第161話 適正クラス
「そこらの? ということは先刻の連中は普通のゴブリンではないということですか?」
キャスの問いにクラスクが大きく頷く。
「エモニモト言っタカ。さっきの連中をドう見タ」
「え?! あ、はい! その…っ」
「落ち着け。ゆっくりデイイ」
「は、はいっ」
突然名指しされ少し慌てたエモニモだったが、クラスクの言葉に心が落ち着いてゆくのを感じる。
彼ら翡翠騎士団第七騎士隊はエモニモ以外の全員…隊長も含めた全員が正規のルートで騎士に叙任した者ではない。
翡翠騎士団と言う国王直属の勢力を伸ばすため、これまで希望はあったけれど家柄やら地位やらに問題があって入隊が認められていなかった連中をまとめて採用したのが第七騎士隊である。
ゆえに同じ騎士団の中でも風当たりは強かった。
プライドの高い騎士達は、彼らのような半端者達と同列に扱われるのが我慢ならなかったのだ。
軍議の席でもキャスバスィに意見を聞く者、耳を傾ける者はほぼ団長だけだった。
ましてや副隊長であるエモニモの意見など誰にも顧みられる事は殆どなかったと言っていい。
この人は…自分達の意見を聞き届けてくれる人だ。
そんな想いが…クラスクに対する信頼が、エモニモの中に醸成されてしまう。
そしてそんな彼女を心配そうにキャスが見つめている。
これは止められない。止めようがない。
種族を別にすれば、クラスクが無用な差別や偏見を持たず、それが良案であれば採用に貴賤や出自を問わぬ公正で優秀なリーダーであることに疑いはないのだから。
だから少なくとも今この時は、この村の者達を守る、という一点に於いては騎士達はオーク達と協力する余地があるし、またそうするべきなのだ。
けれど…それが終わった後はどうなる?
騎士達は、エモニモは、そして自分は…果たして彼らを討伐対象と認識できるのか…?
「その、とても統制の取れた動きでした。集団戦に慣れていることと、あとは一対一ではこちらに叶わないことを前提にした戦い方をしてくるというか…それと動作が俊敏で、背の低さ、己の小ささを巧みに利用してこちらの攻撃をいなしていたような気がします」
あの時の苦い敗戦…
けれどだからこそ忘れては、そして目を逸らしてはいけない。
敗北は貴重な経験なのだ。
負けた上で生存できているというのはとても幸運なことなのだ。
なぜならそれを糧に次を目指すことができるから。
彼女はかつて隊長であるキャスバスからそう教わっていた。
「私達騎士隊は空腹と疲労で十全に力を発揮できる状態にありませんでしたが…仮に万全であったとしても、苦戦を強いられていたように思います」
エモニモの説明にラオクィクが少し感心したように目を瞠り、クラスクが満足げに頷いた。
「ン。負けの理由をちゃんトわかっテテ他の奴に説明デキルのは強イ奴ダ。お前強イナ」
「あ、いえ…っ」
褒められた嬉しさと恥ずかしさで頬を染め俯くエモニモ。
クラスクは周囲をぐるりと見回して話を続ける。
「そうダ。さっきのゴブリンは強かっタ。なんデ強イ? わかる奴イルか」
クラスクの問いに、だが誰も答えられず沈黙が場を支配する。
けれど彼は目を細め…答えを知っていながら押し黙っているその娘の名を口にした。
「アーリ。お前ダけ理由知っテルナ。話セ」
「ニャッ!?」
ずっと黙って話を聞いていたアーリは、突然の名指しに驚いて飛び上がる。
発現しなかったところを見るにどうやらあまり率先して話したくはなかったようだが、周りからの視線を一斉に浴びた彼女は、遂に観念して頭を掻きながら口を開いた。
「ニャー…たぶんクラスの問題ニャ」
「「「クラス…?」」」
「ニャ」
周囲から上がる疑問の声に、アーリはこくんと肯首する。
