第134話 クラスク村会議
「おー! コルキ! コルキじゃニャいか!」
「ばうっ!? ばうばうっ!!」
アーリンツ商会社長アーリンツ・スフォラポルは両手を大きく広げて歓迎のポーズを取った。
彼女を見て驚いた風の飼い犬…もとい飼い狼コルキは、だがすぐに嬉しそうに吠えると自らを繋ぐ鎖の先端の杭の咥え引き抜きぽいと横に放ると一心不乱に彼女へと駆けだし跳びついた。
「ニャッハハハハハハ! くすぐったい! くすぐったいニャ!!」
「きゃんきゃんばうっ! きゃうんきゃうん!」
お互い抱き合って地面をころころと転げまわる。
かつては狼族が大の苦手だったアーリだが、コルキのお陰で見事それを克服、今や社員として狼獣人を雇えるまでになっていた。
コルキとも今では姉弟のような付き合いである。
いやコルキ的にはむしろアーリこそ手間のかかる妹のような扱いなのかもしれないが。
「…なんかアレ鎖の意味なんもなくねえか」
「まあこういう時でもないと自分から引き抜くことはありませんから…」
「妙に物分かりが良すぎなのが却って不気味じゃな…」
ゲルダ、ミエ、シャミルがじゃれ合う二匹…もとい一人と一匹を見ながらそんな感想を述べる。
「いやー久々の再会の挨拶は強烈だニャー」
「ばうばう! くぅ~ん」
「おーよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしニャ!」
「きゅう~ん…くぅんくぅん」
アーリに撫でられるところんとひっくり返して腹を見せ尻尾でばたばたと土煙を上げながら甘えた鳴き声を上げるコルキ。
もはや狼なんだか駄犬なんだかわからない風情である。
その後埃を払い立ち上がったアーリは…コルキに舐められ見事に全身べっとべとであった。
「クラスク、ミエ、すまニャいけど話は風呂に入ってからでいいかニャ…?」
「構わン。好きに使っテくれ」
「はい! 旅の疲れもあるでしょうしゆっくり入ってきてください。その間に人を集めておきますね」
「頼むニャ」
アーリはシュタッと片手で挨拶するとぴゅーんと公衆浴場へと駆けてゆく。
猫は風呂が嫌いというが、どうやら彼女には当てはまらないものらしい。
そしてコルキはアーリに一通りじゃれついて満足したのか、自分の後ろに引きずっていた鎖の先端にある杭を咥えると、そのままスタスタといつも繋がれていた辺りまで運び、顔を横にして杭穴に差し込んで、たしたしたしと肉球で押し込めて、そのままその場で丸くなって大きく欠伸をした。
「おー、コルキの奴あたまいいなー」
「ちょっと待て流石に賢すぎやせんか!?」
「そうですか? いつものことかと」
「そうそう。イつものコトイつものコト」
「お主ら絶対感覚麻痺しとるからな!?」
コルキの様子に感心するゲルダと眉根を顰めるシャミル。
そして特に動じた風のないクラスクとミエの夫婦。
「ところで私はここにいていいのか?」
そしてその様子を後ろでずっと眺めていたキャス。
「はい! もちろんです!」
「だがその…なんだ。今から行われる会合は村の重大事なのだろう? 部外者の私がいると色々と問題があるのではないか」
「キャス部外者違ウ。今は村の仲間」
「そうですよ。それに村の外の方の視点はひとつでも多く欲しいですから」
「ふむ、そういうことなら」
キャスが見たところどうもクラスクとミエはずっとアーリを待っていたようだ。
彼女からの外の情報を以てこの村の今後の行動方針を決めるつもりなのだろう。
とすれば今から行われるのは相当の重大会議である。
キャスは現在この村の協力者ではあるが、この村を出たら王国側…つまり彼らの敵側に回るかもしれない存在である。
その相手に参加を要請する感覚がキャスにはよくわからなかった。
ただ…それと同時にとてもクラスクとミエらしい、とも感じた。
その程度には彼女もこの村の事を、そして彼らのことを理解できるようになったようだ。
「遅レテスマナカッタダー! サフィナ連レテ来タドー!」
「お、お、ままたたせせせせ…」
花畑の方からワッフがサフィナを肩車しながら駆けてくる。
サフィナはワッフの上でがくがくと揺れながらなんとか言葉を紡いでいたが、妙に頭がぐるんぐるん回っている。
