第82話 頂上決闘
「なールホド戦争、ね」
族長ウッケ・ハヴシに斧を突き付けたまま、総身に汗を滲ませたクラスクが…だが傲岸に、そして不敵に笑う。
「そりゃイイコト聞イタ。ならドっちにシロお前をここデ倒さなきゃならなかっタわけダ。色々悩んで馬鹿みタイダゼ」
「族長ニ対シテソノ態度…不遜!」
犬歯を剥き出しに吠える族長。
表情だけは精悍なクラスク。
周囲の観客のボルテージが一気に上がり、二人の会話を掻き消さんばかりに盛り上がった。
なおミエは現在『私の愛するオーク族の夫がかっこよすぎる件』というどこかに転がってそうな案件で目をハートマークにしつつ黄色い声を上げている真っ最中である。
× × ×
「オ前ハ族長ノタイプダゾ。モシ俺達ガ負ケテモ族長ノトコロデヤッテケル」
「アタシの方はあんな野郎なんぜ全然タイプじゃあないけどねえ」
大歓声の中、ラオクィクとゲルダが言葉を交わす。
「…で? アンタが死んだらアタシにアイツに媚売って生き延びろって? アタシャ御免だね」
不機嫌そうに地べたに唾を吐くゲルダ。
「…俺モ嫌ダ。ダカラモシクラスクガ負ケタラ俺ガ決闘ヲ挑ム」
「!!」
「マ、クラスクガ勝テナイ相手ニ俺が勝テルトハ思エンガナ」
自嘲気味に笑うラオクィクを驚いて見つめたゲルダは、だが続く言葉に眉を顰め、彼の背を想いっきり叩いた。
巨人族の血を引くゲルダの張り手に思わず前のめりになって咳込むラオクィク。
「バーカ。死んじまったら意味ないだろ! それならまだアイツの女にでもなった方がマシだっつーの! そんで…夜にアイツのナニを噛みちぎってやる!」
「…ソレダトオ前モ死ヌゾ」
「そん時は…えー…」
「ソノ時ハ俺ガ一緒ニ夜襲カケルカ」
「ハハハ! いいねえ! それで行こう!」
互いに不穏な笑みを浮かべつつ族長の方を睨みつける二人。
× × ×
「なんじゃ今更ウジウジしおって! お主はクラスクについてゆくと決めたんじゃろが!」
ゲルダらと少し離れたところで、挙動不審なリーパグに苛立ってその尻を叩くシャミル。
「ソンナンジャネエヨウ。俺ハ兄ィナラキット成リ上ガルッテ思ッテ…子分ニナレバ俺モ偉クナレルッテ思ッテ…!」
「…じゃあなんじゃ。クラスクが負けたらお主はあやつを見捨ててあのデカイのに付くのか」
「キット付クヨウ。ダッテ俺弱エモン!
情けないことを全力で言い放つリーパグに、心底呆れ顔のシャミル。
だが…その後に続いた言葉に、彼女は思わず目を瞠った。
「デモ…デモコノ前家ヲ大キクシタ時…スゲエ楽シカッタンダ! 泥捏ねて壁作ッテ塗ッテサ、新シイモノガデキルノスゲエ楽シカッタンダ! 兄ィニモミンナニモ褒メラレテ嬉シカッタンダ! コレダ! ッテ思ッタンダ。本当ニ思ッタンダ! デモ…デモ族長ハサセチャアクレネエダロウナア…ウウ…マタヤリテエナア…」
シャミルは彼の言葉に僅かに頬を緩め、ほんの少しだけ微笑むと…その後大きく息を吸ってその背中を思いっきり引っぱたいた。
「ならやることは決まっておるじゃろ。クラスクの応援じゃ!」
「ウウ…ウ…兄ィ…! アニィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!!」
× × ×
「ハァ…ハァ…」
ぐらり、とよろめきそうなワッフの体をサフィナが必死に支えようとする。
だが体格の差は如何ともしがたく、彼女が支えきれない分をワッフ自身が踏ん張ってなんとか倒れずにいる状態だ。
「ワッフー、怪我してる。熱ある。よくない。家で寝てた方が…ワッフー!」
半泣きで訴えかけるサフィナに、だがワッフは首を振った。
「ダメダ。オラ達ハ兄貴ガ勝ツトコロヲ見ナキャ駄目ダ」
「勝てるの? あいてあんなに強そうなのに、クラスク勝てるの?」