「普通のゴブリンは大概『戦士』になるニャ。専門の訓練が不要ニャし、大きな武器や重い鎧も着れるようにニャるから手っ取り早く強くなれるニャ」
アーリはそこで言葉を止め、何やら言葉を選ぶようにして話を続ける。
「だからゴブリンは戦士になることが多いニャ。多いんニャけど…でも戦士はゴブリンに有利なクラスではないニャ」
「有利じゃない、ってどういうことです?」
「ニャ。ミエも少し考えればわかるニャ。ゴブリンなんかの小型の種族が持てる大きな武器って、要は人間族が持ってる片手剣とかになるニャ」
「あー…」
「それにそのサイズの武器を無理に使っても、筋力が低いから同じ武器を持った人間族の戦士ほどには威力が出ニャいし、重い鎧を着たらゴブリンの長所である素早さが死ぬニャ。お手軽に強くはニャれるけど、そんなには強くなれないニャ」
アーリの言葉にキャスが得心し、小さく肯く。
「なるほど。つまり重武装すること自体がゴブリンの長所を殺していることになる、と?」
「そうニャ。ゴブリンの実際の適正クラスは盗賊ニャ。機動力を活かして攻撃し、素早さを活かして身をかわし、間合いを取って投擲武器を繰り出したり床に油をぶちまけたり火を付けたり。場合によっては毒だって使うニャ」
「おおー…確かにそっちの方が向いてる気がしますねえ」
ミエの感嘆の声にアーリはうんうんと頷く。
「そうニャ。向いてるニャ。小さくて貧弱って特徴は、裏を返せば俊敏で物陰に隠れやすいって長所にもなるニャ。その小柄な体格を生かして小さな隙間に入り込み、戦場で素早く相手を取り囲んで瞬間瞬間で数の優位を奪ったりとかもできるようになるニャ」
「あ…それやられました! 私達は二人一組になっていたつもりなのにその間にするりと入り込まれたりして…!」
エモニモの声に、クラスクが身を乗り出して話を受けた。
「そうダ。それが手強いゴブリンダ」
思った以上に剣呑そうな相手に、一同は言葉を失う。
ミエはゴブリンについても気になったけれど、それ以上にゴブリンの生態についてアーリがやけに詳しいことが気にかかった。
ただどうも本人はあまり話したくなさそうな様子だったため、この場では話題に上げず口をつぐんだ。
「私も少しだけ戦場で体感したが、確かに盗賊ギルドの盗賊たちの集団戦闘に近いものを感じたな。しかし…それならばなぜ多くのゴブリンたちは己に向いた盗賊の腕を鍛えないのだ」
「教えル奴がイナイ」
「ああ……!」
クラスクの言葉に、キャスは己の疑問が氷解して感心したような声を上げる。
そう、戦士の技術は最悪自己鍛錬で身に着けることができなくもないが、盗賊の技術はそうはいかない。
解錠、罠外し、毒の扱い、そして急所狙い…すべて専用かつ専門の技術の習熟が必要だからだ。
それらを身につけるにはしっかりした教育と修練が必要となる。
だがゴブリンは文化レベルが低く、ボロボロの掘っ立て小屋や洞窟などに棲み暮らしている事が殆どだ。
ゆえに彼らは盗賊技術に対する高い素養を持ちながら、それを教わる契機自体を持ち得ないのである。
「つまりなんじゃ。逆説的に言えば今日襲撃してきた連中にはそれを教えた何者かがその背後におるということじゃな?」
「そうダ」
クラスクは言葉身近に肯定し、目を細めた。
「ゴブリンは誰かに上手く使われテル時手強くなル。そイつが教え上手ならなお危険ダ」
「成程…その背後にいる存在が何者かはわからんが、ともあれ油断できる相手ではなさそうだな」
ゴブリンたちを教育し、彼らを総べている存在とは一体何者なのだろうか。
キャスはその侮れぬ何者かに思いを馳せ、目を細めた。
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