第221話 目指せ観光地

「では次の議題ー…ええっとクラスク村の観光地化について」

「お花畑…きれい…!」

「あ、コラ! 頭揺らすな! あぶねえだろ!」


サフィナがゲルダの上でふんすふんすを鼻息を荒くしてゲルダの頭を掴んで揺する。


「前にも話したが部外者を呼び込むと余計な犯罪の元となるぞ。現状この村は警護が甘すぎるわい」

「フム…私も無条件には賛同しかねるな。今のままでは倉庫の壁が薄すぎる。大槌でもあれば簡単に壊せるぞあれは」

「隊長の仰る通りだと思います。部外者をシャットアウトしているからこそ成立し得る状態かと」

「…ですよね?」

「がっくし」


シャミル、キャス、エモニモの三人に即否定され、無念そうに肩を落とすミエ。

そしてサフィナ。


「予算さえ計上すれば倉庫の改修すること自体はできると思うニャ。うちの村金だけはあるからニャー」

「本来であれば一番の懸念材料であるはずのものが真っ先に整っておるのは果たして幸なのか不幸なのか…わしにはようわからん」

「そこはわかっとくニャ。金でこの世の全ては買えニャイけど、大体のものは賄えるニャ。あるに越した事ないニャ」

「…流石に商人の口から言われると含蓄があるのう」

「ニュッフッフ~~~」


シャミルの言葉にによによと笑いながら胸を反らすアーリ。


「せっかく修繕するニャら倉庫だけじゃニャくてさっき言ってた家の外観の修繕と売店も欲しいニャ―。ミエは他に何か欲しいものあるニャ?」

「えーっと観光地ですよね? なら売店とー、リーフレットとー、観光ガイドとー、ホテルとー、あとは一部蜂蜜産業の見世物化とかですかねえ」

「ようもまあそれだけぽんぽんと出てくるのう。りーふれっと? とやらだけわからん」

「リーフレットっていうのは要はそこでどういうことをやってるのかの説明とか、村のおおざっぱな見取り図なんかが書いてあったりする紙切れのことですね。複数ページあって小冊子にするならパンフレットになりますけど。目を引くためにフルカラーだとなおいいです」

「まるほど。地元で配る宣伝用のチラシフロールのようなものか」

「あ、チラシはあるんですね…」


ミエの言葉を聞いてアーリが腕を組んで考え込む。


「ふーん…細かいところは詰める必要があるけどおおむね方向性はわかったニャ。あとは…」

「衛兵隊長の立場から二点ほど宜しいでしょうか」

「はい、なんでしょうかエモニモさん」


律義に挙手をするエモニモをミエが指名する。


「観光地化…なるものに関しては正直門外漢なのですが、こちらに部外者を呼び込むのなら警備兵を配置する必要があるかと。その…オーク達の多くは現在外村の方へ行っておりますので何か問題が起こった時物理的な解決手段が足りない気がします」

「なるほど…確かにそうかもです」

「あとはその…観光地と言うことであまり村の外観を変えられないのであれば、是非用意してほしいものがあります」

「用意してほしいもの…?」


村のメインのブレーンであるミエ・シャミル・アーリの三人がハテと首を捻る。


です。街道が引かれた今でも既に安全とは言い難いですが存在を公にすれば戦などが発生した際こちらの村が狙われる可能性がますます高くなります。一方でこの村は構造上防衛戦ができる造りになっておりません。森の中に隠れるなり、外村に早急に収容するなり、行動指針をまとめ住人に周知する必要があるかと」

