第141話 見つけた道しるべ
「あのー…アーリさん、地図を見ててちょっと思ったんですけど、いいです?」
「ニャ? 次はアーリに質問かニャ?」
こくこく、と頷くミエ。
ゲルダの膝の上でこくこくこく、と真似っこするサフィナ。
「ええっとこの森の街道を通過する隊商ってかなり多いですよね? アーリさんがこの村に来たときもそうでしたし」
「ニャ」
ミエの質問にアーリが同意の意を示す。
「それって森の東には万年雪の積もる
「まあおおむねそうニャ」
「でもこのあたりってオーク族の縄張りですよね? うちの村以外にも結構集落がありますし…襲われれば女性は攫われるし命の危険もあります。なのになんで隊商の数が減らないんです?」
ミエの質問に対し…アーリは猫髭をヒクヒクと揺らし耳を立て、ミエの予想だにしなかった答えを返した。
「ここがオーク族の縄張りだからニャ」
「ふぇっ!?」
びっくりして目を丸くするミエに、アーリはニマニマと口元を愉し気に歪めて話を続ける。
「ミエはすっごく頭が回るニャ。でも商人の考え方ができてニャいニャ」
「商人の考え方…ですか?」
「ニャ。ミエはオーク族に襲われるっていうデメリットをなくして、その上で一番メリットの大きいルートを考えようとしてるニャ?」
アーリの言葉にこくこく、と頷くミエ。
こくこくこく、と真似っこするサフィナ。
釣られて頷くゲルダ。
「商人の考え方は違うニャ。デメリットも足し込んだ上で一番メリットの大きなルートを考えるのが商人ニャ」
「それは…オーク族に襲われる以上のメリットがあるってことです…?」
人が死ぬかもしれないのに? という言葉をミエは飲み込んだ。
ここは命の価値が低い世界なのだ。
ミエはオーク族の村で過ごすことでそれはよくよく理解しているつもりだった。
「ニャ。オーク族は人間族やエルフ族、それにドワーフ、ノーム、獣人族…多くの異種族と仲が悪いニャ」
「それは知ってますけど…」
「同時にゴブリンや
ミエがクラスクの方に目を向けると、彼は腕組みをしてうんうんと頷く。
「アイツら狩りト襲撃の邪魔」
「そういうことニャ。オーク族の縄張りはオーク族の脅威が常にある代わりに他の脅威度が下がるニャ。あとは狼みたいな肉食獣も全滅させるから夜営の危険度も下がるニャ」
「はあ…なるほど」
話の流れで当たり前のように言われるが、狼と言えば犬の御先祖様である。
なぜこの世界の住人は狼をそんなに邪険に扱うのだろう。
無論襲われたらとってもとても困るのだけれど。
ミエはそのあたりが気にならぬでもなかったが、話の続きの方に気を取られとりあえず聞き流すことにした。
「あと危険な種族は
開き直ったようなアーリのセルフツッコミに顔を逸らして笑いを堪えるシャミルとゲルダ。
「ああ…ええっと、リスクマネジメントできるってことですか」
「言葉の意味はよくわからんがだいたいそんな感じだと思うニャ。それに東の山の方にはもっと荒っぽいオーク族の集落があるニャ。西の丘越えは小国が多いから関税が嵩むニャ。色々考えるとここを通るのが損得勘定で一番マシって結論になるんだニャ」
「ああ…成程、そうですねえ」
しげしげと地図を眺めながらミエが呟く。
この森を南に抜ければバクラダ王国、森を北に抜けて西に行けば
「ええっと…王国の北にある街…ドルム、って読むのかしら?」
「防衛都市ドルム、だな。北に広がる
「なるほど…ここがそうなんですね」
キャスの言葉にミエが感心したように地図を覗き込む。
つまりここに主要戦力が結集し魔族に備えているお陰で他に割く戦力が足りず、結果このあたり一帯が目こぼしされているわけである。
これもまたこの世界独特の理由と言えるだろう。
「ホントに交通の要衝なんですねえ…」
