第147話 逃亡と合流と

「な、なんでオークが…!?」


騎士隊副隊長のエモニモが驚愕し、同時にゴブリンたちの間にも緊張が走った。

唐突に表れた助っ人、それも人間達より一回りも二回りも大きなオーク、しかもなぜか騎乗している。


ゴブリンも騎士達も、これまで馬に乗ったオークなど見たこともなかったのだ。

衝撃を受けるのはむしろ当然と言えよう。


と、突然ゴブリンの一匹が口笛を吹き鳴らした。

それと同時に他のゴブリンどもが一斉にこちらから距離を取り、そのまま戦場を離脱しようとする。

かなり統制の取れた動きである。


キャスがそれを追おうと馬首を向けた瞬間、ゴブリンのうち殿しんがりを務めていた二匹が速度を落とさぬまま小さく跳躍し、彼女の方へ半身を向けて短剣を投擲してきた。


それぞれ四本と八本。

いずれもキャスと彼女の騎乗している馬を狙ったものだ。


素早い剣捌きでそれらを難なく弾いてのけたキャスは、けれど騎乗しているうまいラクリィを守るために幅広く受け太刀をせねばならず、そのために彼を一度落ち着かせる必要があって、その間にぐんと距離を取られてしまう。


無論こちらは馬、相手は徒歩かち、それも障害物の少ない草原である。

鞭を打って追えば負えなくはない。

…が、彼女はそれを断念した。

その前にやらねばならぬことがあったからだ。

部下達の安否の確認である。


「お前たち、無事か!」

「た、隊長…」

「隊長だ…マジで隊長だ…」

「たいちょおおおおおおおおおおお!!」


騎士達がよろめきながらも彼女のところに殺到する。


「隊長こそ…よくぞ、御無事で…!」


副隊長のエモニモが目尻に涙を浮かべながら、陽光を背にしたキャスの前へとやってきてへたり込む。

緊張が解けて一気に力が抜けたのだろう。

その様はまるで女神の前に跪く敬虔な信徒のようだ。


「誰も死んでないな。よし、で…何故おまえたちがここにいる?」

「「「う゛…!」」」


突然キャスの声のトーンが変わり、エモニモ達が言葉を詰まらせる。


「エモニモ。私はてっきり王都に帰ったものと思っていたが」

「わ、私達は隊長の事が心配で…! お、王都にはちゃんと連絡しています!」

「そうですそうです! 隊長がいないと森を抜けられねえし遠回りになっちまう! それなら隊長と合流してからって、思って…」


騎士達の口数が少しずつ少なくなってゆく。

ゆっくりと…騎馬のオークが彼らの前、騎士隊長の隣にその黒馬をつけた。


「お前の部下は無事カ」

「なんとか。助力感謝する」

「俺は何もしテなイ」


当たり前のようにそのオークと言葉を交わす隊長に、騎士達がぽかんと口を開ける。


「た、隊長…!」

「なんだ、エモニモ」

「あ、あの、その、ええっと…」


そのオークが何者なのか…騎士達はすぐに思い出した。

あの日、あの時、自分達の前で演説をぶった巨漢のオーク…あの森のオーク達の族長である。


なにせ初めて見せつけられた彼らの隊長の敗北である。

その上当時の彼女の格好と言い、略奪された経緯といい、彼らには色々と衝撃的過ぎた。

忘れようがないのも当然と言えよう。


副隊長エモニモは震える指でキャスを指し、その後そのオークを指差して、己が疑念を口にした。


「隊長は、そのオークの、しょ、所有物にお成りになられたのですか…っ!?」

「はぁっ!?」


一瞬言われていることが理解できず、次に内容を把握して頬を染め、最後に彼らと別れたあの日の様子を思い返してみるみると顔が真っ赤になってゆく。



そうだ。

そうだった。



彼らは誤解している。

自分が期限付きでオーク達の虜囚となって、これまでの期間性的に蹂躙され続けていたと思い込んでいる。


そんな彼らが今の彼女の様子を見たらどう思うだろう。

オークと親しげに話す自分の姿を見たら。

快楽を前に屈服し彼の性奴となり果てたのだと誤解しても仕方がないのではなかろうか。


なまじ頭の回転が早いだけにすぐにそこまで思い至って、キャスは遂に耳先まで朱に染め上げた。


「ち、ちがう! こ、これにはわけが…」

「え? だって隊長はそいつにめっちゃ抱かれて…」

「ま、まだ抱かれてないっ!」

「「「まだ…?」」」

「あう゛……っ」


真っ赤な顔のままクラスクの方を見、部下達の方を見て、口をぱくぱくさせるキャス。

様子のおかしな彼女を見ながら不思議そうに首を傾げるクラスク。

なんとなく察する騎士(男子)の面々。


「あ、あ、あああああ…!」


敬愛する隊長と、憎きオークと、二人の間…というよりむしろ隊長の方からそのオークに一方的に向いている矢印を敏感に察しつつ、だが認めたくなくって、二人を交互に振るえる指で差しながら奇妙な声を上げるエモニモ。

