第156話 食事と相談事
「しかしお主の旦那は変わっておるの」
「そうですか? どこか変ですかね…とっても素敵だとは思いますけど」
「このお嫁さんまたのろけてるニャ」
「知っとった」
「そんな似合いの夫婦だなんて…きゃ♪」
「言うとらん」
「言ってないニャ」
村人たちや騎士達と少し離れた村の井戸の隣で、ミエとキャスとアーリの三人が角突き合わせて話し合っている。
「オーク族は徹底した実力主義と成果主義じゃろ。棄民が悲惨な境遇であったとしても、てっきり弱者が蹂躙され奪われるのは弱いのが悪いからだと切り捨てると思っておったわ」
シャミルの言葉にアーリも腕を組んでニャーニャー…もというんうんと頷く。
「確かにオーク族にはそういう傾向が見られますけど…たぶんお二人の認識とは前提が違うんだと思います」
「「前提…?」」
ミエの言葉の意味が分からず、二人が怪訝そうな声を上げる。
「オーク族はみんな強くて丈夫なんです。だから彼らは誰だって斧一本あれば相手を倒すことも成り上がることもできるし、嫌なことがあれば自力で抗うこともできる、という考えなんです。その前提があるからこそ負けた者、弱い者は努力が足りない、鍛錬が足りないと切り捨てられるんですよ」
「にゃー…」
ふむふむ、猫髭をひくつかせ同意とも否定ともつかぬ呟きを漏らすアーリ。
「でも棄民の…瘴気の被害に遭った方々はそもそもその前提を満たせていません。斧を手にして戦うだけのチャンスを最初から与えられていないんです。旦那様はそこが御不満でお怒りになられたのかと」
「ふむ…いわゆる『機会の平等』という奴じゃな。それが得られておらんから許せぬと。成程?」
「そう聞くとニャんかオーク族が立派な種族に聞こえてくるニャ…?」
「あ、いえ、でもほとんどのオークの方々は今の考え方を基本オーク族にしか適用しません。他種族のことは最初から考慮外です。だから…私もさっきの旦那様の言葉には驚きました」
誰でも成り上がれる、そして這い上がれる余地がある…オーク族ならそうであるし、そうであるべきである、という前提があるから、彼らは弱者に容赦しないし、平気で虐げる。
そして他の種族はそも彼らより弱く劣っているから搾取されるのは当然である…というのがオーク族の本来の理屈だ。
けれどクラスクは先刻、その前提を棄民達…つまり他種族にまで広げて解釈してしまった。
棄民達も斧を…いや剣でも槍でもいい。
鋤でも鍬でもいい。
挑む相手は危険な魔物でも瘴気に満ちた荒地でもいい。
とにかく何かに挑み、立ち向かうべきなのだと、彼はそう考えた。
彼ら棄民がその前提を満たせないなら、満たせる前提をそも与えられてすらいないなら…彼らをそうさせている、いや、そう仕向けている何かがおかしいのだと、クラスクはそう思ったのだ。
それはこの国…いや隣国を含めた人間達の制度であり、彼らの差別や偏見であり、そしてそれらを含めたこの世界の理不尽そのものである。
もし彼が…クラスクが、単なる己の村だけ、オーク族だけに留まらず、そちらの方向に舵を切ろうと言うのなら…それは今まで以上に大きなものに対する挑戦となるだろう。
ミエはそこに思い至ってぶるりと身震いする。
今回のことが単なる気紛れなのか、それとも彼の信念なのか、まだわからない。
けれどもし夫が、クラスクがそうしたいと言うのなら、そう望むというのなら…自分にできることは彼に寄り添って全力でサポートすることだけだ。
ミエは静かに深呼吸して、向こうで村人たちと談笑している夫の背中を見つめた。
「…素敵(ぽっ」
「おいアーリ、またのろけておるぞこやつ」
「知ってたニャ」
「ま…旦那様の横顔が凛々しいだなんてそんなこと…ありますけど♪」
「言うとらん!」
「言ってないニャ!」
頬を染めるミエに本気でツッコミを入れるノーム族と獣人族の娘。
「…こほん。話を戻しましょう。アーリさん、なんか行きがかり上この村を拠点にすることになっちゃいましたけど、アーリさん的にはどうです、ここ?」
