第188話 狼の襲撃
「オオ…ダイブイルナ!」
馬を駆りながらゴブリン達の群れに突入するクラスク。
村の西に陣取っていたゴブリンどもは百を軽く超えていた。
闇夜に紛れて至近距離まで近寄るつもりだったのだろう。
ただその目論見は村が用意した巨大な篝火によって阻まれた。
相当な数のゴブリン軍団。
だがクラスクは一切気にすることなく剣で薙ぎ払いながら彼らの間を突っ切った。
そしてその切り裂いた道に騎馬のオーク兵が次々に突入し剣、と槍で右に左に突き崩し道を広げてゆく。
「確かに結構な数だ! しかし…」
「アア。少なすぎル!」
オーク兵に混じって突撃したキャスが、騎兵槍でゴブリンどもを数匹まとめて突き殺しながらクラスクに追いつき、行きがけの駄賃のように脇のゴブリンを剣で突き殺す。
ゴブリン百体は確かにかなりの数だ。
田舎の村落なら簡単に蹂躙できるだろう。
だが三十人の騎士と屈強なオーク共を相手取るには些か不足が過ぎる。
個々の戦闘力が違い過ぎるからだ。
無論前回襲撃してきたように盗賊系の訓練を積んでいる者もいるだろう。
だが全員ではない。
少なくとも彼らが飛び込んだこの集団のゴブリンどもの大半は盗賊へのなりかけか、せいぜいなり立てである。
その辺りのゴブリンよりはだいぶんに手強いが、戦士として修業を積んだ者なら十分対処できるはずだ。
クラスクとキャスの二人は群がり騒ぐゴブリン達の間を駆け抜け、踏み潰し、彼らに続く騎馬と、その後遅れて突撃してくる
「キャス! ドう思う!」
「こいつらがバカで無策でないなら! 当て馬だろうな!」
「そうダナ! 本隊が別にイルか! この差をドうにかデきル手があルカ! そうデナイト襲っテきタ意味がわカらん!!」
馬を駆り、右手で軽々と剣を振るい脇のゴブリンの首を刎ね飛ばしながら、クラスクは左腕を大きく北に向けて振って背後に大声で叫ぶ。
「ラオ! 行け!」
「わかっタ!」
× × ×
一方村の北を走る騎士達は当面の敵がいないことを確認すると怒号と喧騒の響く村の西の方へと進路を変える。
相手の規模がわからぬ以上、部隊は念のため各方面に配置しなければならない。
だが村の南側は森の中のクラスク村との往来があるため大勢の伏兵を気づかれずに配置できるとは考えにくく、また村の東側は畑地の先も見通しの良い草原と荒野が続くため大量の兵を隠すには向いていない。
そこでクラスクとキャス、ラオクィクにエモニモの四人で協議の上部隊を二つに分けた。
即ち前回と同じ方向、敵の主力が来ると想定される西側と、複数方面から攻めてくるとするなら最も可能性が高い北側である。
そしてクラスク達主力のオーク部隊が西門、協力体制にある翡翠騎士団第七騎士隊の面々が北門を任されることになったわけだ。
無論互いに全兵力で出撃しているわけではない。
今回の敵はゴブリンで、しかも盗賊系の技術の持ち主がいることが確定している。
村の外で小競り合いをしている内にそうした連中が密やかに村に潜入し虐殺なり人質なりの戦術を取られたりしたら最悪だ。
ゆえに村の守りに騎士達が三分の一、オーク達が約半数の兵力を割いている。
「しっかしこっちは外れでしたね、副隊長」
馬を駆りながら完全装備のレオナルが愚痴を呟く。
「油断しない! 敵がどこから…! 右ッ!」
エモニモが叫びを上げるのと、彼らの馬群に横から何者かが襲いかかってきたのはほぼ同時だった。
西へと向かう騎士達の隊列の右、すなわち村の北から、高速で何かが突進してくる。
それは月下、夜の闇の中、草群を猛然と掻き分けてくる黒い泥の塊のようにも見えた。
だがその黒い汚泥の先端に爛々と輝く双眸が、それが何某かの生物であることを告げている。
「狼だ!」
「でかいぞ!」
高さ1m弱、胴体の長さは150cmほどだろうか。
黒い黒い狼どもが唸り声を上げ、牙を剥きだしにして騎士達に襲いかかってきた。
その数12頭ほど。
かなりの数の集団である。
騎士達は急ぎ抜刀し迎撃しようとするが、いかんせん向こうの背が低い。
高低差からその殆どが初撃を外し、唯一エモニモだけが狼の背中に一撃を入れる。
「ッ!?」
エモニモの手に響く毛皮を切り裂く確かな手ごたえ。
同時に響く獣の悲鳴と、何かの呻き。
そして何より奇妙なことに、その狼たちは全力で彼らの間をすり抜けて、ちょうど騎士隊と交差するように通過すると、左右に散開して藪の中に飛び込んだ。
「なに…ッ!?」
奇妙なことが幾つも同時に起こり、エモニモは一瞬混乱する。
第一になぜ彼らは不意を打てたはずの自分達に襲いかからずその横をすり抜けた?