彼らの位置から見るクラスクの背中…その頭頂部の向こうに、族長の巨躯が聳えていた。
大人と子供…は流石に言い過ぎだが、それでも相当な体格差である。
「勝テルダ! 兄貴ハ絶対ニ勝テル! オラハ信ジテルダ!」
ワッフは支えるサフィナの頭に手を乗せて、無骨ながらできるだけ優しく撫でる。
「オラ知ッテルダ。兄貴ハイッツモミエノアネゴノタメニ頑張ッテルダ。ミエノアネゴノ応援ニ応エルタメニ頑張ッテルダ。ダカラ応援ハキットチカラニナルダ! オラは…オラは兄貴ガ勝ツト信ジテ全力デ応援スルダ…!」
ワッフの言葉に少し驚いたサフィナは…だが彼のクラスクの背を見つめる真剣なまなざしにこくんと頷いて、
「…がんばれ」
彼を支えながら、小声でクラスクの背に応援の言葉を送った。
× × ×
「オイ、ゲヴィクル。サッキノ態度アリャナンダ。アマリ好キ勝手シテイルトジッサマガ泣クゾ」
カカ、と笑いながら東山部族の長、ヌヴォリが笑った。
ゲヴィクルと呼ばれたのは、あの一番最後にやってきた、この村の族長ウッケ・ハヴシの歓迎の抱擁を拒絶した長身痩躯の若者である。
「ダっテこの村のオーク達ガ噂しテましタよ? 『頂上決闘』なんデしょウ? 日ガ頂点を跨いダ後にハヴシ殿ガマダ族長デアル保証はありませン」
肩を竦めるそのゲヴィクルの言葉に、他の三人がせせら笑う。
「カカカ! アリエン!」
「ソウソウ、ハヴシ殿ガ負ケルダナドト! ガハハハハ」
「ソンナ結果ノ見エキッタ決闘ナンゾトットト終ワラセテ俺ハ女ヲ抱キタイネエ!」
「同感同感! コノ村ノ女ハ極上揃イジャナイカ! カカカカカ!」
族長たちの言葉に同意を示す小さな肯首を以て応えたゲヴィクルは…
けれど目を細めて彼らに疑義を呈する。
「それなんデすガ…果たしテ彼女達ノ美しさはハヴシ殿の手腕デすかネェ」
「「「アン…?」」」
そのオーク…ゲヴィクルは目を細め村の様子を窺った。
村中のオークが集まって盛り上がっている。それはいい。
問題は結構な数の女性達が外に出ていることだ。
それも鎖にも紐にも繋がれていない姿で、である。
彼女たちの直接的な見目麗しさはおそらく人間社会でいう化粧品を使っているからだろう。
ゲヴィクルはオークながらにそうした嗜好品の存在を知っていたし、その価値も弁えていた。
同族のオークがそれを一体どうやって調達したのかは非常に興味があるけれど…今重要なのはそこではない。
ゲヴィクルの見立てたところ…彼女たちの美しさの本性、族長たちを垂涎させる女たちの魅力の正体…それは彼女たちの自由さにあった。
奔放、闊達、自在…そして主体的。
それが彼女たち色香となって族長達の目を引いていたのである。
だがゲヴィクルが言葉を交わしたウッケ・ハヴシはオーク族としてごく当たり前の価値観の持ち主だった。
すなわち男尊女卑、女性蔑視、女性を資産の1つ程度にしか見做しておらず、暴力と武力で全てを奪おうとするどこにでもいるありきたりなオーク族だった。
ただその暴力と武力が規格外なだけだ。
そんな人物が果たして女性をこんな風に扱えるだろうか。
否。無理である。彼には絶対にこんなことはできまい。
考え付くことすらなかったろう。
となればこの村の現状…他のオーク族の集落とかけ離れたこの変化を成し遂げたのは族長とは別の人物ということになる。
ならそれは誰だ。
ゲヴィクルはその視線をウッケ・ハヴシの背中からずらし、彼を睨みつけている若き挑戦者に向けた。
彼がそうなのだろうか。
あの族長が村を空けていた、短くはないけれど決して長くもないあの期間で、この村の女性を、いやこの村自体をこれほどに変えてのけたのだろうか。
自分と大して年の変わらぬあの若者が。
睨み合う二人を取り囲む村のオーク達。
その止まぬ喧噪に、ゲヴィクルは静かに耳を傾けた。