「そうだニャー…」
フンフンと鼻を鳴らしながらアーリが村をぐるりと見渡す。
「廃村の中じゃ主街道からは外れたとこニャけどクラスク村には一番近いし、さっき通って来た道を整備すれば仕入れは一番しやすいかもニャー…うん、悪くないと思うニャ」
「わかりました。じゃあ後で出店場所見繕っておいてください。この村が今後大きくなることも見越して一番いい場所に。その他の箱モノの配置はアーリさんのお店の後で私とシャミルさんが考えますので。アーリンツ商店を最優先でお願いします」
「ニャニャ!」
ぴぴん、と猫髭を揺らし尻尾を立てたアーリの瞳孔が縦に開く。
どうやら初めて持てる店舗に興奮しているようだ。
周囲に視線を走らせながら早速よさそうな立地を物色し始めるアーリ。
「それと…お伺いしますけど、方々に噂を広めるのに向いた方とかっていらっしゃいます?」
「ニャ? 盗賊ギルドの連中に頼むとか…?」
「盗賊…? 泥棒さんはちょっと…」
うう~んと腕を組んで思い悩むミエ。
「あ、誤解してるようだから言っておくんニャけど盗賊って言っても別に全員が全員泥棒で犯罪者ってわけじゃないからニャ…?」
「あら、そうなんですか?」
「まあ後ろ暗い連中って意味では間違ってニャいんニャけど…そうだニャ―。盗賊が嫌ならあとは吟遊詩人とかかニャー…?」
「吟遊詩人! それ素敵ですね! アーリさんここに何人か連れてくることできますか!?」
「ニャー…酒代出すって言って馬車に乗せてくるだけニャら…誰でもいいニャ?」
「んー…」
ミエは少しだけ考え込んで、小さく首を振る。
「最初の一人だけは、割としっかりした方を希望します」
「わかったニャ。手配しておくニャ」
「ありがとうございます! よろしくお願いしますね!」
両手を合わせてニコニコしているミエにシャミルが眉根を顰めて問いかける。
「なんじゃ。吟遊詩人に各地でこの村の宣伝でもさせるつもりか」
「それもありますけどー…もうちょっとだけ頼みたいことがあります」
「なんじゃ。気になる言い方をするのう」
「さてお店の方はそれでいいとしてー…」
「これ誤魔化すでない! …じゃがそうじゃな、あの連中の使い道を考えんと」
「はい。単純に考えたら農地の開拓民として採用したいところですね。さっきちょっと伺ったところ皆さん農業に従事した経験がおありだそうで」
「ほう! ちょうど良いではないか。しかし棄民が農業とな…?」
「ええと…瘴気の中で無駄な行為をさせて失意と失望を魔族の糧にさせるための手慰みにやらされたりとか…あとは解放された後に小作人以下の立場で下働きをさせられたりとか…」
「おおう」
ミエの聞き取った話を聞いてシャミルが呆れたような声を漏らす。
「ともあれ農業経験者がいるのは心強いです。私は農法についてはともかく実地の農作業はとんと素人ですから」
「ふーん、意外ニャ。農作業とか好きそうなイメージだったんニャけど未経験かニャ?」
「こやつは話を聞く限り相当育ちが良さそうじゃからな。農作業なんぞする必要もなかったのではないか?」
「いやー…きょうみはすっごくあったんですけどねー…」
シャミルとアーリは彼女の前の人生を知らない。
病弱で家より学校より病院にで過ごすことが多かった彼女の病的に細い腕を知らない。
燦燦と降り注ぐ太陽の下もぎたての野菜を齧ることを夢見ながら…ベッドの上で咳込んでいた彼女を知らないのだ。
ミエは、そんな自分が今こうして体を存分に動かせることに感謝した。
そしてかつての自分を知らぬ彼女たちが、自分の事を好き勝手に推測する様をとても好もしく思った。
「ふふ」
「なにを笑っとる」
「いえ、なんでもありません」
「なんじゃ、気になるではないか!」
知らず笑みが漏れてしまうのを止められない。
だからきっと今の自分は…とても幸せなのだろう。
そんなことを思いながら、ミエは口元を綻ばせた。
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