第123話 蜂蜜産業
村が近づき、村の周囲にある果樹園と花畑を通ると、木々や花の世話をしていた娘たちがミエたちに気づき声を上げる。
そして作業を中断し、次々に村へと駆け戻っていった。
「みんな~! ミエ姐さん達が戻って来たよ~!!」
村の娘たちが黄色い声を上げ、わらわらと迎えにやってくる。
「おつかれさま~!」
「ごくろうさん! 頑張ったね!」
「頼りになるわあ」
「あらあらこんなに腫れちゃって…大丈夫?」
「うわ、痛そう…私こういうの苦手なの~」
口々にねぎらいの言葉をかけながらオーク達を迎え入れる。
オーク達も女たちに笑顔で応えながら蜂の巣入りの巨大な木枠を村へと運び込んだ。
「さあさあ村に戻ってきたらアタシらの仕事だ! みんな準備はいいかい!」
手を叩きながら巨人族の娘、ゲルダが大きな壺を抱える。
「はぁ~いゲルダのアネゴ!」
「はいはいゲルダ・アネゴ!」
「だからアネゴはいいっつってんのに…」
文句を言いつつも手を休めないゲルダの先導の元、次々と娘たちが壺を用意してやってきて、横に並んだ。
「ソンダラ行クゾ! ソーレ!」
オーク達は蜂蜜を零さぬよう布地の四方を四人で持ち、ワッフの合図でその他のオーク達がその上に乗せていた蜂の巣入り木枠を一斉に持ち上げる。
無論怪力のワッフもその役目だ。
木枠を持ち上げると布地の下にはたっぷりの黄金の液体が揺蕩っていて、頭上の蜂の巣から迸るように金色の液体が零れ落ちる。
女性陣から待ってましたとばかりに黄色い歓声が響いた。
「よぉーしいいぜ! どんどんよこしな!」
オーク達が布地の一方を傾けると、ゲルダの構えた壺めがけてとろとろと蜂蜜が流れてゆく。
「いったんやめ! …よぉーしもういいぜ」
ゲルダは手にした壺に蜂蜜を流し込み、ある程度溜まると合図をして布地を戻させる。
そして右隣にいる娘に蜂蜜のたっぷり入った壺をひょいと転がし渡すと左隣の娘から空の壺を受け取って再び蜂蜜を注がせる。
ゲルダから壺を受け取った娘は、二人がかりでそれを丁寧に転がしながら隣の娘に渡し、次の壺を受け取る。
巨人の血が流れているゲルダとは力が違いすぎるのだ。
こうして木枠から零れ落ちる蜜がなくなるまで蜂蜜を採取し、次々に運び出す。
「今のが垂れ蜜です。質のいい蜂蜜ですね」
「蜂蜜にも質のいい悪いがあるのか…」
「それはもう! 品質で言うなら本当ならローヤルゼリーも作りたいところなんですけどねー。そっちはちょっと手間がかかりすぎますし、この村の規模だと少し難しいので後回しに。とりあえずは量重視ですね」
ミエの説明を話半分に聞きながら採蜜の様子を興味深く眺めているキャス。
垂れ蜜を取り終わった後、ゲルダはそこを動かず、他の村娘たちは二手に分かれる。
集めた垂れ蜜を運ぶ係と新たな壺を運んでくる係である。
ただし今度の壺は先程のものとは少し形が違う。
何かの区別の為だろうか。
「よぉ~し、んじゃあ次はアタシの出番だね。お前らも付き合いな!」
「ウィ! ゲルダ・アネゴ!」
垂れ蜜を出し終わった木枠は運んできた布地の上に降ろされ、ゲルダとオーク達が鋸を片手にゴリゴリと木枠から蜂の巣を剝ぎ取ってゆく。
バラされた蜂の巣はいったん村の娘たちが確認し、目立つゴミなどを取り除いて布にくるんでオーク達に渡される。
そしてオーク…と後から参加したゲルダが、それを雑巾のように捻って中から蜂蜜を絞り出し、下に置いた壺に蜂蜜を貯めてゆく。
「これが絞り蜜です。さっきの垂れ蜜より少し質は落ちますけど十分美味しいですしちゃんと商品になります。本当は圧搾機とか使うんですけど…オーク達とゲルダさんの怪力があればこれで大体の蜂蜜は絞れちゃいますね」
「成程…」
一方蜂の巣から取り出したゴミをエルフの娘…サフィナが水瓶から水をすくい丁寧に洗っている。
よくよく見るとなんとそれは蜜蜂だった。
「蜂!?」
「ええ。採蜜するとき大体の蜂は下の箱に逃げちゃうんですけど、たまに流れる蜂蜜に閉じ込められてそのまま動けなくなっちゃう子がいるんですよ。なので蜂蜜を水で洗って取って放してあげます」
「危険はないのか?!」