よろめくように二、三歩下がった彼女は…背後にいた馬にどんと背中をぶつけてしまう。


「あうっ!? あ、あの、すいませ…!?」


そこにいたのは…鹿毛かげの馬…おいしいヤウイーにまたがった別のオークだった。

そしてこれまた彼女にはやけに既視感があるオークである。



「アア、確カアノ時ノ…ジャナカッタ、カ」

「あ、あ、お前、お前は……っ!?」



それが、とどめだった。

翡翠騎士団第七騎士隊副隊長エモニモは…




凡そ貴族の女性には憚られるレベルの奇声を上げた。





×        ×        ×





「つまり私と別れた後馬を預けたあの村にお前たちはずっと待機していたのか」

「うっす。あのまま戻っても立場ないっすから」


騎士隊の騎士の一人、ライネルが村へと案内しつつキャスの質問に答える。


「まあ副隊長の言った通り一人は連絡に出しましたけど」

「内容は?」

「立て込んでるんで時間かかります的な? なんか不味かったですかね」

「いや、構わん」


部下をねぎらいつつ、キャスは自分達の後にぞろぞろと付いてくる騎士達の疲労困憊した様子を見ながら呟いた。


「そうか…お前たちの様子がおかしかったのはのせいか」


彼ら騎士隊はエモニモの指揮の下、隊長が戻ってくるまでと馬を預けた村に滞在していた。

村の近くは瘴気が抜けたため草原となっており、馬の食事には事欠かなかったけれど、騎士達は流石に草を食べるわけにもゆかぬ。

彼らは都に戻るための食料を節約しながらなんとか今日まで食いつないできたというわけだ。


そして今日、ゴブリンたちが村を襲おうとしていたのでそれを食い止めるべく、なんとか動ける者だけで武器を取って出撃し…結果あの体たらくとなったわけである。

当然というか、騎士達の残り半分は村で空腹にさいなまされながらぐったりとしてる。


「…村の者から食料の供出などさせていないだろうな」

「やってません! いやちょっとやりそうになりましたけどああ怖い怖いその目で見ないで後で隊長にどんな目に遭わされるか分かったもんじゃないからって結局やめました! やめましたって!」

「よろしい」


憤怒の籠った目で見つめられたライネルが正直にあらいざいらい白状し、キャスが及第点を与える。


「まあお陰で空腹が酷くてゴブリン相手にあの体たらくでしたけど…」

「いや、だが結局それで全員無事だったのだ。お前たちは正しいことをした。よくやったぞ」

「隊長…!」


珍しくキャスに褒められて瞳を輝かせたライネルは、馬上の彼女を見上げ…そして彼女の横に馬を付けて話を聞いているオーク族の族長が嫌でも目に入った。


「しかしこれだけの期間よくオーク達にばれなかったものだ…クラスク殿?」

「その頃訓練でずっト忙しかっタ。襲撃やめテタ。ウン、見回り増やすべきダッタナ」

「…そうだな。哨戒も大切な仕事だ」


彼ら半端物の集団を一人前の騎士に仕立て上げた、厳しくも頼もしい女騎士隊長が、そのオークに対してはどことなく落ち着いた、な雰囲気を醸し出している。


「なんか新鮮っす…」

「なんだ」

「いえなんでもないっす! あ、隊長、村が見えてきましたぜ!」




彼が指差した先には…確かに村落らしきものが見える。

どうやらここが目的地のようだ。




「…そろそろ到着だぞ。エモニモ」


目的地を目の前にキャスは少しだけ肩の力を抜いて…なぜか隊の一番後方にいる副隊長に声をかけた。



「ですから! 次こそは! 今度こそは! 絶対負けませんってば!」

「何度ヤッテモ同ジ。今ノママジャオ前俺ニ勝テナイ」

「な…っ! なんでそう言い切れるんですかっ!」

「オ前ノ剣ノ使イ方誰カノ物真似。オ前ニ合ッテナイ。真似スル奴ト体格違ウ。動キ無駄デキル」

「ぐ…っ!」

「オ前クァヴル…ジャナイ、チビ。チビッコイノクァヴリィチビッコイノクァヴリィノ戦イ方アル。ソレシナイノダメ。無理ナ戦イ方通用スルノ自分ヨリ弱イ相手ダケ」

「またチビって言いましたねこのデカブツ!」

「言ッタガドウシタ」

「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ…!」

「…女ハモット大人シイ言葉遣イシタ方ガイイ。モテナイゾ」

「よ…っ! よーけーいーなーおー世ー話ーでーすーっ!!」


栄えある王国翡翠騎士団第七騎士隊副隊長エモニモは…






先程から延々とラオクィクに絡み続けていたのだった。






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