第101話 誤算

「うわああああああああああああ!?」


森の中に騎士の絶叫が響き、その後唐突に声が途切れた。


「ライナス! ライナス! 返事をなさい!!」


副隊長エモニモが叫ぶが、その命令が履行されることはなかった。


「く…っ!」


先程からこんなことが繰り返されている。

分断され、大切な仲間の姿を見失い、そして誰一人戻ってこない。


確かにここは森の中で、彼ら騎士たちが得意な騎馬戦は封じられている。

だから馬はに預けて来た。


だが…それにしてもここまでの被害は想定していなかった。

ここまで巧みで、狡猾で、そして奸智に長けた戦いぶりをする相手だなどと思ってもみなかったのだ。




「バカな…我々が相手しているのはだぞ! こんな…こんなオークがいてたまるか!!」




×           ×           ×




中森ナブロ・ヒロス、と呼ばれる森がある。

その国、アルザス王国の南西に位置する大きな森だ。


東を白銀山嶺ターポル・ヴォエクト、西を多島丘陵ルグファヴォレジファートに挟まれたその辺りでは希少な低地であり、かつてアルザス王国の国土が未だ魔族の支配下にあった頃、その森を通って幾度も遠征軍が旅立っていった。



まあ、そのルートでは刻んだのは常に敗残の歴史でしかなかったのだけれど。



ともあれそこに十年ほど前からオーク共が住み着いていてをしているという。

だがこの国の王宮内には様々ながあって、なかなか討伐隊を派遣することができなかった。


この国のそのままの、各国の力関係の縮図が王宮に未だ燻っているのである。

統制など取れようはずもないのだ。



、だが。



ただ仮に宮廷内で意志の統一が取れたとして、討伐軍なり討伐隊なりを派遣しようにも厄介な問題が残っている。



それが暗がりの森バンルラス・ヒロスである。



王国の中央に位置し南北に長く伸びているこの森は、だが現在エルフたちが占拠しており王国の自由にならぬ。

安心して隊商が行き来もできないのだ。


この森が邪魔をしている限り王都に駐屯している騎士団は国の西側に大規模な兵を派遣することが難しい。

北を回るにせよ南を回るにせよ随分と遠回りになってしまうからだ。


国の西の大半は今もってのせいで大半が荒野のままであり、王国としても早急にこれを是正したいのだが、いかんせん暗がりの森バンルラス・ヒロスのせいでいざ赴かんとするとになってしまう。



王国の北の森に未だに巣食い反撃の機会を窺っていると思われる魔族共への防衛にも力を注がねばならぬ現在、この国にはその決断を安易に下せるほどに財政的余力がないのである。



だがそこに事態を打開する可能性のある者が現れた。

最近国王直属たる翡翠騎士団の第七騎士隊隊長に就任したハーフエルフの騎士隊長、キャスバである。

彼女はそのエルフの血を以て暗がりの森バンルラス・ヒロスのエルフたちに認められ、少数であれば森を無傷で抜けられるという。


ゆえに国王は彼女にまずその力を示してもらおうと、暗がりの森バンルラス・ヒロスを抜けた最短ルートでの中森ナブロ・ヒロスのオーク討伐を命じたのだ。



だが…その栄誉ある初戦に於いて、彼らは大苦戦を余儀なくされていた。



森の中、騎馬の機動力を奪われた彼らは、けれどよく訓練された動きで森の中を行軍していた。


途中古地図からオークの住処と思しき場所を二か所に絞り、隊長キャスバスィと副隊長エモニモが隊を分けてそれぞれの目的地へと向かった。


数の力を弱めるのは正直あまりいい手ではないが、思った以上に森が鬱蒼としていて隊全員で行軍する空間的余裕が取れないとうのも要因のひとつだった。

いくら数の力を恃もうにも、それが同時に展開できないのでは意味がないからである。




が…そこからがおかしくなっていった。




隊を分けた途端に出没するようになったオークども。

それも一匹から数匹程度の手頃な数である。


これまで手持無沙汰だった若手の騎士達が、手始めにまずこいつらからだ突撃してゆく。


「隊列を乱すな!」


エモニモもから叱咤の事が飛ぶがでは彼女の警戒感はまだ薄い。

せいぜい血気に逸っていらぬ手傷を増やすなと後で叱らねば…程度にしか考えていなかった。


だが…藪の向こうへ行った若手の騎士たちが戻ってこない。

妙だな…と様子を見にそちらへ向かった騎士達が、これまた戻ってこない。


忽然と姿をくらませてしまったのだ。


エモニモ自ら隊を率いてそちらに向かうが、騎士の姿もオークの姿もなく、争いの跡すら残っていない。




本当に、ただ騎士たちが消え失せたのである。




青くなって太陽神へ祈りを捧げる騎士達。

自分たちが言い遣ったのはこの森に棲むオークの討伐ではなかったのか?

