第226話 迷走

「ええっと…魔術だと何が不味いんでしょうか?」


ミエの素朴な疑問に、ネカターエルはベッドから足を床に降ろしながら答えた。


「魔術によって石像なんかを造ることはできるんでふ。でも魔導術は一度組んだ『術式』を組み替えるのはとても難しくって…いつも決まった形にしかならない石像なんてドワーフの石工が出せる仕事じゃないんでふ…!」

「量産品はそれはそれで需要あると思うんニャけども」

「ま、確かに魔導術を修めてまでやる仕事かと言われるとのう」


トホホと俯くネカターエルに慰めているのかとどめを刺しているのだかわからぬ言葉をかけるアーリとシャミル。


「えーっと、他に何か方法はなかったんです? こう自分で造形できる的な呪文とか」

「その…〈修繕イスヴァヴァーヴォ〉って呪文があって、石とかの表面を自由に加工したりすることはできるんでふが…それって結局のみで石を削るのと大差ないじゃないでふか。なので結局元が不器用な私では…」

「うう~~ん…魔法が使えればなんでもできるってわけでもないんですねえ」

「そうなんでふぅぅ…」


ミエの質問に答えながらますます落ち込むネカターエル。


「じゃがそれでも魔導術を修めて魔導師を名乗るならそれなりに魔術が使えるんじゃろ。家の役に立つのではないか?」

「それが…私ドワーフだからなのか土とか石とかの呪文と相性がよくって、そっち方面の呪文ばっかり覚えたんでふけど…手間暇駆けて穴を掘る呪文とか唱えても家族がピッケル片手に穴を掘る速度と大差なかったりしまふし、私が呪文で石細工造るより兄様達が手作業で造る細工の方が綺麗で出来もいいしだしで何の役にも立てなくって…」

「そりゃまあ本職の職人に任せとけってなるなあ」


ゲルダの言葉に俯いたネカターエルは、だがぐっと拳を握って顔を上げた。


「そうなんでふ! それならいっそ習い覚えた魔導術で何かお役に立てないかと冒険者になってでふね…!」

「変なとこで思い切りいいなお前!?」


だがその勢いはすぐにしぼんでしまった。

握られたこぶしは再び開かれてへにゃりと垂れ下がる。


「でも…その、覚えてる呪文が偏り過ぎてあんまり冒険者向きじゃないというかでふね…土とか石系統の呪文は攻撃向きじゃない呪文が多いでふし…一応ドワーフは鍛冶もできますから火の呪文とかは使えるんでふけど私の覚えてるのは射程が全然なくって…」

「…それで最後は行き倒れか」


キャスの言葉にこくんと頷く。


「そうなんでふ…冒険者仲間に見捨てられて、故郷にも戻れず、あと私燃費が悪いのかよく食べちゃうせいで路銀も尽きて、そのまま…」

「「「うわあ…」」」


一同が思わず呻き声を上げるほどにだいぶ酷い末路である。


「大変だったんですね…」


そっと彼女の手を取るミエ。


「こうして出会えたのもなにかの縁です。ネカターエルさんさえ宜しければ暫くこの村に御逗留くださいね?」

「そ、そんな! 助けてもらって食事を頂いただけで過分なのにその上居座るだなんてそんなことでででできないでふっ!」


あわあわと目を×印にして辞退するネカターエルの手を、だがミエは離さない。


「でも路銀はないんですよね?」

「あうっ!」

「故郷にも戻れないんですよね?」

「はうっ!」

「このまま村を出たら遠からずまた行き倒れですよね?」

「はうううううううううっ!」


ツッコミを受けながら半泣きで呻くネカターエルはぐうの音も出ない。

まあ燃費の悪さから遠からず腹はぐうと鳴るのだろうが。


「それならせめてこう…この村で少し路銀を稼いでからでも遅くはないのではないでしょうか」

「路銀を…でふか?」

「はい! ネカターエルさんが得意な事って言うと…」

「ええっと学院の学費を稼ぐために酒場の給仕とか荷運びとか鉱山の穴掘りとか家の解体とかあとは傭兵稼業とか…」

「魔法の方ですよう!?」


指折り数えるネカターエルにミエが何度目かのツッコミを放つ。


「色々やっとるなおぬし!?」

「おー…ようへい…ゲルダと一緒…?」

「傭兵つっても色々いっからなあ。術師の傭兵もいたし。アンタも術師としてかい?」

「あいえ当時は学院で学んでる最中だったもので…その、一応戦闘要員としてでふね…」

「あー、そういうことか」

「今の流れで納得できるんですー!?」


戦士として傭兵稼業を営んだというネカターエルとそれを当たり前のように頷くゲルダに、だがミエだけが納得できない。


「ま、魔法使いなんですよね…?!」

「あー、別に術師だろうが盗賊だろうが関係ねえよ。ドワーフ族ってのは小柄だけど力が強くてとにかく頑丈で、みんな戦士としての最低限の訓練を積んでるんだ。女だろうとな。傭兵部隊はだから参加希望者の種族がドワーフだってだけでそのまま合格にするようなとこもあるくらいだ」

