第225話 ドワーフ魔導士
「ま、魔導師…!?」
今まで幾度か話の端に聞いたことはある。
聞いたことはあるけれど、ミエはその当人に会ったのはこれが初めてであった。
「魔導師…ドワーフの…?!」
「隊長…やはり…」
「ああ…」
だがどうにも周囲の様子がおかしい。
「キャスさん、何か問題あるんですか?」
「ああ…その、なんだ。ドワーフ族は斧や槌を好み自らの肉体を信じ、そして手で触れられるもの…即ち物理物質を尊び魔術霊質を敬遠する傾向が強いのだ。ゆえに魔導術などはオーク族と同様『まじない』で片づけてしまうことも多い。無論それは彼らが自らの腕と意志で何でも成し遂げられる、という強固な信念あってのものだが…ともあれ、ドワーフ族の魔導師は非常に珍しい。私の人生でも初めてお目にかかる」
「私も隊長同様初めて目にしました」
キャスの説明にエモニモが頷き、その珍しさを補完する。
「あたしも傭兵時代色んな連中と付き合い合ったけど…ドワーフで魔導師っつーのは知らねえなあ」
「サフィナよくわからない」
「アーリも……あー、商売柄! 商売柄色々な職業の連中に会った事があるんニャけど、ドワーフの魔導師ってのはとんと聞いたことがないニャー」
「…ドワーフのまじない師、俺知らナイ。初めテ見タ」
「まあ…!」
感心したようにミエが目を丸くして…その後実に素朴な疑問を口にした。
「とっても珍しいことなんですねえ! …で、魔導師ってなんですか?」
がたがたがたん!
と全員でずっこける。
「そこからか! そこから説明せんとダメか!?」
「すすすすすいませぇ~ん! え、ええっと、あの、キャスさんやサフィナちゃんが使う魔術とは…違うんですよね…?」
深く嘆息したシャミルがネカターエルの方に視線を向ける。
「すまんのうこやつ記憶喪失でな。この手の事がよくわからんらしい。すまんが説明してやってくれんか」
「わふっ!? わ、私がでふか…?」
「一番適任だと思うが…どうじゃ」
「え、えーっとえっと、わ、わかりましたでふ…」
ベッドから上体を起こしたままでおずおず、とネカターエルが解説を始める。
「ええっと…魔術には大別して信仰魔術、共感魔術、そして秘紋魔術の三種があってでふね、それぞれ一般的には神聖魔術、精霊魔術、魔導術と呼ばれていまふ。まあ厳密には両者は完全に同一ではないのでふが、その、まあ大体同じものと思って頂ければ問題ないでふ。で、でふね…神聖魔術を使うのが聖職者、精霊魔術を使うのが精霊使い、そして魔導術を使うのが魔導師、といった分類になりまふ。以上です」
「なるほど~…その、それぞれの明確な違いとかってあるんですか?」
ミエの問いにこくん、と頷くネカターエル。
「はいでふ。神聖魔術は神様が世界に放っている力を受信して使う魔術でふ。その神様の権能…ええっとつまり得意分野でふね…に則った力を受け取るために感受性や信仰心が重要になりまふ」
「ふむふむ」
「精霊魔術はこの世界の大自然の力の循環…火や水、風、土、光や闇といったこの世界の力の流れそのものである精霊を友とし、或いは手懐け、使役するための魔術でふ。本人の性格や気質によって交渉しやすい/しにくい精霊がいたり、対象の精霊が多くいる場所ではより大きな魔術が使えたりしまふ。精霊と語るために交渉力と魅力が大切と言われてまふね」
「ほうほう」
先程までのたどたどしい様子とはだいぶ変わって、随分と流暢な語り口である。
「で…魔導術というのはこの世界の規則や法則を探求し解き明かして魔術的な方程式として組み上げたものでふ。方程式…わかりまふか?」
「めっちゃわかります」
「わかるんでふか!?」
その辺りはかつての世界の数学の授業で色々やっており、ミエはなんとなく彼女の言わんとすることが分かった気になってこくこくと頷いた。
「ええっと…それなら話が早いでふけど、要はそうして組んだ魔術方程式を魔術的に頭に焼きつけてでふね、いざ使う時に魔力を通して効果を励起してあげるんでふ。そうすると呪文の効果が発現するんでふけど…ええっと、わ、かりましたでふか?」
最後だけ若干どもり気味になりつつ説明を終える。
ミエはふんふんと頷きながらネカターエルの言葉を脳内で組み立てた。
