第208話 諸々の難題

「困ったのう」

「困りましたねえ」


鼠獣人の娘が村の方へ去った後、その隣で村の周りを見分していたこの村の住人…族長夫人のミエと協力者のシャミルが溜息をついた。



目の前に積まれているのは石垣や城壁用の石材…のである。



当初の予定を大幅に前倒しして作られたこの村は、ミエ達に大きな利益をもたらす一方、看過できぬ問題点を浮き彫りにさせた。


まず利益に関しては、商人達や旅人、そして近隣の村々や街へのこの村の認知度の向上とオーク達の評判の流布である。


なにせこの村はオーク族の縄張りの中にあってろくに整地もされず放置され錯綜していた街道をまとめ上げ、往来のしやすい交差点として整備した上でそのど真ん中に築き上げたのである。

その利便性たるや廃村の中を恐る恐る通り抜けていたこれまでの比ではない。


まさにこの地のオークでなければ成し得ない村づくりである。


そしてその立地上、商人達が東西南北どこへ行くにしろこの村を通らざるを得ない。

その交通の便と良さと利便性の高さは近隣の街の追随を許さない。


そんな村にオークが闊歩していれば当然最大限の警戒はされるが、それでも一切手を出してこないと分かれば皆それなりに慣れてくるものだ。

また村の規模の割にかなり立派な衛兵隊が配備されており、オークや旅人がうっかり喧嘩しようものならたちまち捕らえられ引っ立てられてしまう。

なまじな人間の街よりよっぽど治安がいいのである。


それに加えてこの村が最近巷を騒がせている噂の『はちみつオーク』の特産地であるとなれば、商人達も目の色を変えようというものだ。


またこの村のオーク護衛隊の評判もうなぎ上りで上がっていった。

なにせ高い金を出して雇った傭兵団すら皆殺しにしかねないオーク族の、並のオーク達よりさらに鍛え上げた練度の連中が、護衛として騎馬で同道してくれるのである。


相手が狼や熊のような獣であっても、野盗や山賊のようなごろつきであっても、蜥蜴族やゴブリン族のような危険な種族どもであっても、この頼もしい護衛隊はたちまちに蹴散らしてしまう。

数に差があって危険な時に、殿しんがりを務めて隊商を無傷で守り切った事すらあった。


さらに道中でうっかり他の部族のオーク達に囲まれたときでも、彼ら護衛のオーク達が折衝することで丸く収めてしまう(たまに食料などを一部渡すこともあったが)。


この村のオーク達が有する縄張りの中では、一切オークに襲われない。

そしてこの村の護衛隊が付いている限り、近隣のオーク族にも襲われない。



これはこの近辺を利用する商人達にとって革命的とも言えることであった。



このあたりは指導者であるクラスクやキャスの薫陶の賜物であると同時に、オーク族本来の特性が上手く働いた結果でもある。

彼らは戦いに関しては大真面目であり、また荒事が大好きであり、それでいて襲撃が大得意なため機を見るに敏である。


勝てる相手には容赦せず、勝てそうにない状況の時はとっととずらかる準備を整えるのが彼らのやり口であり、大概のオークはその判断力と決断力を高いレベルで備えているのだ。



要はオーク達は隊商を襲うのも上手いが、守るのも上手いのである。



彼らを雇った商人達はその利便性にすぐに気が付き、次回以降贔屓にするようになった。


けれどそれを知らぬ近隣の街や村は、商人達の馬車と共に騎馬のオーク達がやって来たことで慌てふためいた。

すわ隊商達がオークどもに襲われているぞ、と。

放っておいたらうちの村も襲われかねないぞと。

すぐに追い払わない彼らを助けなければ、と。


だが兵を出してみれば彼らは隊商を守っていた護衛であり、むしろ随分と助けられたとのこと。

しかも彼らを敵と勘違いして襲いかからんとしていたのに特に殺気立つ風もなく、むしろ「誤解ガ解ケタノナライイ事ダ。オーク見カケタラ警戒スルノ当然。オ役目御苦労」などと実に紳士的な対応。

さらには自分達は街の中に入らず、護衛対象の馬車から書類にサインをもらうと馬首を返してそのまま去っていった。



街の兵士たちはあまりの事態に目を丸くしたという。



そんなことが近隣の村や街で幾度か発生し、その後オークの護衛隊は徐々に受け入れられていった。

今では街の門番たちと手を上げて挨拶するほどの仲になったという。


これらのことで、「アルザス王国とバクラダ王国の国境付近に、人を襲わぬオーク族の村がある」という噂は瞬く間に近隣諸国に知れ渡った。


森の外に村を作った当初の目的は、予想以上の成果で達成されたと考えていいだろう。



問題は…この村の『防衛力』である。



ゴブリン軍団を率いる黒エルフブレイ…その目的は未だ謎に包まれたままだが、少なくともその首領は無傷で撤退しており、彼らが再び襲撃してくる可能性は決して低くはない。

さらに自国の領土内に一切支配を受けぬ村を堂々と作られたアルザス王国、またオーク族などの脅威を掃討することで見返りとしてこの一帯を自国のものにせんと目論んでいた南のバクラダ王国などにとってみれば、この村の在り様が面白かろうはずがない。


長い年月をかけてこの地に土着され、既得権益を主張される前に、とっとと潰して歴史の徒花とするのが彼らにとって最上の結末と言えるだろう。


この村としては当然そんな末路が受け入れられるはずもなく、全力で抵抗を試みている真っ最中である。

そしてそのために必須なのがこの村を砦とすること…もっと言えば城壁を築き要塞化することである。


地底から湧き出した軍勢を打ち払うにしても、王国から派兵された軍隊を追い払うにしても、とにかく高い城壁で村を囲み最低限籠城できるようにしておかなければならない。




だというのに…それが全く進んでいない。





あの襲撃から半年…村がどんどんと経済的に発展する一方で、この村の防衛力は一切上がっていないままなのである。





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