第91話 詰問

机の向こうには大股で椅子に座るオークと、その脇に立ったまま控える人間族の女性。

机の手前には椅子の上にちょこなんと座り机の上に前脚を乗せて尻尾を振っている子狼。

そしてその隣で耳先まで赤くなって両手で顔を覆っている猫の獣人。


「恥ずかしい…恥ずかしいニャ…! 初対面の相手にあんニャ…あんニャこと……!」


服従と従順を示す証として相手に腹を見せ、存分に撫でさせる。

猫獣人が猫の習性を受け継いだものである。

本来は飼い猫などが見せる降参と甘えの入り混じったポーズであり、猫の獣人であれば恋人などにだだ甘に甘える時か、或いは屈辱極まりない命乞いで見せるよう体位であって、いずれにせよ他人にうっかり見られようものなら羞恥に悶えること請け合いの代物なのだ。



その上存分に撫で繰り回されてちょっと甘えた声なんて上げようものなら、かなり取り返しのつかないレベルの醜態と言えるだろう。



そう、彼女は…

存分に、やらかした。




悶えるアーリンツの腕に隣りの子狼がへっへっへ…と浅く息を吐きながらぽむと肉球を乗せる。

どうやら手のかかる妹分かなにかだと認識しているらしい。


「まあコルキったら、すっかり懐いちゃって」

「わん!」


人間族の女性が子狼に話しかけ、コルキと名付けられたらしき子狼が尻尾を振って返事をした。

大きさと表情から現時点だとどうにもただの子犬にしか見えないのだけれど。


「アー、まあなんダ」


両手で顔を覆いにゃんにゃんにゃんと悶える猫娘を前に、ぼりぼり、と頭を掻きながら対面のオークが言葉を探す。


「気にスルこトなイゾ。すごく興奮すルイイ鳴き声ダッタ」

「はい! とっても素敵な声で鳴かれるんですね!」

「フォローになってナイニャァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!?」


親指をぐっと立てるオークと、にこやかに語る人間族の女性相手に全力でツッコむアーリンツ。

家の外で遊んでいたオークの子らが、その大声に驚き慌てて逃げ出した。



「…トもかく、お前がクィーヴフ達から報告のあっタ『旅商から逃げダシタ猫獣人』デ間違いなイナ?」

「あー…たぶんそうだと思いますニャ…」

「ソウカ…」


鼻息をふんと吐いてオークが少し居住まいを正す。


「名は」

「ニャー…アーリンツ・スフォラポル。猫獣人の行商人ニャ」


彼女の名乗りに人間族の女性が瞳を輝かせる。


「まあ、まあまあ、行商人! 商人の方なのですね! それに素敵な名前! アーリンツ、アーリンツ…アーリさんとお呼びしても?」

「好きにするといいニャ」

「はい。よろしくお願いしますね、アーリさん!」


手を合わせ温和な笑みを浮かべる女性。

隣にいるのがオークでさえなければ笑顔の素敵な若妻にも見えようが、その一点だけでどうしても身構えざるを得ない。


「俺はこの村の族長、クラスク」

「私はその妻、ミエと申します」


アーリンツ…アーリの前で二人が自己紹介する。


「族長ニャ…!?」

「ウム。まあ就任したのは最近ダガ…」

「あのー…」


二人の会話にミエが挙手をして割って入る。


「獣人、というのは、えっと、あまり詳しくないのですけど、月を見て獣になるとかいう、あの…?」

「違うニャ違うニャ。全然違うニャ」


ミエの言葉を聞いて憮然とした表情でアーリが否定する。


「お前が言ってるのは人獣ルゥジェムスフリーヴォ、アーリは獣人ドゥーツネムニャ!」


憤懣やるかたなし、といった表情のアーリ。

どうやらミエ以外にも随分と誤解されるものらしく、だいぶ御不満があるようだ。


「ええっと、怒らせたのならごめんなさい。その、以後気を付けますから後学のために違いを教えていただいても?」

「仕方ないニャア…」


ふんすと鼻息を吐きながらアーリが説明を始める。


人獣ルゥジェムスフリーヴォは一言で言えばニャ。人…まあ巨人だったりすることもあるんニャが…元の生物の姿である『人型』と、完全に動物そのものになった『獣型』、そして人の下半身と獣の上半身を併せ持った『人獣型』の三つの姿を取ることができるニャ」

「はあ…それで変身生物…?」

「そうニャ。でアーリ達みたいな獣人ドゥーツネム人型生物フェインミューブニャ。変身とかしないニャ。生まれてから死ぬまでこの姿ニャ」

「なるほど…でもよく誤解される、と…」

「そうなんだニャ!」


相槌を打つミエ相手で話しやすいのか、普段溜まっていた鬱憤を晴らすかのように机をばんばんんと叩き力説する。

隣にいたコルキが突然の振動に驚いて飛び上がった。


「たーしーかーにー獣人の姿と人獣の『人獣型』はちょっぴり似てるニャ! でもあいつらの顔はまんま獣ニャ! 獣人みたいな人間っぽい愛嬌ある顔してないニャ! しかもあいつら危険な病気持ちニャ! おかげあいつらみんなに嫌われてるニャ! けどそのせいでちょっとだけ似てるだけの獣人族も差別されていい迷惑なんだニャ!! 風評被害ニャ!!」


