第160話 ゴブリンの謎
「
「うめ、うめ!」
「たまんねえ…
栄養満点かつ食欲を増すように香りや味にも気を使った、具沢山でとろみのあるスープ。
愛らしい幼女(サフィナの事を騎士達はそう認識した)と愛嬌のある巨人族の娘から供されたそれは、彼らの空腹を存分に満たしてくれた。
「ちょっと貴方たち! これはオーク達から供された食事ですよ! そんな有難そうに食べない!」
副隊長のエモニモが隊員たちを叱るが、どうにも効果が薄い。
「えー、じゃあどうすればいいんですか」
「こう…もっと悔しそうというか…」
「副隊長は美味くないんすか、これ」
「いえ、その…美味しい、です、けど…」
「美味いなら美味いって言いましょうよ。食いモンに罪があるわけじゃなし」
「それはそうですけど…っ!」
仮にも倒すべき標的で、しかも王都に戻れば再び討伐命令が下されるかもしれない相手から食事を恵んでもらって有難がって食べる、というのは彼女的には我慢ならないことなのだろう。
ただそれはオーク族が憎いから、というよりはむしろ部下が彼らに過度に感謝や思い入れを抱かぬように、という気遣いの表れのようにも見える。
この後どうなるかわからないが、騎士としての立場上彼らと再び剣を交わす可能性を捨てることはできない。そうした時オーク達にいらぬ感情を抱けばそれだけ剣が鈍りかねないのだから。
「キャス」
「おお、ラオか、どうした」
と、そこに長身痩躯のオークが槍を肩に担いだまま姿を現す。
クラスクの同期にして現在は村のオーク達のNo.2、ラオクィクである。
彼の姿を見てエモニモが露骨に顔を顰めた。
色々といい思い出のない相手なのだ。
当然と言えば当然か。
「族長ガ呼ンデル」
「わかった。すぐに行く」
キャスはすぐに腰を上げ、埃を落とす。
そして髪を整えサーコートを軽く指で伸ばすと、そのままラオの後ろに付き従った。
「……………」
その様子をエモニモがなんとも面白くなさそうな表情で見つめている。
隊長がオークに呼ばれて素直に従うのも癪だし、呼びに来たそのオークも気に入らない。
なによりあの族長に呼ばれたときの隊長の態度が妙に腹立たしい。
なんでそんな身だしなみを気にするのか。
なぜそんないそいそした態度を取るのか。
以前の隊長だったら騎士団長に呼ばれたときだってそんな風ではなかったはずだ。
ラオと共に村の中央部を挟んだ向こう、井戸のある方角へと去ってゆく隊長の背中をじぃと見つめていたエモニモは…
おもむろに、その腰を上げた。
「…デ、ナンデオ前ココニイル」
ミエ、シャミル、アーリの三人に族長のクラスクと村の軍事担当のラオクィク、さらに軍事教練の教官のキャス…とここまではいい。
だがなぜかキャスの後ろにエモニモがついてきている。
「私は! 隊長がいない間の騎士隊の最高指揮者です! 軍事関連の話をするなら私にも参加する権利があります!」
「オ前、無理」
「無理じゃありませんっ!」
「無理」
「でーきーまーすぅー!」
オークの中でも長身なラオクィクと、人間族の大人としてはだいぶ小柄なエモニモ。
そんな二人が額と額をごつんとぶつけてぐぎぎぎぎと張り合う。
「…まるで痴話喧嘩じゃな」
「違ウ!」
「全然違いますっ!」
「息もぴったりじゃ」
「誰ガコンナ奴ト…!」
「誰がこんな奴と…!」
互いに相手を指差しながら声を被らせ捲し立てる。
確かに張り合い過ぎて逆に息が合っているように見えなくもない。
「エモニモ。お前は呼ばれてないだろう」
「ですが、隊長…っ!」
キャスに窘められ、それでもなんとか食い下がろうとするエモニモ。
少し本気で叱ろうとするキャスを…クラスクが視線で制した。
「確かに一理あル。お前らが村にイル間の話も聞きタイ」
「はい! お任せくださいっ!」
やたっ! と拳を握り喜びに身を打ち振るわせるエモニモ。
だがキャスが気にしていたのはどちらかというと彼女の今の反応である。
エモニモが自分を慕ってくれているのは知っている。
けれど現在キャスはオークの村の協力者であり、彼らと同席することが多い。
そしてもしエモニモや他の騎士達が彼らと共に過ごしてしまったら…
きっと感化されてしまう。
彼らを気に入ってしまう。
もしそうなったら…王都に戻れなくなってしまうかもしれないのに。
エモニモは気付いているだろうか。
あれだけ騎士達に気を許さぬようにと釘を刺していた当人が、クラスクに評価され喜んでしまっていることを。
