全員収容できないから、森村の方に潜んでもらうしかない。
だが森のクラスク村とこの村の間には今やすっかり街道が整備されている。
入口付近をリーパグに命じて隠しるけれど、彼らがその気ならおそらく遠からず発見されてしまうことだろう。
もし村人を守り切れなかったら…それは自分の責任だ。
クラスクは頭を掻いて眉根を寄せるが、それでいいアイデアが出てくるわけではない。
或いはもう一つの選択肢として大人しく税を払う、と言う手もある。
今までこの国の法を犯すようなことはしてこなかった。
ゆえに税を納めて大人しくしていれば向こう側にはこちらを糾弾する理由がなくなる。
この村は想像より遥かに早く人間の王国に組み込まれることになるだろう。
…が、その選択はダメだ。
クラスクの直観がその結論を否定した。
ここで彼らの言い分を飲めば、今後も彼らの言い分を聞き続けなければならないだろう。
それに逆らえば、彼らはこの村から多くの物を奪い取り上げるだろう。
国の連中はもしやしたらそこでこの村の農業や商売のやり方に価値を見出すかもしれない。
だがそこにはオーク族は含まれていない。
きっとこの村のノウハウだけ吸収して、オーク族は危険種族として切り捨てられ、討伐されるだろう。
それでは駄目なのだ。
最終的に連中の手を取るのはいい。
だが少なくともこちらから強気な態度に出られるだけの状態にもっていってからでないと連中に足元をも見られる。
クラスクはこの国が抱いている政治の本質をオーク流の戦いに見立ててそう解釈した。
そしてその感覚はおそらくそう間違っていない。
この村が今日まで放置されてきたのはこんな村にかまけるより重視すべきことが他にあったり、或いはこの村の在り方や方式に興味を持っている連中がいたからだけれど、彼らの視界にはいずれもオーク族は含まれていないのだ。
ゆえに少なくともクラスクは彼らの興味をこの村の素晴らしさではなく、オーク族に向けさせる必要がある。
(そのために必要な事ハ…勝つ事ダ)
王国軍に攻められてもそれに抗し得る軍事力を示す。
無論ただの一小村が国と戦争できるはずもないが、北方の魔族相手への注意を怠れぬ彼らはこちらに全力を割けぬはず。
それならば彼らの糧食が尽きるまでの間徹底抗戦することは可能なはずだ。
…ただし、それまで砦が造れれば、だが。
(やはり砦が出来上がらん事には…ウウム)
石材さえあれば素早く石を運ぶ算段が彼にはあった。
けれど肝心の石材の生産速度が圧倒的に足りていない。
切り出しと加工をネッカ一人が担当しているのだから当然と言えば当然なのだが。
(そう言えばゴブリン共もいつ来るノカ……)
村の兵士となった元騎士の面々による騎馬での訓練や村の周囲の巡回。
オーク騎兵隊の見回り。
そしてオーク護衛隊の連中による隊商の警護。
彼らからの報告を重ね合わせても今村の周囲を嗅ぎまわっている連中はいない。
油断はできないがすぐに村を襲う気はないようだ。
ただいずれにせよ対策をしなければならない。
そしてこちらに対抗するにも結局は村の防備を高めるしかないのだ。
…さてクラスクがそんな風に沈思に耽りながら歩いていると、いつの間にやら村の市場に到着していた。
軒を連ねた商店の前で活気ある客とのやり取りが繰り広げられている。
クラスクは、この喧騒がが好きだった。
なんとなくみんなが暮らしている、生きている、と感じがするからだ。
ざっと市場を見渡した彼は、懐から折り畳んでいた何かを取り出し指先で広げる。
どうやら帽子のようだ。
形状からするとベレー帽に近い。
服飾職人エッゴティラに腕試しにと作ってもらったものだ。
帽子は彼女の専門ではなかったが、見事に形にしてくれた。
それを頭にかぶり、肉串の屋台に顔を出す。
「……へいらっしゃい!」
「それ一本クレ」
「毎度!」
肉串を買ったクラスクは、立ち食いもなんだからと近くの椅子に腰かける。
テーブルには既に二人の先客がいたが、軽く頭を下げると丁寧に頷き返してきた。
先に座っていたのは両方とも男性である。
正面から見て右の男は中年で髭面で小太りの男で、やや世慣れた感がある。
一方正面から見て左側はまだ少年のようなあどけなさの残る顔立ちの青年で、こちらを見つめながら無邪気そうに笑っていた。
クラスクにとってはどちらも初対面だ。
行商か旅の者だろうか。
「見ない顔ダナ」
無遠慮に話しかけながら肉串を頬張るクラスク。
中年男が軽く頷いて皿の上の肉料理をフォークで突き刺した。
もう一方の青年はクラスクを同じ焼き肉の串焼きをつまんでいるようだ。
「半年前にそこのアーリンツ商会に商売の提携を申し込んだんだがすげなく断られてな。今日はそのリベンジに来た」
「ナルホド。それは楽しみダ。是非応援させてクレ」
「ありがとさんよ。験担ぎにあんたらのお代は俺にもたせてくれ」
二人の食べている肉串の分の銅貨を机の上に置いて、男が立ち上がる。
「そのかわり、俺の成功を祈ってくれると助かる」
「オークの神は邪神ダガ。それデモイイナラ」
「そういやそうだったな。じゃあ祈らんどいてくれ。神様に目でも付けられて邪魔されたら叶わん」
「わかっタ。お前名前ハ?」
「フレヴト。この先聞くようになる名前だから。覚えといてくれ」
「自信家ダナ。少なくとも俺ハ気に入っタ」
「ハハ。この村でオークに気に入られたのなら重畳だ。奢った甲斐があったというもんだ」
その中年の男は手を振って席を立ち、後にはクラスクと青年が残された。
「ええっと…村長さん」
「なんダ」
「幾つか伺ってもいいでしょうか?」
「俺に答えられル事ならナ」
青年はにこにこと笑いながら残った肉を全てついばみ、村をぐるっと見渡す。
「とても活気のある村ですけど…どうしてこんな村を作ろうと?」
「……色々あルガ、マア成り行きダナ」
「成り行き!」
青年は驚いたような口調でクラスクの言葉を鸚鵡返しに繰り返す。
無論この村は意図して作られたものだ。
その最大の目的はオーク族の女性問題の解決である。
他種族の女性を集めるための、そしてオーク以外の種族と融和するための拠点としてこの村は計画され、作られた。
…が、当初の計画にはオーク族以外の種族がすっぽりと抜けていた。
より正確に言えばオーク族の嫁となる女性以外のすべての他種族が、である。
その構成要素を、けれどクラスクは最初から組み込んでしまった。
ここに追い遣られ、そして見捨てられていた棄民達である。
それはクラスクにも、そしてミエにも全く予定外の、一切計画にない行為であり、決断であった。
なんでそんなことをしてしまったかと言えば…まあクラスクの言った通り
「成り行きでこんな村を作っちゃったんですか?!」
納得しがたいというか、いまいち理解できない風に青年が重ねて問いかける。
「後は…そうダナ。俺がそうすべきだと思っタからダ」
「へぇー……!」
真剣な呟きに、青年はどこか不思議そうな表情でクラスクを見つめた。
その言葉に含まれた…凄まじい意志の強さにどこか感心した風に。
ただ…一方でクラスクがその青年を見つめる瞳の奥には、どこか警戒した、剣呑な色が見え隠れしていた。
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