「ええっとつまり…藁に『火が点く』っていう状況を魔術的に解明して同じ状態を式として組み上げて覚えておいて…その方程式? にこう魔力だかなんだかを通すと魔術的に『火が点く』っていう解が導かれて何もない所に火が点いちゃう、みたいな…?」
「そ、そうでふそうでふ! すごい! すごいでふ! ミエ様魔導師の才能ありまふでふ!」
「ホントですか!?」
他の魔術系統はミエにとっては『魔法だからこれくらいできても不思議じゃないかも』程度の認識に過ぎなかったけれど、この魔導術だけはミエにもよく理解できた。
大量生産できず個人個人の術師の力量による部分が大きいところと、電池やコンセントではなく術師の魔力を使う、という部分に違いはあるけれど、世界法則を解明して利用する、という意味では彼女の知る科学と似たところがあるからだ。
いわば魔導師とは数学者と科学者と発明家がセットになった個人研究科…のようなものだろうか。
「魔導術かー、興味ありますねー。あれ、でも方程式だなんだってことはもしかして割と勉強したりします…?」
「それはまあそうじゃろ。魔導師の目的はこの世界の全てを方程式として解き明かすことじゃからな。一人前の魔導師になるには魔導学院に行って幾年もみっちり勉強漬けじゃ。まあそも魔導師にとって生涯研究生活のようなものじゃろうが」
「へええええええええええ~~」
魔導術にはとても興味はあるけれど、流石に夫も三人の子供もいるのにそれを放って勉強三昧というわけにもゆくまい。
「して、なぜドワーフのお主が魔導師を目指すことになったのじゃ。なかなか数奇者に思えるが」
「は、はいでふ。あの、えっとでふね…」
たどたどしい口調で彼女が己の境遇を語る。
「私の家族は父も兄弟もみんな石工で…その、私も当然のように石工職人になるんだって思ってたんでふが…その、私あまり器用じゃなくってでふね、いっぱいいっぱい頑張っても兄弟みたいにできなくって…」
他の人の倍努力しても他の人ほどにできない。
不器用なだけでなく要領が悪い。
その上ドワーフ族は皆勤勉で、才能がある連中も皆一様に研鑽を惜しまないのである。
彼女はみるみると兄弟に置いてけぼりにされた。
「そんな時…人間族の街で見かけたんでふ。街で芸をしてる魔導師を! あれを見て私感動して…!」
「あー成程、それで魔法に憧れたみたいな?」
「それで思ったんでふ…手先が器用じゃなくっても魔導術使ったらもっと綺麗に石細工できるんじゃないかって!」
「そっち!?」
正確に言うと彼女が見たのは恐らく『魔導士』ではない。
魔導師は魔導学院で教える厳しい修行と座学の末に試験に合格して初めて授けられる称号であって、当然授業についていけなかったり試験に合格できずにドロップアウトする連中も少なからずいる。
そうした落伍者達達は習い覚えた初歩的な幻術や単純な目くらましなどの魔術を芸の足しにして日銭を稼いだりする事があるのだ。
彼女が見たのもおそらくこの類であろう。
だが…誤解だろうとなんだろうとともかく彼女は魔導に強い憧れを抱いた。
それだけは確かだった。
「幸い小さい頃から本…ええっと昔の物語とか英雄譚とかを読むのが好きだったでふから…その、なんとか入学試験には合格できましてでふね」
「ああ受験勉強必死に頑張って合格を祈って心臓が痛くなる気持ち…わかります」
「わかっていただけまふか!?」
「わかりますー!」
がっし、と手を握りあるミエとネカターエル。
首をひねるその他一同。
ただシャミルとアーリの二人は彼女が幼いころから書籍に慣れ親しんでいることについて僅かに目を細めた。
写本がメインのこの世界に於いて、本に慣れ親しんでいること自体がかなり珍しいことなのだ。
…それはそれとして胃ではなく心臓が痛むあたり当時のミエの病状が心配である。
「ただ…魔導学院って教材とか授業料とか色々お金がかかって、実家からの支援は期待できなかったでふから、授業料を滞納しては働いて賄ってを繰り返して…普通三年で卒業のところを十年くらいかけてやっと卒業してでふね」
「そん
なに」
「それで…なんとか卒業試験に合格して魔導師になれたんでふけど、その…」
「何か問題が?」
「魔導術で石細工を作っても、手で造るより綺麗にできなかったんでふ!!」
「「「でしょうね!」」」
ミエ以外の女性陣一同が…一斉にツッコミを入れた。
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