「ま、オーク族の縄張りニャから街は作れニャいけどニャ」
「ウン。全部奪った(ムフー」
「クラスク殿、そこは自慢しないで頂きたい」
鼻息荒く戦果を誇るクラスクと、苦虫を噛み潰したかのような表情のキャス。
ミエはそんな二人の様子にくすりとしつつ地図を眺めて、ふとあることに気づく。
「…ねえねえアーリさんアーリさん、地図見てみるとなんかうちの村のあるこの森…
「アーリも詳しくは知らニャイが、その辺りには幾つか廃村があるニャン。地図の道はその廃村と廃村を繋いでるニャ」
「ああ…!」
ぽむ、とミエが手を叩く。
確かにそこに4つ5つ村があると仮定すればその錯綜した街道にも納得できる。
「それはこの国の建国当初に計画された村々だろうな。ただ当時は瘴気もまだ濃く魔物やオーガなどの危険な種族も徘徊していて、結局は全滅したそうだ」
「まあ…」
アーリの説明をその辺りの事情に詳しい騎士隊長キャスが補足する。
「その後も幾度かそのあたりに入植の計画があったようだが、その都度失敗したようだな。近年だと主にオーク達に襲撃を受けて壊滅したと」
「ウンウン。全部襲っタ(ムフー」
「クラスク殿、そこは得意げに語らないで頂きたい」
自慢げに語るクラスクに額を押さえて嘆息するキャス。
「ばらばらの道って…整備はなさらないんですか?」
「誰が整備するニャ? 近くに街もなければオーク族の襲撃も怖いニャ。しかも街道を一か所にまとめたら十字路…というか細かい行き先まで含めたらたぶん五差路か六差路になるニャ。そうすると隊商はは必ずその一点を通過するニャ」
「はい。その方が便利じゃないです?」
「待ち伏せする方も便利だニャ。アーリがオークならそこで張って必ず通る隊商を襲うことにするニャン」
「それは便利ダナ!(ムフー」
「…クラスク殿」
アーリの言葉にクラスクが興奮し、幾度目かのキャスがツッコミが飛ぶ。
「ああ…つまり今のこの街道の錯綜した造りは偶然ですけどオーク達の襲撃を分散させる役目も果たしてるんですねえ」
「そういうことニャ」
「ふむふむ、なるほど…」
ミエは頭の中で何かを組み立てながら思索に耽る。
この世界特有の事情である魔族と瘴気。
人型生物の特性と瘴気の浄化のための国家樹立と運営。
南にある軍事国家との繋がりと軋轢。
商人の理屈とオーク族の支配領域。
となると、あと聞くべきこと、聞くべき話は…
「…シャミルさん」
「ん、なんじゃ。巡り巡って最後はわしか」
シャミルのいかにもわかった風な問いかけに、ミエが肯く。
「その…瘴気、ですか? それってこの辺りに残ってるんでしょうか。私そんな地面から立ち上ってる黒い煙みたいなもの見たことないんですけど…」
「そうじゃな…そういう話ならエルフ族の方が得意じゃろ。サフィナ、どうじゃ」
あまり話に加われずゲルダの指を掴んで遊んでいたサフィナはシャミルに唐突に話を振られ目をまん丸くする。
「えっと…村と村の周りにはもう、ない」
「そうなの?」
「ない。でも村からちょっと離れると、森の中はまだ割と瘴気残ってる。森から出たらもっと濃いと思う。目に見えるほどじゃない、けど…」
「ふうん…やっぱりそうなんだ」
「?」
サフィナの言葉を予期していたかのようにミエが呟き、サフィナが不思議そうに小首を傾げる。
「ありがと、サフィナちゃん。今の言葉で…ようやく見つかった。私達のやるべきこと」
「ニャ? わき道に逸れたけどうちの商会の本店を作ろうって話じゃなかったニャ?」
「はい! それなんですけど…」
ミエは、地図の上、この森の北のあたりを指差して、こう言い放った。
「ここに、街を作りましょう!」
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