「う~ん…羽根が乾くまで大人しくしてますし、乾いたら乾いたでだいたいそのまま巣に飛んでっちゃいますねえ。私達としては蜜を集めてくれる大切な仲間なので助けられるなら助けたいです。まあこれを言い出したのはサフィナちゃんですけど」
エルフの少女は蜜塗れの蜂を、羽根が傷つかぬよう丁寧に丁寧に洗いそっと地面に離す。
数匹の蜂はその場をのろのろと動き回りながら、やがて乾いた者から順次羽根を広げて飛び去って行った。
「昔は私とゲルダさん、シャミルさん、サフィナちゃんの四人でやってたんですけど、最近は村総出でやるのでだいぶ楽になりました。まあその分採取する量も増えたんですけど…」
てくてくと歩きながら説明するミエが、当たり前のように手伝いに入ろうとしてゲルダに持ち上げられ、くるりとキャスの方に向いて降ろされる。
「アンタは族長夫人なんだからちゃんと客の相手してな!」
「ええー…私も手伝いたいですー!」
「ダ・メ・だ! そっちも大事な仕事だろ! ただでさえ身重なんだから無理すんな。ほれとっとと取れた蜂蜜の使い道を説明する!」
「それはそうですけど~…もぉ~!」
ミエはぷんすこと抗議するが、再びゲルダに抱えられくるりと向きを変えさせられてすごすごとキャスの隣まで戻って来た。
「じゃあキャスさんにうちの村の特産品を紹介していきますね?」
「あ、いえ忙しいようであればまた今度でも…」
「そうはいきません。なにせ族長夫人ですから!」
溜息をつきながら気を取り直してむんと胸を張るミエと、その背後でこくこくと頷くサフィナ。
「というわけでうちの主力商品その1はやっぱり蜂蜜ですね! あとは果物の蜂蜜漬けなんかも作ってます!」
一軒の家で大量に摂れた蜂蜜を次々と小さな陶器瓶に詰めて蓋をしてゆく娘達。
その隣の家では手のひらサイズの紙に次々とハンコを押してはちみつオークのラベルを作っていた。
「紙は鹿や猪の皮から作ってます。羊皮紙の一種ですね。それに蜜蝋で色のノリをよくして、ハンコの各所に染料で色を塗ってこう…ぺたりと」
「おお…見事なものだ」
次に向かったのは大きめの倉庫で、蜂蜜を少し入れた瓶に煮沸消毒した水を入れている。
「これが主力商品その2、お酒ですね。蜂蜜そのものを使った
「む…ここにいるだけで酔いそうだな…」
「ですねえ。次に行きましょうか」
次に案内された家には竈があり、複数の女性で菓子や料理などを作っている。
皆に指示しているのはかなり小柄な女性だ。
「こっちは今後伸ばしていきたい分野で現在はちみつクッキーとはちみつ飴、それに日持ちするはちみつケーキなんかを作っていこうと思ってます。他にも蜂蜜を使った料理のレシピとかですね。あ、トニアさんお疲れ様ですー!」
いえーい、と小柄な女性とハイタッチしながら他の女性陣にも片手で挨拶し、ミエが最後の家に向かう。
「今ので蜂蜜製品はだいたい全部です。あとは蜜蝋の商品ですね」
「蜜蝋か…」
「はい。さっきの蜂蜜の搾り粕の蜂の巣がありますよね? あれを湯煎して浮き出た油を集めて固めたものが蜜蝋です。暖めれば簡単に柔らかくなって加工もしやすく、冷めれば硬くなる。すごく便利なものなんですけど…シャミルさーん!」
「おお、ミエ。ちょうど試供品が上がったぞ!」
「ホントですか!?」
その家で待ち受けていたのはシャミルであった。
彼女はこの村の製品開発をほぼ一手に担っている辣腕である。
「授業用の黒板とフェルトペン、ワックスに入浴剤、煤の出ない蝋燭、あとは化粧品なんかが主なラインナップですね」
「化粧品…?」
「はい。蜜蝋と蜂蜜を使って口紅、洗顔料、化粧液、美容液、保湿クリーム、各種洗顔・美容パック、整髪料、ヘアケア用品などなど…女性の強い味方の数々です!」
キャスには聞いたことのない用語がちらほらあった。
今のがすべて化粧品なのだろうか。
そんな多くの種類の化粧を使いこなす者など王侯貴族以外いないと思っていたのだが、どうやらこのオークの村は数少ない例外のようである。
「はい! せっかくなのでオークのお嫁さん探しと一緒に…女性のお化粧に旋風を起こしちゃおうと思いまして!」
ミエがキャスの前で破顔する。
不細工の代名詞たるオークの村から始まる…この世界の美容革命の幕開けである。
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