オーク族でありながら傑出した彼の存在に…その魅力に絡め取られかけていることを。
「…兎も角、村で動物…アー家畜を飼うに当タっテの注意、ダッタか」
「はい。この辺りで一番家畜を襲いそうな危険ってなんでしょうか」
「俺達ダ」
「オークダナ」
クラスクとラオクィクが同時に発言し、互いに頷き合ってハイタッチする。
「それはそうかもしれないですけど! 確かに一番危険かもしれないですけどー! …それは私達に関しては大丈夫ですよね?」
ミエの言葉にクラスクが左目を細めて人差し指を額に当てる。
「そうダナ。この辺りはうちの部族の縄張りダ。周りの部族トも一応全部話をつけテあル。襲われル事はまずナイ」
「ですよね…」
ミエはほっと胸を撫でおろす。
というかミエ本人が村の会合で言っていたことだが、他の種族がこの辺りに村を開拓しようとしたり家畜を飼おうとすればまず真っ先にオーク族の襲撃に神経を尖らせなければならないわけだ。
ミエはあらためて自分達のメリットの大きさを痛感する。
「で…オーク族以外の話なんですけど、この辺りの狼って駆逐されたんですよね…他の動物達はどうなんです?」
「狐はタまに見かけル。見かけタら追うし殺せタら殺すが狼ほどムキにはならナイ」
「なるほど…じゃあ狐が鶏舎を襲うのは注意しないとですね」
クラスクの言葉に対案を出しつつ思考を巡らせる。
なぜこの世界のオーク達はこんなにも野生の獣に対して殺意が高いのだろうか。
だが…彼女がその疑問を口にする前に、クラスクがもっと気になる話題を振って来た。
「タダ、狼は全滅させタつもりダが…また出くわすかもしれん」
彼の言葉に一同が驚く。
…いや、正確にはラオ以外の全員が、だ。
「なんでわかるニャ? 何度か幌馬車で往復してるニャけど一度も狼なんて見かけてニャい気がするニャ」
「うむ。村での定期報告でも目撃例は上がっておらんはずじゃが」
「ゴブリンガイタ」
その疑問に答えたのはクラスクではなかった。
それは腕組みをして無言で話を聞いていた…ラオクィクの発言だった。
「ソレガ理由ダ」
「ゴブリンが…?」
エモニモが怪訝そうな顔でその長身のオークを見上げ、ラオクィクが無言で頷く。
「ゴブリンと言えば先程の連中、かなりの手練れだったな」
ゴブリンの話題が出たことで、キャスが先刻の異様なほど統制の取れたゴブリンたちの動きを思い出し、率直な感想を口にする。
「ダロウナ」
だがクラスクはさも当たり前のようにそう答え、これまたラオクィクが黙って肯く。
そのいかにも自分は理解しているという態度のどこが気に入らないのか、エモニモがむむむ、とラオクィクを睨んだ。
ラオクィクはラオクィクで、自分を
ミエは二人の険悪な様子にハラハラしながらもとりあえず話を続けた。
「ええっと…私達は遠間でよく見えなかったんですが、さっき戦ってた相手がゴブリン…って方々なんです?」
「そのようじゃな。ゴブリンはわしらノーム族と同じで小柄な一族じゃ。背は低く力は弱いが動きは素早く、集団で田舎の村を襲ったりする小悪党どもじゃな。オークに比べ力や頑強さでは大きく劣るが、その分不意打ちやら数の暴力で襲撃してくる連中じゃよ」
「へー…」
説明を聞いたミエの脳裏には、大きさ的に一瞬シャミルが集団で押し寄せてくる図が浮かんできたけれど、シャミルにはあまり素早いイメージがない。
小柄で素早い相手が集団で襲ってくる…もっと危険なイメージを持つべきだ。
ミエは腕を組んでうんうんと頷いた。
まあもっともゴブリンの実物に遭遇していないミエが次に想像したのは、大量のサフィナの群れに飲み込まれる自分だったけれど。
「性格は基本的に矮小で陰湿、弱い者いじめが大好きと言われておるな」
「あ、イメージずれました」
「何をイメージしておったのかなミエや。怒らんから言うてみい」
「おこられるのでいいません」
シャミルのジト目のツッコミにミエがぶんぶんと首を振る。
それを聞いていたクラスクが、キャスとエモニモの方に顔を向け尋ねた。
「お前達が考えルゴブリン族もこんな感じカ」
「…そうですね。おおむねそう認識しています」
「ええと…はい。数が多いのは面倒ですがそこまで苦戦するような相手では…」
キャスに続いてエモニモも同様の所感を述べる。
オーク族に当たり前のように返事をすることが不思議と新鮮で、それでいて嫌ではない自分に驚きながら。
「ならそれは…そこらのゴブリンダナ」
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