大多数のオーク共は順当にウッケ・ハヴシが勝つと踏んでいるようだ。
だが少数の…いや少数とは言えまい。それなりの数のオークが、その若者にほんの僅かでも勝ちの目があると思っている。信じている。
そしてハヴシの勝利を信じている者達の中にすら…この若者の勝利を期待している連中が少なからず、いる。
「こんなの…僕だって期待したくなっちゃうじゃないか」
にんまり、と唇を捻じ曲げたゲヴィクルは、決闘前に互いを威嚇しあう王者と挑戦者の元へと歩みを進める。
「やあやあお二人トも。少しよろしイデしょうカ?」
オーク族としては随分礼儀正しい態度で恭しく頭を下げるゲヴィクル。
「オオゲヴィクル殿! スグニ片付ケルカラ待ッテテクレヌカ」
「…………」
哄笑して迎えるウッケ・ハヴシと斧を構えたままこちらを睨みつける挑戦者の若者。
想定通りの反応にゲヴィクルは内心で肩を竦める。
「族長ノ座を賭けタ正式ナ『頂上決闘』とイうナラ、それを見届けル裁定者ガ必要デショウ? 若輩者の私デ宜しけれバお引き受け致シまショウ」
「オオ! ソレハ有難イ! ダガ俺ハトモカクコッチノ若造ガ…」
「イイゼ。頼んダ」
言葉短に、だが即諾するクラスク。
「ホウ? イイノカ? 名代トハイエ俺ガ連レテキタ部族ノ代表ダゾ? 俺ノ意見ニ賛同シテコレカラ戦争ヲ起コソウッテ同志ダゼ? ソンナ奴ニ裁定者ヲ任セルノカオ前ハ。ハハハ! ハハハハハハハ! 阿呆カ!」
高笑いするウッケ・ハヴシを横に、クラスクはゲヴィクルへと目線を送り、小さく呟いた。
「感謝スル」
「イエイエ。ハヴシ殿ガ仰っタデショウ? 私ハ貴方ノ味方ジャなイ。貴方を贔屓すルコトハありませんよ?」
ゲヴィクルの言葉に、クラスクは賛同するように小さく頷く。
「ダガコイツに贔屓の裁定をすルつもりモねえんダロ? ならそれデイイ」
「! そう言い切るのは…何故です?」
「コイツの態度ダ。自分に有利ならコイツは俺に確認なんか取りゃあしネエよ。わざわざ親切装って脅しつけテ来タっテ事ハ、コイツにトっちゃアンタが裁定者を務めルのは都合ガ悪ィっテコトダ。なら少なくトも…こいつニ有利な判定はしネエっテコトダロ? 公平なら…それデ十分ダ」
「!!」
その言葉にゲヴィクルとハヴシが同時に驚く。
「ドうしテドうしテ…なかなか冷静じゃあなイデすか、貴方。失礼デすがお名前は?」
「クラスクダ。あト俺に贔屓の裁定ハしネエつったが…お前自身ハ俺ノ贔屓ダヨナ?」
ニヤ、と笑ってクラスクが腰を落とす。
今にも族長に斬りかからんとする戦士の気迫を漲らせて。
「…そう思う理由を伺っテも?」
明らかに意表を突かれたゲヴィクルが、やや剣呑な目つきでクラスクを見つめ、尋ねる。
己の内心をずばと言い当てられて警戒しているのだ。
「向こうデせせら笑ってル族長ドモの誰が出張っテ来てもコイツが勝つ前提デしか裁定しネエダロウヨ。それをわざわざ五分五分で見てやろうつーのに、俺贔屓じゃネエワケがネエ」
「! ハハ! これは一本取られましタね」
ゲヴィクルは苦虫を噛み潰したような顔のウッケ・ハヴシの方に向き直り、恭しく頭を下げて告げる。
「そうイうわけデすからご安心くダさイ。裁定は間違イなく、平等に下しますのデ」
「フン!」
面白くなさそうに斧を構えたハヴシは、だが隆々とそれを振り回し、どっかと腰を落としてクラスクに向き直る。
元より小手先の策など必要ない。
実力で圧勝できる相手なのだから。
二人から溢れ出る気迫にぞくぞくと背筋を震わせたゲヴィクルは…高らかに決闘の前口上を告げる。
「デはこれよリ
そして…遂にこの村の趨勢を決める決闘が始まる。
「デは互いに全身全霊、全力デ…はじめぇっ!!」
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