第182話 隣村(オークの)
翌朝…ミエは馬車に乗り、キャスは愛馬に跨って丘陵の尾根を登っていた。
背後には幾つかの馬車がオーク達の御者により随行している。
馬車の統括をしているのはラオクィクである。
そして彼の配下として他の馬車に指示を出しているのは若きオークのイェーヴフ。
いわば副官扱いであり、若いながらに重責をあてがわれた彼は勇躍して任務に当たっていた。
向かう先は
オーク族は元来暴力的で野蛮な種族であり、そして近隣の村々はそうした旧来の風習から抜けきっていない。
まあクラスク村の文化度が異常なだけという話でもあるのだが。
ゆえに女性の身であるミエやキャスが直接出向くことをクラスクは心配した…が、一度許可を出したものをおいそれと駄目出しもできず、結局ミエが押し切る形で村を出立した。
そんな経緯なので本来ならばクラスク自身が直接護衛に就きたかったけれど、ゴブリンどもの襲撃がいつあるかわからぬからとミエに説得され泣く泣く残り、代わりに派遣されたのが右腕のラオクィクというわけだ。
「ま、私がイれば心配ナイト思イますガ」
とミエを挟んでキャスと逆側で馬を操っているのが
先日イェーヴフと共に村にやって来たのは彼女だったのだ。
「心配? 何がですか?」
「あ…イヤ、そうデすか、ミエ殿は知らナイかもしれませんね。オーク族の野蛮さを」
「? 知ってますよ? 以前にも襲われて強姦されそうになりましたし」
さらりとそう言い切るミエにゲヴィクルが眉を顰める。
「知っタ上デそう言っテのけル胆力は流石クラスク殿の妻女ト言うべきか…イヤハヤ」
「?」
きょとんとした顔でミエが小首を傾げる。
「ところでキャスさん、随分と慣れた馬ですねえ」
「あ、ああ。手間をかけて馴致したからな」
「駄目ですよ幾ら気が逸っても先に行ったら。向こうはオークの村なんですからね」
「わ、わかっている」
キャスの跨っている馬は
ただ鞍上の御主人の焦る気持ちが馬にも伝わっているのか、彼女の愛馬も妙にそわそわした様子だ。
「おー…どうどう」
だがミエが手をそっと伸ばし諭すように語り掛けると、その馬は少しずつ落ち着いていった。
「この子のお名前は?」
「ゼアロだ」
「
まるで人間相手に話しかけるかのように馬車の荷台からキャスの愛馬…ゼアロに話しかけるミエ。
ゼアロはぶるる…と低く嘶くと、並足で歩きながらミエの方に顔を向ける。
彼なりにその奇妙な人間の娘に興味があるのだろうか。
「御本人だといいですね」
「ああ…!」
彼女たちが向かっている
だが元を辿ればすべてミエの指示である。
彼女はかつて棄民だった前村長の話を聞き、襲われた場所から考えて、彼らが野盗から襲撃を受けたのなら、その野盗がまたオーク族に襲われるのでは…? と考えた。
この辺り一帯はオーク族の縄張りである。
クラスク村とその周辺以外でも、幾つもの部族がそれぞれ大きな狩場を暴力によって主張している。
そして野盗からすれば無抵抗な棄民は格好の餌でオーク族はできれば会いたくない手合いとなるが、オークにしてみれば相手が棄民だろうと隊商だろうと野盗だろうと収奪物さえあるなら等しく獲物である。
棄民達が襲われた位置を考えると、おそらく逃げ惑うだけの彼ら相手に調子に乗った野盗たちが、知らずオーク族の縄張りに侵入してしまったのではなかろうか。
ゆえにもし野盗たちが幸運にも…あるいは不運にも
と、そこまで推測したミエは、若きオークであるイェーヴフに頼み、まず
「サ、着きましタよミエ殿。あれが
「わあ…!」
ゲヴィクルの指差した前方…尾根道の先に多少開けた土地があり、そこに木造の掘っ立て小屋のようなものが並んでいた。
その先にはまた尾根筋が続いていて、さらにその先は山が白く染まり
いわば山脈の端にある丘陵地帯にあるのが
それなりに高い位置にあるため左右の景色もなかなかに絶佳である。
「へぇー…いいですね! 観光地にできそうです!」
などと快活に言い放ちつつ、だがミエは内心緊張の度を深める。
言うなればここは前の族長がいた自分達の村と同じ、旧来のオーク族の価値観が支配している村なのだ。
そこに女性の身で乗り込もうと言うのである。
警戒してしすぎるということはないはずだ。
だがそれでもキャスの旧友がいるかもしれないというのなら、生きているかもしれないというのなら…
探さずにはいられない。
会わせずにはいられない。
それがミエという人間なのである。
さて後続の馬車を村の外に留め、荷台に乗ったままミエが村に入る。
左右には馬に乗ったゲヴィクルとキャス、さらにミエの馬車の馬を引くラオクィクといった布陣だ。
集落に並んでいるのはクラスク村のように元々ある人間族の村の建物を利用したものではなく、彼らが建てた小屋のようだ。
木材を立てかけて、円錐のような形を組んで、周囲になめした獣の皮を張っている。
床にも獣の皮を敷いているようだ。
いわば原始的な掘っ立て小屋である。
それが村の周囲をぐるりと囲むように並んでいて、中央が広場になっている。
おそらくそこで宴会などをするのだろう。
ミエはそんな村の様子を眺めながら、この高さで井戸って掘れるのだろうかとか、こんな小屋を建てて強風の時はどうするのだろうなどと場違いなことを考えていた。
ミエ達が村の中央に進むにつれざわざわ、ざわりと小屋の中に潜んでいたオーク共が小声でざわめき、ちらり顔を覗かせる。
そしてミエやキャスの姿を見て目を輝かせた。
美しすぎるのだ。
それは別段ミエやキャスが絶世の美貌の持ち主、というわけではない。
無論二人とも平均以上に綺麗ではあるし、キャスはエルフ族の血を引くだけあって端麗な容貌ではあるけれど、彼らが瞠目しているのはそういうことではない。
毎日風呂に入り清潔を保ち、化粧によって髪や肌の艶を保ち、身ぎれいな衣装を纏う。
言ってみればそれだけ…だがそれこそが彼らの驚異の正体であった。
オーク族にとって他種族の娘は迎えるものではない。
奪うものだ。
逃げる相手を追い回し、嫌がる相手を無理矢理捕らえ、時には目の前で家族や恋人を殺し、絶叫と悲鳴が響き渡る中で村へと連れ帰るものだ。
すぐに逃げようとする娘どもは埃まみれに泥まみれで、場合によっては吐瀉物や血にすらまみれている。
そんな彼女たちを衛生観念もわからぬ、風呂すら知らぬオーク共が飼おうと言うのである。
当然彼女たちの姿は見れたものではなくなる。
だがオーク族にとっては子供さえ生んでくれれば良いのだからそんなことは気にしない。
そもそも彼らは女性を綺麗にする方法を知らないのだから。
それは一面オーク族の利にもなっていた。
自らの姿に絶望した女性達は、故郷に戻る希望を捨ててしまうことが多いからだ。
だがそれゆえ生きる希望そのものを失った彼女たちは、少なからぬ数が村に来てほどなく死んでしまう。
彼らはそれを単に女は貧弱だからと、他種族の女は特に脆弱だからと、これだから女は困ると決めつけていた。
今日…この日、までは。
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