第71話 汝、余すところなく

「で、こんなに大量の蜂蜜をどうするつもりじゃ。喰うのか」


村の中央で分け前としてもらった蜂蜜をかっ喰らいながら宴会を開くオークども。

一方ミエの家には彼女のおねだり通り全量の半分の蜂蜜が大量の壺と共に鎮座していた。


「ほっとくとすぐに虫が湧きそうだなー」

「それはすぐに蓋を作って対処するとして…まず私たちがすべきことはもう一度巣に向かうことです!! それも大急ぎで!」

「「「なんで…?」」」

「いいからいいから! ゲルダさん頼りにしてますよー?」

「え? アタシ?」

「はいそれはもう! 旦那様ー! また村を出たいんですけどー!」

「…今からカ?」

「はい! お願いしてもよろしいですか…?」

「わかっタ」


手に付いた蜂蜜を舐めとりながらクラスクが立ち上がり、どすどすとミエの元へやってくる。


「デ、ドコに行くんダ」

「えーっと…蜂蜜を採りに!」

「あン…?」



×         ×          ×



「さっきの蜂蜜はです。オーク達はそれで十分なのかもしれませんがせっかくなので次はを採りましょう」


半信半疑の一行を連れたミエは、再び蜂の巣の前までやってくるとその巨大な蜂の巣の上部を(クラスクに手伝ってもらいながら)剝ぎ取り、用意した白布の中に包んで力強く壺の上で絞った。


「おー出るわ出るわ…まだこんなに蜂蜜採れるんだな!」

「垂れ蜜の方が質はいいですけど…ねっ!(ぎゅぎゅっ) …っと、こんな感じです」

「巣は大体ほっトくとなくなっテルからあまり気にしタ事なかっタ」

「それはまあ蜂の巣って食べられますしね」

「マジか」

「まあ私も採蜜するのは今日が初めてなんですが…」


蜂蜜好きだったミエは病床にてよく蜂蜜や蜜蜂について本を読んで調べていたのだ。

だからやり方こそ知ってはいるが実地の作業は今日が初めてである。


「なので今日はすっごく楽しいです!」

「ふーん…じゃあアタシにもやらせろよ。この布でいいよな?」

「はい!」

「サフィナも手伝う…」

「俺も絞ル」


全員ミエが用意した布を使って蜂の巣を壊し蜜を絞り始める。


「おいおいこれでわしが手伝わなんだらまるでわしだけ怠け者みたいではないか!」

「そんなこと誰も言ってませんけどー?」

「ええいミエ確認するようにこっちを見るでない! まったくわしはこうした肉体労働担当ではないというのに…!」


全員で蜂の巣を砕き蜜を絞り切ると、一行は主にクラスクとゲルダの手を借りて蜂蜜を村まで搬送し、先ほどの垂れ蜜とは別に保管する。


「そしてまた巣に戻ります」

「「「なんでさ!?」」」

「いいからいいから♪」


ミエにせっつかれて再び蜂の巣の元へ戻ってきた一行は、先刻砕いた蜂の巣のかけらを拾い集めて袋詰めにし、これまた村へと戻った。


「ふう。これで一段落ですかね」

「ハァ、ハァ…わしは頭脳労働担当じゃと言うのに今日は少し働き過ぎではないか……?」

「まあまあ。シャミルさんにはこの後頼みたいことがありますから…」

「この期に及んでまだわしを働かせる気かー!」

「それがですね…(ひそひそ」

「…なにそれは本当か?!」


へとへとになったシャミルが不満を爆発させるが、ミエに何事か耳打ちされると途端に瞳を輝かせ幾度も頷く。

そしてミエから蜂蜜入りの壺を1つ受け取り、まだ蜂蜜祭りをしていたリーパグをせっついて運ばせつつまるで疲れなど忘れたかのように己の自宅兼研究室へと引きこもった。


「なあミエ、シャミルとなに話したんだ?」

「ふふふー。内緒ですー♪」

「なんだよー教えろよー」

「いたたゲルダさん痛い痛い痛い!」

「ゲルダ…手加減覚えるの…(くいくい」

「尻ごと摘まむなー!」


ゲルダの服をひっぱり注意喚起するサフィナだが、ついでに尻肉まで一緒につまんでしまったらしい。

だがゲルダに言われるまでもなくすぐに手を離したサフィナは、何故か目を大きく見開いて己の指先を見つめた。


「おー…ゲルダ、おしりむちむち…!」

「やっかましわ!」


赤くなって叫びつつ自らの臀部を手で押さえるゲルダ。

つつつ、首を伸ばして彼女の背後を確認しようとするクラスク。

無言で咳ばらいをすミエ。


「話を戻します! とにかく! 私達にはまだやらなくちゃならない仕事がいっぱいあります! 二人はそっちを手伝ってもらいますからね!」

「力仕事か? …おいなんで目を逸らす」

「まあ…単純作業ですからー…」

「だからなんで目を逸らすんだって!」

「サフィナ、がんばる…」

「さ、さ、こっちこっち!」


ミエは二人と一緒にまず家の前で荒土を固め炉を作る。

荒土の使い方は以前シャミルの家を研究室用に増築した際に彼女から教わった。

この時妙にリーパグが壁を上手に作りシャミルを瞠目させたものだった。


さて炉といってもミエ達が作ったものは実に単純な造りで、地面を多少掘った穴の周りを荒土で盛り、それを乾かしてその上にそのまま鍋を置けるようにしただけのものである。

原始的な竈と言ってもいいだろう。

それをとりあえず3つほど作る。


「家にある囲炉裏だと一人しか使えませんからね」

「で、三人でなにすんだ」

「まず蜂の巣を煮ます」

「なんでさ」


ミエはゲルダの疑問をよそに早速その上に鍋を置き、水を注いで布の袋に詰めた蜂の巣を入れる。

そしてそれを重石を付けて鍋の底に沈めことことと煮込んだ。


「なんか、浮いて来た…!」

「それそれ。サフィナちゃんそれを掬ってこっちの空鍋に入れてくれる?」

「サフィナ、りょーかい…!」


サフィナが瞳を輝かせ、その浮いて来たドロドロをせっせと別の鍋に移す。

続いてミエとゲルダの方の鍋にもどろどろとしたものが次々と浮いて来た。


「…なんだこれ」

「これを乾かして蜜蝋みつろうにします」

「蜜蝋…?」

「これで色々なものが作れるんですよ? なのでとにかくこれをたくさん採ります」

「どれくらい…?」


せっせせっせと蜜蝋を掬いながらサフィナが尋ねる。


「そうですねえ…小屋にしまった蜂の巣全部、かな?」



「「そん

  なに」」



ミエの答えに…サフィナとゲルダの声が期せずして一つとなった。





だが…ミエがやろうとしていることはまだまだ先がある。

これはその端緒に過ぎなかったことを、その後二人は知ることになる。



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