第124話 熱心な若者たち
「教官! ココハドウナンダ?」
「オ前コウ言ッテタ! デモコウイウノモアル! コレデキルカ!?」
「剣ノ握リ方ト振リ戻シノ時ノ手首ノ使イ方ナンダガ…」
「オー、アー、強ク振ル! 強イ! ジャダメカ?」
キャスがオーク達に剣を教え始めて暫くが経った。
彼らの共通語の習熟も剣の練度もまちまちだが、皆驚くほどに上達している。
それは彼らが種族全体で戦闘に高いセンスを有していることと同時に、戦いに関して強いモチベーションを有しているからだ。
「まあ肉体的に優れていて才能があってその上やる気があるなら強くなるのは当たり前の話ではあるが…」
質問に丁寧に答えながらもキャスは少し憮然とする。
そういう個人がいるのは別にいい。
けれど種族としてそうであるというのは敵として考えるとかなりの脅威である。
自分はいずれこの村を離れる。
いつか彼らと戦うことがあるかもしれない。
そう考えたとき、その成長の速さと伸びしろが少し恐ろしくもなった。
もしかしたら自分はとんでもない敵を自ら育てているのではないか…?
キャスはそんな自問自答を幾度か重ねていたが、答えは出なかった。
そういう時に備えてわざと間違った指導をしたり自分だけが突けるような欠点を教え込むような小手先の対策はできるかもしれない。
けれど己に群がる生徒達の熱意を前にして、そうした小細工をするにはキャスは少々誠実過ぎた。
「トコロデ教官今日ヒマカ!」
「俺ト森ニ狩リニ行カナイカ!」
「俺ニ個人指導シテクレ!」
「あー、
「「「エー」」」
ただまあ、暇さえあればすぐデートに誘ってくる事には少々辟易したが。
「オオイお前ら! 教練ノ時間ハ終わりダ! 次の仕事ハドウシタ!」
「「「ウヘ! 族長!」」」
「クラスク殿!」
手を叩きながらクラスクが大股でのっしのっしとやってきて、オーク達は慌てて退散し、キャスが顔を輝かせた。
「ハッハッハ、
肩を揺すって笑うクラスクの元に嬉しそうに駆け寄ろうとして、途中で自分の反応に気づき知らず頬を染める。
これではまるで彼が自分に会いに来てくれたのを喜んでいるみたいではないか、と。
「これは…その、ミエ殿に教わって」
「ダろうナ。熱心デ助かル」
「いやそんな…」
キャスは最近ミエからオーク語を学んでいた。
剣を教える際に共通語が拙いオーク達により効率よく教えるためである。
「キャスに教わりタイから皆共通語の勉強も頑張っテル。イイ事ダ」
「それは光栄だな。まあ私の本来の立場からすれば脅威だな、の方が正しいのかもしれんが」
「ハッハッハ! それハ確かニ!」
腕を組んでクラスクが笑う。
「デ、アイツらはドンな感じダ、教官殿」
「か、からかうな…っ」
他のオークに言われても特に気にならないが、彼に教官と言われると妙にこそばゆい。
キャスは自分のそんな心の機微を振り払うように首を振り質問に答える。
「練度はまちまちだが皆めきめきと腕を上げている。幾人かは私も驚くほどに上達したぞ。特にラオクィクだったか。あれはいいな。素質がある」
「アイツは俺の同期デ元々力が強い上に小器用ダからな…」
うんうんとクラスクが頷く。
「同期…そうなのか」
「お前のトコロのお前の次のやつ…女ダっタカ? そいつを倒しタのもアイツダ」
「エモニモをか! それは大したものだ。あれでなかなか手強いのだが」
「うン。相当強かっタト言っテタ」
「だろうな」
「ま、ラオは俺達の計画の古馴染みダ。商品関連はミエ達女が受け持っテル。食料や酒はワッフ、建築や建造はリーパグ、戦いはラオが担当ダ。俺の代わりが務まるくらイになっテもらわなイト困ル」
「それはまた…ハードルが高いな…」
確かにラオクィクは相当な強さだが、それでもクラスクほどの圧はまだない。
同期という話だがどこでそんなに差がついてしまったのだろうか。
「そう言えば悪イナ。若い連中に付き合わされテ」
「若い連中…?」
「さっきお前トねんごろになろうトシテタ連中ダ」
「ああ…」
確かに彼女を誘ってくるオークには若者が多かった気がする。
若さにはどうしたってそういう側面はあるもので、キャスは特にそこを注視はしていなかった。
「俺が族長になっテ方針転換シタからうちの村は村を襲ったりしなくなっタ」
「ああ…それは聞いた」
「最近まデ隊商を襲うことはあっタが飯と酒だけ奪っテ人は殺さなかっタし、そこに女がいテも連れ帰るこトは俺が禁止シタ」
「それは…なかなかできることではないな」
そう、キャスはこの村が変わった後にやって来たけれど、この村をクラスクとミエが変えたと言うなら変わる前があったはずなのだ。
旧態依然としたオークの風習が蔓延っていたはずなのだ。
それを一つ一つ摘み取って今の形にする…それがどれだけの労苦だったのかキャスには推し量るよりほかはなかったが、きっと部外者である自分が想像するよりも遥かに困難なものであったはずだ。
だってあの人間の、いや人型生物全ての敵とまで言われたオーク族をここまで変えてしまうだなんて!
彼女だとていこの村を訪れるまでは想像だにしていなかったのだ。
「ダカラ…今の若いオークには嫁がイナイ」
「!」
「勿論不満あル。デも俺達の計画長イ。成果すぐに出なイ。ダから若い奴ら焦っテル」
「なるほど、そういうことか…」
そういえば剣の鍛錬でも若い連中の熱心さは異様なほどであり、年嵩の者達とは熱量が違うのはキャスも感じていた。
今にして思えば少しでも他より強くなって活躍してあわよくば嫁を…のような想いがあったのだろうか。
キャスは一人納得して頷いた後、はたと気づいた。
「…そういえば何か用があったのではないか?」
「そうダっッタ」
キャスに言われて思い出したクラスクは、自らの左肩をぽんぽんと叩く。
「お前に付けられた傷が完全に塞がっタ。これデあいつらの教練は俺がデきル。これまデ助かっタ。もうやらなくテもイイ」
彼が怪我しなければやらずに済んだ余分な仕事。
だというのに、ねぎらいの言葉と共に告げられたその終了宣告は、彼女の心を大いにざわつかせた。
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