第二にもし彼らが村へ向かうことが目的だったなら、自分達を無視してすり抜けた時点でた時点でそのまま村へ向かわなかった?
第三に先程の妙な手応えはなんだ? あの声の主は?
「追撃が来るぞ! 油断するな!」
だが迷っている
村へ向かうつもりがないのならこちらを攻撃してくる可能性が高いということだ。
部下にそう号令しながらエモニモは手綱を操り己の馬体を先程狼の半分が消えた草叢へと向ける。
「来たぞ!」
「くそっ!」
先程とは異なる場所から狼共が飛び出し襲いかかってきた。
今度は二手に分かれた彼らは、脚を止めた迎撃しようとした騎士達の馬群を掠め再び草叢の中へと消える。
それも彼らに牙を剥き出しに躍りかかったりはせずに、である。
「どういうこと…!?」
わからない。
なぜ攻撃してこない。
こちらの足止めが目的なのか?
それが目的だとして、こんな動きを果たして狼たちだけで…
エモニモが必死に相手の目的と戦術に思考をを巡らせているその時、騎士達の一部に異変が起こった。
「おい、どうした!」
「しっかりしろ! ドレッグ! ドレッグ!」
エモニモはハッとした。
ドレッグは馬の名前だ。
とするなら相手の目的は…
「気を付けろ! 奴らは何らかの手段で馬を攻撃している! 近寄らせるな!」
気付けば馬達が幾頭も苦し気に呻き、嘶き、暴れている。
前脚を折って地面に倒れ、乗っていた騎士を地面に投げ出したり、棹立ちになって体を揺すり鞍上の騎士を振り落としたりしていた。
そして無事な馬達も仲間の悲鳴を聞き、不安に駆られ、その挙動が不安定になってゆく。
だが今度は半分がこちらに襲いかかり、残りの半分は大きく方向を変え南へと進路を変える。
ここに来てエモニモは、彼らが統率された動きでこちらの脚である馬を封じ、こちらが追いつける算段を無くした後村へと向かうつもりなのだと気づいた。
背後からの追撃を避ける狙いだったのだ。
…が、少し遅い。
「待ちなさい、待…っ!」
部下達を纏めるべきか。
それともせめて無事な者だけ連れて狼たちを追うべきか。
エモニモが躊躇した一瞬…暗闇を切り裂いて何かが飛んでくる。
反射的に剣で切り払うと、それは乾いた金属音を放って闇に消えた。
短剣か何かだろうか。
だが問題はそこではない。
大事なのは狼以外の何者かがここにいるという事実である。
すぐに狼達を止めなければ。
彼らは間違いなく何者かの指揮下にある。
エモニモは急ぎ馬に鞭を入れようとして…
「きゃっ!?」
突如、馬が棹立ちになって暴れ出した。
わからない。
何が起こった?
狼達がその爪や牙で己の馬を攻撃した様子はなかったはずだ。
そもそも彼らは馬に何をした?
流石に部下のように振り落とされ地面に投げ出される事ことなかったけれど、それでも大きく揺れる鞍上で必死に馬を御して、混乱する頭で懸命に考える。
だが足りない。
手が足りない。
時間が足りない。
このままでは村に狼たちの侵入を許してしまう…!
どおん、と大きな音がした。
突然響いたそれは、村へ向かい疾駆する狼どもの前に発生した爆発の音だった。
驚いた彼らは急停止し、後方に跳び退り警戒の唸り声を上げる。
爆発からやや遅れ、馬に乗って現れたのは…
「リーパグノ嫁…ナンテモノヨコシヤガル。コンナノ背負ッテタノカ俺…」
「お前は…! きゃっ!?」
馬から振り落とされないよう必死にしがみついていたエモニモの前に…ラオクィクと数騎のオーク達が現れた。
「…オ前ズイブン可愛イ声出スナ」
「う、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさぁーい!」
真っ赤になって言い返すエモニモは…すっかりいつもの調子に戻っていた。
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