第140話 瘴気地開拓民

おお…と一同からどよめきが漏れる。


「お前頭イイナ!」


クラスクが感心しように瞳を輝かせてキャスを見つめ、

一方で顎先に指を当てたミエは眉をひそめて考え込んだ。


「でも実際には森は襲われてませんよね…?」

「そうだ、ミエ。確かに実際はそうはなっていない。国王陛下がバクラダ王国の申し出を全て断っているからな」

「おー…この国のおうさま、サフィナたちのみかた…?」

「そうではなかろ。独立派であるならばに貸しを作るわけにはいかんのじゃ。国政につけ入る隙を与えるからのう。その方針がたまたま結果的にこの村の利となっておっただけじゃ」

「おー…」


サフィナの素朴な感想をシャミルが丁寧な説明で否定する。


「…デモキャスは攻めテ来タ」

「そうだ。他国にせっつかれるまでもなくこの辺りの治安が悪いのは事実だし、オーク達によって隊商が幾度となく襲われているのも間違いない。バクラダ王国の商人達もよくここを使うので早く改善してほしいとの催促が頻繁に来ているのだろう。そして圧力を受けたこの国は何も手を打たないわけにもいかず…まあ末席の私が派遣されてきた、というわけだ」

「なるほどな。だいたい事情が分かったわい」


キャスの言葉にシャミルが腕組みをしながら大きく嘆息する。

他の面々も村の周りのがそれなりに理解できてきたようだ。

ただ…商人のアーリだけは今のキャスの言葉に少しだけ首を捻っていたけれど。


「どうしましたアーリさん」

「いや…大した話じゃないニャ」


ミエに尋ねられ、問題ないと手を振るアーリ。

ただ内心浮かんだ僅かな疑念が彼女を思索に耽らせる。


確かに今の話には筋が通っている。

通っている、が…それをには出来まい。

なにせ「隣国から圧力を受けているから仕方なく騎士を派遣します!」なんて公式に言えるはずがないからだ。


だから彼女が派遣される際のが別にあるはずである。

街で翡翠騎士団が出兵するとの噂を聞いたとき、彼らが語っていたその理由はなんだったろうか。


当人に聞いても今の様子からはおそらく知らぬのだろう。

アーリは村の外に出た後少し調べてみるか…と自分なりに結論を出して一人肯いた。


「あのー…ところでキャスさん。私からもひとついいでしょうか」

「ああミエ、構わない」

「ええっと…国王さん…国王様? のお立場はわかりました。でもそれってよそに公言していいものなんですか? 周知の事実とか?」

「国の政治の中枢に関わっている者で知っている者ならまあ知っているだろうな。ただそれより下には陛下はあくまでバクラダ派かもしくは中立派だと思われているようだ」

「なら…それは私達に教えてしまっていいものなんです…?」

。だが私が必要なことと判断した」


キャスはミエの言葉にさらりとそう答える。


「必要…?」

「ああ、ミエ。お前達の…この村の目的を達成するためにはがある。この村のに公的に認めてもらう事だ。まあ絶対条件ではないが」

「…『絶対』ではないんですか?」

「他国から攻められても国土を守り通せるだけの十分な武力かもしくはがあれば、どの国からも認められなくてもその地に居座り続けることができるし、長い年月とともにそれは既成事実化できるだろう。ただそれが用意できないのなら必要条件を満たさなければならん」


んん~…と人差し指を顎に当て、眉をハの字にしたミエが少し沈思する。


「え~っと…キャスさんの言いたい『公的に認めてくれる相手』っていうのは国王さん…様? のことですよね? キャスさんは国王様のために私達に頑張って欲しい、ってことですか?」


キャスはミエの頭の回転の速さにほとほと感心する。


「いい線を突いている。が…少し違う。この村がどこかの国相手に穏便に目的を達成しようというのなら、国王陛下がその相手として最も理に適っている、という話だ」

「ははあ…国王様の目的が独立なら国の目的はなにより魔族の来襲に備えた軍備、次に瘴気の浄化と耕作地の拡大、それに加えて他国との軋轢に備えた自衛力が必要ですものね。要は猫の手も借りたいイェムサムズ オポム スト フォーヴ イッヘ ゲスってことで…」

「ニャ、そこはかとなく気になる言い回しニャ」

「そして王宮内は他国の勢力がのさばっていて味方が少ない…となれば自分の目的に沿ったが国内に台頭してくれば積極的に取り込もうとしてくるはず…ってことか…」


ぶつぶつと呟くミエの言葉にキャスが瞠目する。


「いや驚いた。まさかヒントも出さずにそこに辿り着くとは…」


ミエは頭の中で何かが組み上がってゆくのを感じる。

だが足りない。

まだ何かが足りない。

それが何なのかはよくわからないけれど。


さて、ミエが考え込んでいるその横で、難しい話が多い為からあまり会話に参加できず暇を囲っていたゲルダは、手持無沙汰にサフィナを抱えて膝の上に乗せ、時折指先で髪を梳いていた。

