第58話 風呂トイレ夜伽付き

その日から…ミエたちの改革が始まった。

まず最初に行ったのはミエが個人的に設営したトイレと風呂を協力者全員に解放することだった。


「いやートイレはマジ助かるわ」


ゲルダが頭を掻きつつ呟いた言葉にサフィナがこくこくこくこく…といつもより多めに頷く。


「他はともかく不潔なのはちょっと勘弁だよなあ」

(((他はいいんだ…)))


ゲルダの冗談とも本音ともつかぬ台詞に三人が心の中で突っ込むが言葉には出さないでおく。

下手にツッコむと照れ交じりの暴力でいらぬ器物破損を招きかねない。


「まあオーク達は体が丈夫で毒や病気に強いですから不衛生であることはあまりデメリットにならないんですよねえ…」

「その分を戦闘訓練に回して上がった練度で襲撃を繰り返し実戦経験を積んでおるし…まあ連中にとっては無駄のない生き方じゃな」


ミエとシャミルがオーク達の生活を分析しながら溜息をつく。


「とはいえ! それを私たちまで守る必要はありません! いずれはこの村全体の衛生レベルを向上させるつもりですがっ! とりあえず私達だけでも清潔を心がけましょう!」

「「「おおー!」」」


ミエの言葉に全員腕を掲げて賛同する。

大概の種族の女性にとって手洗いは最重要な施設のひとつなのだ。


「しかし結構深い穴だなこりゃ」

「はい! 頑張って掘りました!」


むん、と腕まくりしたミエが胸を張る。


「アタシに言ってくれりゃあ手伝ったのに…ってその頃はまだ繋がれたまんまか。ともかく次からはこういう力仕事はアタシに言いな。ガンガン掘ってやるから」

「はい! ありがとうございます! 頼りにしてますね!」


ゲルダの手を取って瞳を輝かせるエミ。

彼女一人では難しい力仕事はまだまだあるはずで、巨人の血が混じっているゲルダはとても頼りになるはずだ。


「…で、溜まった糞尿はどうするんじゃ」

「一応別の場所に肥溜めを作ったので溜まり次第私がそちらに運びます」

「コ・エダメ…?」

「ああ、畑にまく肥料にするんですよ。まだこの村に畑はありませんけど」


せっかくなのでシャミルに糞尿の再利用についても相談するミエ。


「なるほどのう。確かに糞の成分を考えれば肥料には成り得るじゃろうが…寄生蟲などがおったら不衛生じゃし却って体に良くないのではないか?」

「うーん…私の国では…あー、おぼろげな記憶なんですけども! 野菜はあまり生食していなかったので水洗いして煮炊きすれば問題なかったというか…あとは肥溜めって自然発酵させる目的もあるんですよ。発酵熱で不要な蟲や成分を除去しちゃおうって作戦です」

「ああ! なるほどのう。しかしよくそんなこと思いつくのう」


感心したように瞳を輝かせるシャミル。

よく理解できずに首を捻るゲルダとそれを真似っこするサフィナ。


「知識だけですけどね…私より聞いただけですぐに理解できるシャミルさんの方が驚きです」


ミエは素直に感心する。

知識の内容に偏りはあるが、スマホやパソコンに頼らぬ知識量なら彼女の元の世界の住人より豊富かもしないとすら思える。


「まあわしも知識だけじゃがの」

「そんな謙遜…ああそうだその発酵なんですけど、私農業は素人なので確実に発酵させる方法がわからないんですよね。発酵熱が足りないと仰る通り寄生蟲なんかが残っちゃいますし…自然発酵を促すにはどうしたらいいと思います?」


ミエの質問はこのあたりの気候が少し冷涼な事を気にしてのことである。

自然発酵はある程度の熱があって発生し得る。

暖められたことによって発酵が始まり、その発酵熱によってさらに発酵が進むわけだ。

逆に言えば寒い地方では発酵の契機たり得る初熱が得られないのではないか、ということを懸念しているのである。


ミエの質問に眉根をひそめたシャミルが頭を掻いて考え込んだ。


「ふーむ…糞の発酵に関して研究したことはないのう。いっそこの前見かけた火輪草でも処方できれば楽なんじゃが」

「火輪草…あの森の花畑の赤い花ですよね? あの花が何か?」

火輪草フーロ・フリョルは、火の精霊の加護を受けてるの…」

「そうそう。サフィナは良く知っとるの。じゃから火輪草は乾燥させればよい火口ほくちとなるし、加工すれば『暫く熱を放つ袋』なども作れる。まあ錬金術的な処理が必要じゃからこの村で作るのは無理じゃがな。材料も器具も足らんし」

「あら…それは残念ですね」


要はこの世界なりの科学技術や魔術的素材で作る携帯カイロのようなものだろうか。

ミエはいかにも異世界らしい解決法があるものだと感心したけれど、なかなかそう上手くはいかないようだ。



さらに風呂である。

まあミエが作ったものは風呂と言うよりはサウナに近いものだが。


これまた女性陣全員に好評で、さらにこちらはオーク達にも受けが良かった。

オークはその体質上清潔さにこだわりは全くないのだが、風呂自体は『気持ちのいいもの』として気に入ったようだ。



ただまあこちらに関しては問題がないでもなかった。



「リーパグさん! お二人で風呂に入るのは構いませんがは家でなさってください!!」


小屋の扉をミエが勢いよく開き蒸気が外に漏れる。

中では今にもシャミルとことに及ぼうとしているリーパグの姿があった。


「エーイイジャンアネゴナンカ湯気浴ビルトコイツスゴイエッチダゾ」

「お気持ちはわかりますけど! お気持ちはわかりますけども! そういうのは公衆……えっと他の人も使う場所では…!」

「エージャアアネゴハクラ兄ィニ襲ワレナカッタノカ?」

「え? それはー、そのー……」


語尾がだんだん小さくなって、代わりにみるみる頬を染めて、小さくゴニョゴニョ呟きながら人差し指同士をつんつくさせるミエ。


「と、とにかく! 私達は家でしました!」

「エーデモセッカク盛リ上ガ…ッピギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!??」


なおも言い返そうとしたリーパグが情けない悲鳴を上げる。

ミエは不思議そうに眉根を顰めた後、湯気の向こうでシャミルが伸ばした手のに気づいて絶句した。


「だからダメじゃと言うたじゃろ。面前で言われたんじゃから諦めて帰るぞ。ホレホレ」

「ワ、ワカ…ッ! ワカッタカラ離セ! アッ離シテ! 離シテオ願イ! ヤメ引ッ張ラナイdミギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

「これ、情けない声を出すでない。他のオーク共に聞かれても良いのか? ホレ、家に帰ればちゃんと相手してやるでな」


肩にミエからもらった服を引っ掻けたシャミルが、全裸のリーパグをずんずんと歩く。

リーパグは情けない悲鳴を上げながら…けれどシャミルの慈悲なのか気遣いなのか、不審に思った他のオーク共が家々から顔を出す前に素早く彼らの家の内へと消えた。



「お、お強い…」



いつもホラ交じりで調子のいいことばかり言っているリーパグだったが…





どうやらねやでの主導権は完全にシャミルに握られているようであった。




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