第181話 村中引き回しの計
「トイうわけデ、解散!」
クラスクが手を叩き、一同は三々五々と席を立つ。
キャスはそのまま騎士隊に合流し今回の件を伝えようと酒場を背に村はずれへと向かった。
が、エルフの血を引いた聴覚が、背後の異音を感知する。
どうやら夜だというのに村の東門の方から馬が飛び込んできたものらしい。
それも二頭。
門番をしているオーク達に止められなかったところを見ると村の関係者なのだろうか。
興味を惹かれ彼女が振り返ると…先程の酒場の前でこちらの方を向いてぶんぶんと手を振っているミエがいた。
その隣には馬に跨った面立ちの整ったオーク…この村では見たことのない顔だ…と、ミエの前で荒く息を吐き酒らしき杯をあおっているオークの若者がいた。
こちらは以前剣の教練の時に見かけたことがある。
彼が手綱を引いている馬を見てキャスが目を細めた。
それは
(とすると…あれはあの時私に
どうやら自分に用があるらしい。
キャスは
「ハァ…ハァ…ゼェ…ゼェ…フィ~~~~…」
酒を流し込みなんとか人心地ついたらしきオークの若者…イェーヴフ。
その隣で馬上に静かに佇む長身痩躯のオーク。
キャスは歩を進めながらそのオークに軽く視線を走らせ、すぐに只者ではないと悟り一瞬身構える。
クラスク…と同程度かまではわからぬが、それに近い実力があるようだ。
相当な腕前である。
一体何者なのだろうか。
同時に向こうもキャスの方へ眼を向け、これまたこちらを侮れぬ相手と看破したようだ。
二人の視線が交錯し、緊張した空気が流れる。
…が、そのシリアスな空気をすぐにミエが台無しにした。
「キャスさん! キャスさん! 早く! 急いで! こっち!」
「え? ミエ? 一体どうし…わわっ!?」
張ったお腹を押さえながらばたばたとキャスの前まで小走りで駆け寄ったミエが、彼女の腕を取り強引に引きずってゆく。
身重の相手に下手に逆らうこともできず、引っ張られるままミエについてゆくキャス。
彼女がちらりと背後に視線を走らせると、先刻の馬上のオークがにこやかな顔で片手を上げていた。
オーク族としては随分と爽やかで凛々しい顔立ちである。
そもそもオークの容貌は他種族から見れば醜い部類ではあるけれど、人間族の女性に消去法で選ばせたとしたらああいうタイプが選ばれるのだろう。
「旦那様! 旦那様っ! だっんっなっさっまっ!!!」
クラスクが門番を統括しているラオクィクと夜番について打ち合わせているところにミエが強引に割り込んだ。
普段の彼女ならクラスクが仕事中の時は終わるまで待っているのが常である。
つまり相当切羽詰まった用があるのだろう。
クラスクはすぐにそれを察し、同様にミエの性格を弁えているラオクィクが一歩下がった。
「大事な用事カ」
「はい! その、いつ襲撃があるかわからない今こんなことを頼むのは気が引けるんですが…!」
「なんダ」
「キャスさんを二日…いえ一日借りてもよろしいでしょうか!」
「キャスを…?」
「私を…?」
ミエに引っ張られてきて困惑顔のキャスに目を向けたクラスクは、彼女がまったく事情を把握していないことをすぐに見抜き、再びミエの方に顔を向ける。
「…必要な事なんダナ」
「……はい!」
クラスクを見上げるミエの瞳には一点の迷いも曇りもない。
こういう時の彼女は一切自分自身の事を考えていない。
常に誰かのためを思っての行動であることをクラスクはよく知っていた。
そして…ミエ自身が意識しているかどうかはともかく、彼女のそうした行動が最終的にはオーク族やクラスク自身の利になることも、クラスクはよくよく知悉していたのである。
「…わかっタ。倉庫の在庫も金も好きなダけ使え。糸目はつけナイ」
「ありがとうございます!」
ぺこん! と大きく頭を下げて、そのまま村の中央にむけてキャスを引っ張ってゆくミエ。
キャスはクラスクに頭だけ下げるとそのまま引きずられるようにミエについてゆく。
「いや…しかし…」
引きずられながらキャスは驚いていた。
この村の脅威はオーク族とは思えぬ商品の管理システムである。
在庫の把握、商品の質の維持、金銭や流通路…商人であるアーリの助けを借りているにしても、オークが主体であるとは思えぬ程にそれは緻密なものだった。
だが今のやり取りはそれを真っ向から否定している。
強引で無理矢理で、だがそれゆえに決断と実行が早いのだ。
緻密さと豪胆さと。
その両者をこうまで併せ持ったやり口を、キャスは他に知らなかった。
(だが…ミエはこの強引なやり口で一体何を…?)
「アーリさん! ワッフさん! サフィナちゃん!」
「ニャ?」
「ナンダベ、ミエノアネゴ」
「おー…大事なようじ…?」
ミエが今度は酒場の前で商品の仕入れについて立ち話で打ち合わせをしている三人に割って入る。
「旦那様に許可を取りました。お酒が入り用です。二十樽くらい」
「二十樽ニャ!? そ、それは…いくらで売るニャ?」
「売り物ではないです」
「タ、タダかニャ!?」
「お金が入らないという意味ではそうかもしれません。あとお肉も必要です。猪か鹿の肉の干し肉をお酒に合わせてなるべく多く。ワッフさん、用意できますか?」
「ワカッタベ」
クラスクに許可を取ったミエが、この表情で訴えかけている以上間違いなく大事な用なのだろう。
ワッフはすぐにそれを察しすぐに頷くとサフィナの頭に手を乗せる。
「サフィナ。夜ニスマネエダガ倉庫ノ在庫ガ変ワルベ」
「わかった。手伝う」
反論も疑問も一切なく、ワッフに言われるがまま頷いた少女は、彼の後についてぱたぱたと夜の闇に消えた。
「ニャー…まあ仕方ないニャ。必要なことニャン?」
「はい」
ふう、と溜息をついたアーリは、ぺちぺち、と頬を叩いて気合を入れ直す。
「ま、オークの協力をするって時点でわかってたリスクニャン。そのために裏在庫を溜めてたんニャし。それを回せば今月は凌げるニャ」
「裏 在 庫」
あっさりと、だが怪しさ満点の単語を投げつけるアーリ。
「なんニャ騎士様? 商人の知恵に文句でもあるのかニャ?」
「いや…ただそれはミエやクラスク殿も把握していたのか?」
少しだけ厳しい目つきで睨むキャスに、瞳孔を縦に割いてすっとぼけるアーリ。
「いえ、私は特に把握してませんでしたけど…アーリさんならこうした状況を予測してなにがしかの対策なさってるでしょうから無理を言ってもきっとなんとかして下さるって信じてはいました」
「ミエの信頼が怖いニャー!?」
さらっとそう言い切るミエにがぼーんとショックを受けるアーリ。
「ともかく準備はできそうです。キャスさん、朝を待たずに出発しましょう」
「いや、それはいいのだが…一体何処へ? 何をしに?」
「あ、そうでした」
ミエが引っ張り続けたキャスの手を己の胸元へ寄せ、両手で包み込んでその顔を寄せた。
「
「は…?」
「近くのオーク族の村に最近匿われた女性の
「なん、だと…!?」
ミエの言葉に…キャスは足元が崩れ去るかのような衝撃を受けた。
その黒エルフは…
その黒エルフは、もしかして。
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