いつから相手が不死の霊体どもにすり替わったのだ?

これでは話が違うではないか。


騎士達の不安と不満の気持ち…それをエモニモは必死に宥め、叱咤して鎮める。

こんな時隊長がいてくれればなどと心の内で弱音を吐くが口には出さぬ。


しかし一体この奇怪な現象な何なのだろうか。

なんらかの魔術的、あるいは呪術的なものなのだろうか。


かつて呪われた戦場で、人の死体が動くのと同様に、そこで放たれた呪文が亡霊のように蠢いて襲い掛かって来たなどという眉唾物の噂もあるが…


エモニモがそんな風に考えを巡らせているその時…

唐突にオーク共が現れた。


数は三匹。

これまた先刻同様手頃な数である。


「待て!」

「クソッ、逃がすか!」


悪態をつきながら本来の仕事に勇躍してオーク達を追いかけてゆく騎士達。

思索に耽っていたエモニモは彼らへの注意が一瞬遅れた。



そして…オーク達を追った騎士達が、また消える。



「…………ッ!」


ここに来てようやくエモニモにも事態が飲み込めてきた。


これはだ。

信じ難いことだが彼らがこちらを挑発し、隊を分断させて各個撃破を図っているのだ。




どういうやり方かまでは不明だが、この失踪には間違いなくオーク達が関わっている…!




けれど…果たしてオークにそんなことができるのか?

彼らは力は強いが乱暴者で、個々の腕前は確かだが統制の取れた動きができぬ。

だから一対一では脅威だが多対多では騎士たちの敵ではない。


そのはずだ。

そのはずだった。


エモニモが必死に出す指示を嘲笑うかのように少数で前に、後ろに現れてこちらを翻弄し、挑発するオークども。


精神的に追い詰められ、怒り、混乱し、エモニモの指示に従わず分断されてゆく部下達。

そして…その誰もが戻ってこない。



(く…っ! 申し訳ありません、キャスバス隊長…っ!)



折角隊長が自分を信じて与えてくれた手勢だと言うのに。

己のつたない指示でその多くを失ってしまった。

失わせてしまった。


一体なんと言って申し開きをすればいいのだろう。



「おのれオークども…逃げるなァ!」



己の前で腰を振り挑発するオークめがけて長剣ロングソードを突き入れる。

オーク達が得意とする獲物である斧はそもそも守りに向いていない。

守勢よりは攻勢に回ることが前提の武器なのだ。

だから打ち払ったり受け流したりといったことは不得手である。

特に最短距離を一気に詰めて刺突するその一撃は、斧では防ぐのは困難だ。

慌てて避けようとするが、避けきれず剣先を肩で受け派手に血渋くオーク。



だが…彼はそんな傷などものともせずに…

斧を構えたまま逃げ出した。


(!?)


オーク族は戦士である。

戦うことは彼らの生活であり、誇りだとも聞く。

そんな彼らが、目の前の戦いを捨て逃げ出すだなどと聞いたことがない。



おかしい…何かがおかしい。

だが一体なにがおかしいのか、エモニモにはその答えが出せなかった。



「クハソークノ親父ニ一撃入レタッテイウ人間ハオ前カ」



そんな彼女に…唐突に声がかけられた。

慌てて顔を上げた先にいたのは…斧を構えたやや痩身の、背の高いオークだった。


商用共通語ギンニム…!?」


オークはオーク語を話す。

他種族と交流を持たぬ彼らはそれ以上の言語を覚える必要性がなく、また学ぶ機会自体ないためそれ以外の言語が喋れないという。


だがもし彼らが共通語を学んでいたら?

今日出した自分の指示が全て筒抜けだったとしたら?



「オ前ガ、コノ兵達ノリーダーカ」

「違う!」


吐き捨てるように否定したエモニモが、逆に問い返す。


「言葉がわかるなら聞いておきたい。お前がこいつらのリーダーか?」

「違ウ」


こちらは淡々と答えて…ジャギ、と斧を構えた。




「ナラサシヅメッテトコロカ。丁度イイ。隊長ハ族長に残シテオカントナ。二番目ハ二番目同士…決着ヲツケヨウカ」






痩身のオーク…ラオクィクが、エモニモと対峙する。





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