サフィナはサフィナで何が楽しいのかふんふんふんと鼻を鳴らして軽く興奮状態にある。


そんなゲルダが、けれど何か気になることがあったらしく、挙手をしてキャスに質問の許可を求めた。


「なあ…少し話は変わるんだけどよ。ちょっといいか」

「なんだ。ゲルダ殿。私にわかることであれば」

「北の森に追い払った魔族連中がいてまた出張ってきたら困る、だからそれを押し留めなきゃならねえ。それには力が必要だ。だからその新しい国? にあちこちの国が兵士を派遣する…ってえ話なんだよな?」

「ああ。各国の精鋭がこのアルザス王国の軍事力の礎となった」


キャスの言葉にゲルダはおうと頷き、サフィナがこくこくと真似をした。


「そっちの理屈はわかんだよ。けど農民の方はどうなんだ。そりゃ浄化すりゃ人が住めるって話で元は瘴気だらけのひっでえ土地なんだろ? そんなとこに行こうって奇特な奴がいんのか? それともあれか? 強制労働ってやつ?」

「いやいやいや。それではダメじゃ、ゲルダ」


だがその質問に答えたのはキャスではなくシャミルであった。

シャミルはニヤニヤ笑いながら肩をすくめ、残念そうに首を振る。


「さっき言うたじゃろ。瘴気は心の弱き者から気力や活力を奪う、と。瘴気に満ちた危険な土地に犯罪者や奴隷を送り込むのは誰しも考え付くことじゃが、嫌々連れて行かれた者は心が弱っておる。すぐに心を病み身体を病んでそのままじゃよ」

「なんだよ…じゃあどうしようもねえじゃん」

「それがそうでもない。募集をかけたら大挙して志願者が集まる程度には人気じゃぞ? 瘴気地の開拓は」

「マジで!?」

「おー…?」


愕然とした表情のゲルダと興味深そうなサフィナ。


「それ私も驚きなんですけど…どういった理由で?」

「うむ。ミエは知っておるかの。農民には大きく二種類おる。自ら土地を持っている者とそうした連中から土地を借りて耕作しておる者じゃ」

「ええっとこの世界こっちにも用語的にあるのかな…? あ、あったあった。地主レムイモル小作人ソーメムスのこと、でしょうか?」

「そうじゃな。正解じゃ」


二人の話を聞きながらゲルダが指を折って首を捻る。


「ん~…地主が土地持ってて…えー…なんだって?」

「おー…同じことしてもこさくにんはじぬしにお金払わらないといけない。だからその分じぬしの方がおとく…?」

「それだ! ハハハサフィナは賢いなあ」


ゲルダに指で撫でられふんすふんすと得意げなサフィナ。

張りつめていた部屋の空気が少しほっこりする。


「そうじゃ。サフィナの言う通り地主の方がずっとじゃな。そしてほとんどの国では農民は世襲じゃ。先祖代々地主なら子孫も地主、小作人に生まれたのなら子々孫々ずっと小作人じゃ。まあ地主でも次男坊三男坊はまた違うじゃろうし、小作人でも地主の娘とねんごろになれば話は別じゃろうがな」


なんとも世知辛い話ではあるが、それはミエにも納得できる話であった。

彼女の世界でも往々にしてそうした格差があったからだ。


「…が、ここに数少ない例外がある。それがじゃ」

「あ…もしかして…!」

「そうじゃミエ。流石に聡いのう。魔族を追い払い入植可能となった無主の土地は、。いわば裸一貫で地主になれるわけじゃ。当然多くの小作人が応募する。やる気があるから士気が高い。士気が高いから瘴気の害も受けにくい。実際ここより南の幾つかの国の地主どもはそうした経緯で土地持ちとなった者が少なくないのじゃ」

「「へえええ~~~~…」」


へえボタンがあったなら連打しそうな勢いでミエとゲルダが感心し、サフィナが目をまんまるく見開いた。


その辺りはミエの元いた世界とは国や土地の感覚から違うようである。

ミエは忘れないようにしっかりと心のメモ帳に書き加えた。


「なるほどな…そんな感じでこの国ができたのはなんとなくわかったよ」

「わかった? ゲルダ本当にわかった?」

「うっせーぞサフィナ」

「ぐりぐりいたい…」


指先でサフィナのこめかみをぐりぐりしつつゲルダが話を続ける。

サフィナが助けを求めるようにおぶおぶと両手をばたつかせていた。



「なるほど…そっか、土地の浄化か…」



ゲルダの質問とこの世界らしい解法に感心しつつ、ミエは少し張った腹を撫でながら地図を見つめて…



ふと、以前から気になっていたことを思い出した。





そう言えば、なんでオークに襲われるとわかっていて、商人達はこの森を通るのだろうか、と。




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