荒い息を吐きながら興奮するアーリをミエがどうどうと宥めにかかる。


「まあ確かにアーリさんのお顔は猫の特徴が強く出ながら人間的と言いますかかなり可愛い顔ですけど…」

「そうかニャ~? いや褒められてもなんにも出ないんニャけど…そうかニャ~?」


両頬を抑えて照れるアーリ。

猫獣人は…というかアーリはどうにもおだてに弱いようである。


「ともかく事情は理解しました。話の腰を折ってすいません、旦那様」

「イヤ、イイ」


ミエの謝罪を手を振って止め、蜂蜜酒をぐびりと含むクラスク。


「ともかくこの獣人…アーリか? にこの村を見られタ。それが問題ダ」

「ハッ! そうだったニャ!」


蜂蜜酒を呷りながらそのオーク…クラスクが言葉を続ける。


「アー…ダガ安心…」

「安心!?」


ぱああ、と顔を輝かせるアーリ。

…が、その途中で隣にいた女性、ミエが視線でクラスクを制し、無言で首を振る。


「…アー…安心…スルナ」

「安心するニャ!?」

「ウム。オーク強イ! オーク凄イ! オーク怖イ! オレサマオマエマルカジリ!!」


ぐああ、とクラスクが口を大きく開けて両手を掲げ威嚇のポーズを取る。


「ギニャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! やっぱり埋められた後殺されてその後犯されるニャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

「ナニソレ怖イ」

「なんだか猟奇的な順番ですねえ」


惑乱するアーリを前にめいめいの感想を述べる二人。


「ま、それはさておき…」

「さておかれたニャン!?」


がびーんとショックを受けるアーリをよそに、人間族の女性…ミエが夫であり族長であるクラスクの横に座る。


「アーリさんは商人、ということは物の価値などにもお詳しいのでしょうか」

「当然ニャ。アーリは目利きの腕ならちょっとしたものニャ」


ふふん、と胸を反らし猫ひげをぴこぴこと揺らす。

得意満面のポーズである。


実際彼女の目利きの腕は確かだった。

その獣人特有の健脚との情報収集能力とで様々な街を回り結構な品の相場を把握しているし、宝石や装飾品、さらには貨幣そのものの目利きなどもできる。


…が、アーリはそれを商人として利潤を得ることに活かせていない。

彼女には決定的に欠けているものがあるためだ。


それはである。


どんなに目端が利いても元手がなければ商売はできない。

また獣人という種族自体が彼女が述べた通り偏見や誤解の多き種族であり、さらにその多くが素朴と言うか野性的と言うか、知性よりも肉体を活かす仕事が得意ということもあって、彼女たちの種族が商人を名乗ってもその信用度は非常に低い。というかないに等しい。



そんなこんなで彼女の商人としての生活は常に逆境と逆風に満ちていた。



「目利きが得意…それはよかったです。なら御自分の価値とかも計れたりするのですか?」

「ニャ…?」


ミエの質問に、アーリの体がびしりと固まる。


「アーリさんの見立てで、アーリさん自身がいったいお幾らくらいの価値があるか、わかりますか?」

「……ニャッ!!」


それは…難問である。

何を基準にするかによって答える内容が変わるからだ。

だがそれを理由に回答を拒否すれば商人としての資質自体を疑われることとなり、答えないわけにはいかない。

かといって複雑な説明をしたらそれはそれでにならぬ。

それもまた商人として失格である。



つまり今の質問に対し、アーリは単純明快でわかりやすく、かつミエを納得させる言葉を選ばなければならないのだ。



「え~…とてもじゃニャイけど計り切れないニャ! だってお金はアーリが生きてればい幾らでも稼げるニャン! でもアーリが死んだらそれ以上は稼げないニャン!!」

「まあ、幾らでも…」

「そうニャ! アーリの腕さえあれば余裕ニャ!!」



盛った。

色々盛った。



商人を名乗るプライドが、自らのこれまで手掛けた商売の数々の散々な成果を棚に上げ、己の理想像をさらに積み増したような価値を己に課した。


「確かに…おっしゃる通りです。流石商人ですね」

「フフーンそうニャそうニャ。もっと褒めるといいニャア」


鼻を伸ばして胸を張るアーリの前で何かに納得したように幾度も頷くミエ。




「でしたら…オークに攫われてこの後の一生を棒に振るかもしれない今の状況を私達がお助けしたら…アーリさんが一生涯かけて稼ぐお金以上の貸しを作ることができますか?」

「ニャ……?」






ミエがにこやかな微笑と共に放った質問で…

アーリは、己が罠に嵌められたことに気がついた。





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