「到着ダドー!」
「くらくらするの…」
そしてミエの前で着地すると同時にふらふらとその場で回り始めた。
× × ×
「というわけで全員揃いましたね」
族長宅の応接間に集まったのは家主であり族長のクラスク、族長夫人で身重なミエ、ゲルダ、シャミル、サフィナのいつもの三人にアーリンツ商会社長のアーリ、それに王国の翡翠騎士団第七騎士隊隊長たるキャスの七人である。
本来ならラオクィク、リーパグ、ワッフの三人も招くところなのだが、彼らにはクラスクが後から伝えるということで村で普段通りの業務を続けてもらっていた。
だいぶ文化的になってきたこの村ではあるが、それでも『上』の目が一切届かない状態であまり長く放置はしたくないのである。
そのあたり、この村もまだまだ過渡期と言えるだろう。
「で、どうなんですか売れ行きの方は」
「今回も絶……好調ニャ! 一回目は半信半疑だった客が二度目に同じ町に行くと目の色変えて買い求めてくるニャン」
ミエの問いに待ってましたとばかりに瞳を輝かせるアーリ。
商売人として商品を高く評価されるのが嬉しいのだろう。
「それはよかったです!」
「ま実際あの値段であの品質なら跳びつかないの方がおかしいんだけどニャ…アーリなら絶対ほっとかないニャ。もっと高くしてもイケるニャよ?」
「私の常識からするとむしろ高すぎるくらいなんですけど…とりあえずこのままで行きましょう。今のままでも十分利潤はありますし、お金儲けのためにやってるわけでもありませんしね」
「まあそうだニャ―…でも勿体ニャイ…」
ミエとアーリのこの会話はこれまでアーリが村に来るたびに行われているものだ。
だが今回初参加のキャスはその辺りが理解できず、挙手をして発言の許可を求めた。
「そんなに安いのか?」
「まあニャー。別の商人がうちの品を全部定価で買い占めて倍の値段で王侯貴族に売りつけても商売になる程度にはやっすいニャ」
「そん
なに」
驚くキャスに頷くアーリ。
いつものことと受け流すゲルダたち。
「いや、しかし、それは…実際商人達に買い占められてしまうのでは…?」
当然の疑問にアーリは肩をすくめて首を振る。
「だからお一人様のまとめ買いはお断りしてるニャ」
「うちとしては少しでも多くの人に知ってもらうことの方が大事ですからね」
「あとはまあ誰か一人が貧乏人雇って別々に並ばせて後からかき集めるみたいなやり方もアーリが見える範囲では止めてるニャ。店員たちの中には騙された連中もいるかもニャけど…」
「でもその場合、並んだ人達の数だけうちの商品に多く触れていただけてるわけですから、別に損ではないかと」
「なるほど…」
キャスはミエの思った以上にしたたかな戦略に感心する。
「しかし商品に触れると言ってもその買い子は全すべての商品を後ろで糸引いているその…悪徳商人か? に渡してしまうのだろう?」
「買い子とは国王直属の騎士団の隊長様がまた随分と専門的な用語を知ってるニャー」
「いや…私は騎士と言っても市井での暮らしが長かったからな…」
「ニャァン…?」
アーリは少しだけ不審げな目でキャスを見つめた。
喩え市井での暮らしが長かろうが普通の暮らしをしている者は買い子のような専門的な単語は使わないし覚えない。
覚えるとすれば使う側の商人か、或いはこき使われる側の貧民のどちらかだ。
翡翠騎士団第七騎士隊隊長キャスバシィはハーフエルフである。
アーリの目から見て彼女の年恰好は人間換算で
つまりハーフエルフとしては八十歳頃ということになる。
八十年前と言えばあの大戦の端緒となったバクラダ王国北端の魔族騒ぎがあった頃だ。
その時に何かあって、例えば戦災孤児になって貧民街で暮らしてた…のようなことはあり得るのだろうか…?
「アーリさん?」
「ニャウッ!? ニャンでもニャイニャンでもニャイニャ!」
「?」
突然我に返り慌てて言いつくろうアーリ。
とりあえず他人の詮索は後回しにしよう。
彼女はそう決めて本題に戻ることにした。
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