「へえええええええええええ」


ミエが脳内へえボタンを連打しながら感心する。

ただ同時に少しだけ違和感を覚えた。


確かにドワーフはそうした種族なのかもしれない。

ネカターエルも戦闘訓練を受けているのかもしれない。


けれど…彼女の性格はどうなのだろう。

今の彼女の様子からは、とても積極的に傭兵稼業に身を投じるような娘には見えないのだけれど。


「と、とにかく今うちのむらは人材不足ですので! 行く当てがなかったらぜひぜひ! 留まってください!」


違和感を感じつつも優しく引き留める。

親切心からなのは勿論だが、打算がないでもない。

なにせこの村には魔導術の使い手はいないのだ。


「そ、そういうことでしたら…」


ミエに手をぎゅっと握られ、周囲の皆からうんうんと頷かれて…

押しに弱いネカターエルは、そのままついこくんと頷いた。




×        ×        ×




「…三人とも寝たみたいだな」

「はい…」


その日…

ネカターエルをとりあえず村の賓客を泊めるの宿泊所…旧族長の住処であり、最近までキャスの友人のギスが泊まっていた家…に案内し、会合は解散した。


現在この家にいるのはちょうどクラスク一家…寝入った子供達にミエとキャス、それと彼女らの夫クラスクだけである。


時は夜。

食事も終えそろそろ就寝といった時分だ。


「それにしてもミエは貪欲だな」

「ふぇっ!? そ、そんなに私欲深いですかね…?」

「欲深いのとは違うが…昼間のあのドワーフの娘…ネカターエルだったか…彼女をこの村に留まらせたいのだろう?」


キャスの言葉に正鵠を射られたのか、ミエは困ったように微笑む。


「あー…ええ、まあ、はい」

「だが…あの性格では…」


キャスは指揮官として視点から、そのネガティブさで味方の士気を害しかねない手合いはあまり歓迎したくないのである。

だが…ミエの視点はそれとは少し違っていた。


「私としては…うちの村が扱えるは少しでも増やしておきたいです」

「!!」


ミエの言葉にキャスは思わず目を瞠った。


「魔法については全然詳しくないですけど、神聖魔術も精霊魔術も魔導術も得意分野がそれぞれ違うんですよね? なら選択肢は一つでも増やしておきたいです」

「それは…確かに」


キャスも魔導術に関してあまり詳しくなかったが、精霊魔術に比べより体系的でできることが多いとは聞いている。

彼女の性格がどうあれ魔導学院を卒業したというのなら最低限の実力はあるのだろし、また種々の魔術に対する知識もあるはずだ。


それを村の為活用しようというのは実に理に適ってはいる。

なにせこの村は現在慢性的に人手不足かつ女性不足なのである。

有用な技能を持つ女性は喉から手が出るほど欲しいのだ。


「それはさておきキャスさん、いよいよですね!」


ぐっと両拳を握り締め、ミエが気合を入れる。

ただその顔が妙に赤い。


「そ、そうだな…」


同意するキャスもまた頬を赤く染めている。

そして互いに見つめ合った二人は…耳まで赤く染めて互いに視線を逸らした。



今日は…ミエとキャス二人でクラスクの相手をする初めての日なのである。



これまでにも二人が一緒に寝室に入ることはあったけれど、ミエが妊娠やら出産やら育児やらで大変だったこともあって彼女は主にに回っていたし、そうでない時は互いに多忙で片方しか夫の相手ができなかったりで、万全の状態でねやを共にするのはこれが初めてだったりするのだ。


「今まではいいようにやられてばっかりだったが、今日はミエ…あーミエ姉様と共に挑める。そうそう後れは取らんぞ」

「そうですそうです! 二人のチームワークで旦那様をぎゃふんと言わせてやりましょう!」

「ああ!」


ミエの≪応援≫のスキルが発動する。

嫁同士手を取り合って意気軒高となり、いざやゆかんと寝室の扉を開ける。

その向こうの暗がりには、今か今かと待ち受ける彼女たちの夫がいた。






そうして果敢に亭主に夜の勝負を挑んだ二人であったが…

二人の息の合った連携が却って夫の興奮を招き、かつてない惨敗(性的な意味で)を喫したのだった。




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