「「「あー…!」」」


エモニモの言葉に皆が思わず声を上げる。


「完全に失念してました…」

「そうじゃな。すぐに避難法やルートなどを策定せんと…」


今までこの村が守られてきたのは森の奥にあり、直通の道が森の浸食によって消えてしまったという秘匿性にあった。

だが今や村にはまっすぐ街道が通っており、外のクラスク村と繋がっている。

一応こちらの村の入り口は街道からわかりにくい藪の先にあるため知らぬ者であれば見過ごすかもしれないが、注意深い者が探せばすぐに見つけられてしまうだろう。

その意味では現時点で既に十分危険なのだ。


この上さらにこの場所を喧伝すれば、その危険度はますます高まる。

その上『はちみつオークの』製造に関わる重要拠点なのだ。

最悪村に住む者達を製法ごと略奪しようなどという輩がやってこないとも限らないのである。


自分達の判断や決断が他人の命…いやこの村自体の存亡に直結しているのだと、ミエは改めて痛感し小さく息を吐いた。

そんなこと、とっくの昔に覚悟したはずだったのに。


「蜂蜜の製法を求めて人間族がオークの村を襲撃か…ありえん事態ではないがなんとも皮肉な話じゃな」

「おー、なんか燃える展開だな!」

「燃えないでくださいっ!」


ゲルダの率直な感想にミエが全力でツッコミを入れる。


「ま、避難マニュアルについては急いで作るとして、とりあえず建設的な議題はだいたい以上でしょうか。後は現状の問題点ですかね…」


この村を巡る諸問題…


即ちアルザス王国による討伐軍の危険性。

黒エルフブレイによる再度の襲撃の可能性。

それに伴う城壁遅延問題。


さらにはサフィナの深緑の巫女問題。

つい先刻発生した謎の暗殺者問題。


「エルフにバレたらまずいってことならサフィナちゃんの裏面接官はしばらくお休みさせます…?」

「えー…サフィナやりたい」

「そうじゃな…村に入れる前に相手の裏がわかる極大のメリットは捨て難い。隠れてやっておるならそう正体もバレんじゃろ」

「「ほ…っ」」


シャミルのお墨付きにミエとサフィナが胸を撫でおろす。

…と、そこにキャスが片手を挙げて発言の許可を求めた。


「私からもちょっといいだろうか」

「はいキャスさん! お願いします!」

「先刻の暗殺者…だろうか、あの危険人物は、おそらくだが王国もしくは黒エルフブレイの手によるものと考えていいと思う」

「そうなんですか!?」

「より正確に言えば、王国が首魁の場合国王派以外の何者かが雇った暗殺者である可能性が高い」


それまでずっと考え込んでいたキャスが例の危険人物に対する所見を述べる。

そして、そこに新たな議題を持ち出す者がいた。


「あー、そいや昼飯食いに村の市場に来てた農民…じゃなくて農作業してる連中? が開拓予定地に湿地帯があってどうすっかみてーな話してたな」

「湿地帯ですか? 珍しいですねえ」


ゲルダの言葉にミエが目をぱちくりさせる。

基本この辺りは川が少なく土地が比較的乾燥しており、井戸でも掘らないと水が確保できないはずである。


「わかりました。ならそれは後で様子を見に行って…って旦那様!?」

「クラスク殿!」



話し合いの最中、応接室の扉が開いてクラスクがのっそり入って来た。



「待タせタ…イヤもう大体終わっテルカ。遅れテ悪かっタ。後デ結果ダけ聞ク」

「ハイ! あ、少々お待ちくださいませ」


ミエが嬉しそうにいそいそとお茶を入れ、茶菓子をクラスクの前に置く。

クラスクはぼりぼりとそれを貪り茶で無造作に流し込んだ。



「…そうダ。俺にも議題ひトつあっタ」

「あら…オーク騎兵隊の戦果についてとかですか?」

「ほう、それは興味あるな」


瞳を光らせるキャス。

だがクラスクはかぶりを振ってそれを否定する。


「大しタ話じゃナイ。行き倒れがイタから拾っテキタ。今ベッドデ寝かせテル」


しばしの静寂…

そしてその後ミエの全力のツッコミが飛んだ。






「……大したことじゃないですかー!?」





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