第219話 幸運に包まれて

さてオーク騎兵隊の運用試験を行っていたクラスクは、その上々の成果に満足しながら愛馬うまそうキートク・フクィルに跨り草原を駆けていた。


以前ゴブリン達に襲撃された際にも騎馬を利用し、その有用性に着目したクラスクは、それを実用的な『部隊』として配備しようと試みた。


騎兵隊にするためにアーリに必要な分の馬や馬具や鎧などを調達させ、以前のようにミエやキャス、サフィナの助けを借りて馴致し、エモニモや元騎士である村の兵士達に命じてオーク達に馬の乗り方を教わらせたのだ。


実は騎兵自体は既に村に存在している。

なにせ村を守る衛兵の殆どはかつての翡翠騎士団第七騎士隊なのだ。

当然訓練も馬の世話も欠かしていないし、いざともなれば彼らは皆騎兵となって戦場を駆けることになるだろう。


なんなら村の商売人や農民…正確には農作業従事者だが…にすら元騎士がいるし、彼らもまた当然のように訓練を続けている。

村で迂闊に騒ぎを起こせばオーク達が駆け付けるまでもなくそこらの通行人に組み伏せられかねないのだ。


ただクラスクはそれとは別にオーク独自の騎兵隊が欲しかった

この辺りは効率というよりオークの戦に対する好奇心と貪欲さによるものだろう。


ちなみに現在の村の戦力はまずクラスクが大将としてその頂点に君臨し、その下に副将としてラオクィクが立ちオーク兵全体を指揮。

彼の下で妻のエモニモが衛兵隊長として村の衛兵達…元翡翠騎士団の騎士達を管轄している。

これは歩兵部隊を指揮するワッフや索敵・弓兵部隊を指揮するリーパグなどと同じ立場にあたる。


立場上ラオクィクはエモニモの上にいるが、彼女の配下の騎兵たちを直接指揮することはできない。

それゆえクラスクはオーク側で運用できるある程度まとまった騎兵部隊が欲しかったわけだ。


なおこの組織図にはキャスがいないが、彼女は現在参謀兼軍事顧問かつ親衛隊長としてクラスクの直下におり、立ち位置としてはラオクィクと同格に当たる。

彼女の直接の手勢はクラスクを守る精鋭の親衛隊数名のみだが、必要とあればラオクィク配下の任意の兵を借り受けて指揮することができるかなり自由な立場だ。


「…フム」


ともあれクラスクはその運用成績におおむね満足した。

騎兵隊を用意するのはかなり手間だったけれど、それに見合うだけの戦力となることも把握できた。



次に考えるべきは…、だ。



そう、クラスクが見据えていたのは単純な戦力増強ではなかった。

騎兵隊や騎士と言った騎乗戦闘に特化した連中をいかに対策すればいいのか…それを彼は見据えていたのだ。


圧倒的行軍速度、強力な突進力、突破力、そしてそれらを利用した突撃戦術…

荒れ地を開墾し一帯がなだらかな草原と畑地に変わったこの近辺は、まさに騎馬や騎兵が活躍するのにおあつらえ向きの立地だ。


そして起伏が少ない地形ゆえにこちら側は地元である地の利を得にくい。

となれば当然騎兵の練度と…なにより『数』が重要になって来る。


だが現状こちらは拡大しつつあると言ってもあくまで村一つである。

あの地図とかいう便利な鳥の目の記述物に記された国家とやらの規模で攻め立てられたら数では勝ち目がない。


なればこそ…寡兵で敵と相対するために十分な対策が必要となるのだ。


「毒餌はダメダナ…突進を逆用すルトシタら横に広く穴を掘っテ落トすカ…逆に越えられナイ柵を作っテ足止めシテ槍デ突くカ…」


馬上で色々方策を巡らせながら思案に耽る。

この間手綱は一切操作しておらず、うまそうキートク・フクィルの好きに走らせていた。


「後ハやはり壁カ…早く砦ヲ作らんトナ…」


そして結局目下の難題であるところの城壁問題に行きついた。


「壁ヲなんトカすル。そうダ。次の会合デ議題に上げテ強化策を……を?」


…ん? と首を捻った後、クラスクは驚愕の表情となる。


「会合今日ダッター!」


今日の会合は確か森の方で行われるはず。

時間的にはもう始まっている頃合いだろうか。


いつもはクラスクの到着を待って会合が始まるが、今日は騎兵隊の運用をするから少し遅くなると言い置いてあったので彼がいなくとも会合自体の開始自体には問題はない。

ないけれどそれはそれとして族長として村長として可能な限り重要な議題は把握しておきたいのである。


「そうダ。急いデ村に戻らなイト…?」


あらためて周囲を見渡すと、クラスクはいつの間にかに森に入っていた。

勝手知ったる中森シヴリク・デキクルである。


「オオ…よくやッタ。偉イナ!」


うまそうキートク・フクィルを褒めると彼が嬉しそうに嘶いた。


「ヨシこの距離なら急げバ…ドウシタ」


だがクラスクが鞭を入れようとした時…愛馬の様子が少しおかしいことに気づく。

馬首を下げ、何かを漁るように地面を引っ掻いている。


「ナンダ…?」


さて…今朝家を出る時、キャスとミエの二人と口づけを交わしながら、ミエにいつもと違う応援をされていた。


「せっかくの騎兵隊のお披露目なんですから、何かいいことがあるといいですね!」


彼女の応援は…クラスクの幸運をぐんと高めていた。

≪応援(個人)≫もレベルが上がり効果が上昇しているし、クラスクの場合は≪応援(旦那様/クラスク)≫によってその効果がさらに高まっている。


先程の野盗に襲われていた隊商を見つけたのも、実は単に草原で騎兵隊の運用訓練をしていた際たまたま運よく見かけたからなのだ。


さてそんな幸運に溢れたクラスクが、うまそうキートク・フクィルの導きに従って見つけたのが…



「きゅう」



森の中でうつ伏せ大の字に倒れている人型生物フェインミューブであった。


「行き倒れダコレ」


クラスクは手にした槍で相手をつんつんとつつき、罠ではないことと死んではいないことを確認すると、馬を近くに寄せて降り立ち、相手を摘まみ上げる。


女性である。

背はさほど高くないが、かなりがっしりした体格だ。

彼女は悪夢を見ているかのように魘されており…そしてクラスクが持ち上げたちょうどその時に高らかに腹の虫を鳴らした。


「コイツハは…!」


クラスクはその種族を知っていた。

女性とくれば大概の種族を諸手を挙げて歓迎する…そして大概は監禁する…オーク族にあって数少ない例外種族。

先祖代々幾度も幾度も斧を交えて来たオーク族の宿敵にして天敵。





そう、それは…ドワーフ族の娘であった。






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