第27話 風呂を求めて

「お風呂を作りましょう!」


夫の頬にキスをして送り出した後(クラスクはとても張り切っていた)、ミエは握り拳を作って一人決意を新たにする。


「そうでないと! そうでないと昨晩のような…あんな、は、恥ずかしい…ことに……っ!」


後半声がどんどん小さくなっていって、代わりにみるみる首筋から額の先まで赤く染まっていって。

遂には耐え切れなくなって両頬を抑えやんやんやんと首を振って羞恥に悶えた。


闇夜の肩身が狭かった彼女の故郷と異なり、この世界の夜は本気で暗い。

そのうえ家の奥にある寝室には灯りのひとつもない(というか、そもそもこの村で夜にオーク達が灯火らしきものを使うのを見た覚えがない)。

ゆえに初夜の時はほぼ触感が頼りで、夫の体が手触りでしかわからなかった。


だが昨晩は暗くなる前に夫婦の営みに入ってしまったため、夫の興奮している様子も興奮しているも玄関から差し込む斜陽ではっきりと目視できてしまったのだ。


その目に刻んだ…とは言うまい。その光景と初夜のとが脳内で組み合わさってぼん! と頭部から湯気を噴出させる。


「だ、旦那様って汗が好きなのかしら…?」


ミエはその手のことに疎かったが、と呼ばれるたぐいの性に関する趣味嗜好があることは知っていた。

ならば汗好きなどというものもあるのだろうか、などと頬に手を当てて考える。


まあ性癖の世界は広大かつ奥深い。

汗に関わるフェティシズムなどその入り口のようなものに過ぎぬことを、この時のミエはまだ知らない。


「それとも…血に似てる、から?」


性癖ではない彼女の癖が出て、別の視点から夫の興奮を推測してみる。

オーク族はどうやら戦いを好む種族らしい。つまり流血で興奮や高揚を覚える種族性なのかもしれない。

汗は元を辿れば体内で赤血球などを取り除いた血液が分泌されているものだ。いわば赤味を除いた血のようなものである。

だから汗を血と認識して興奮している…という推論も一応成り立つのではなかろうか。


「…とりあえず覚えておこっと」


それが夫の個人的嗜癖なのか、オーク族全体の種族的な傾向なのかはわからない。

ミエ個人としては恥ずかしくて自分から進んでやりたいものではないけれど、夫が喜ぶというのであればたまさかにはそうしたプレイも必要になるかもしれないのだから。


(プ、プレイって…! プレイって…!!)


自分で勝手に想像して自分で真っ赤になって硬直するミエ。

しばし行動不能。


「と、とにかく! お風呂を作りましょう!」


妄想から無理矢理復帰して本題に戻る。

単純に汗対策というだけでなく、体を綺麗に保ち衛生面に配慮する意味でも風呂は有効である。

病院暮らしが実家暮らしより長かった彼女はそれを身に染みて知っていた。


「前はお風呂入るにも介助が必要だったからなあ」


今ならその気になれば一人で入れる…はずだ。

それが少し楽しみなミエであった。

ただその風呂場自体己で用意しなければならないとは夢にも思っていなかったけれど


「え~っと、お風呂に必要なものっていうと…まずシャワーと浴槽、かな?」


シャンプーやリンス、体を拭くタオル、細々としたもので欲しいものは色々あるけれど、やはり基本は体を洗うシャワーとゆっくり浸かる湯舟ではないだろうか。


「え~っと…」


ぽくぽくぽくと考える。

だがどうにもイメージが湧かない。


まずシャワーだが、あのたくさん穴の空いたシャワーヘッドをどうやって作ればいいのだろう。

そこに水を届けるゴムホースはどうやって作ったら?


「あそっか。別にホースは必須じゃないっぽい?」


シャワーヘッドを直接壁の上部に取り付けたならホースの部分は不要になる。

水も直接上に溜めておけばそれ自体は解決可能だ。

ただどうやってを制御するのか、使う水を何を用いて貯めるのか、水の補充は毎回手作業なのか、その辺りの工事の目処が立たない。


浴槽の問題もある。

どうやって浴槽を作ればいい? 木枠で桶のようにして作るのか? 技術的に難しくないか? それとも大きな木を伐採して中身をくり抜いて作る? どうやって? できたとしてどうやってお湯を沸かす? 下から火で熱して燃えたりしないのか?

などと考えればキリがない。


「露天風呂みたいに逆に穴を掘って川の水を取り込めばその辺りは解決しそうだけど…」


だが今度はそれを暖めるのが面倒になる。

さらにこの村の事情的に家の近くでそれをやると川の水自体の不衛生さが問題になるし、外だとシャワーの取り付けも面倒だ。

それならいっそ水浴びでよくない? ということになってしまう。


幾ら頭を捻ってもこんな感じで、色々とこう実現までの道筋も想像できなくはないのだが、ミエ一人でこなすには器具も人でも含めて色々足りない事が多すぎた。


「そもそもこの世界の人ってお風呂はどうしてるんだろう」


オーク達の話ではない。かつてこの村の住人達の話である。

まず家に風呂場がない。

かといって村に公衆浴場的なものも見当たらない。


民家と大きく造りが違う家はどうも元教会で、クラスクが言うにはあれは現在この部族の族長の家らしい。

もっとも用があってだいぶ遠出しているらしく、彼女はまだ会ったことはないのだが。


ならばいったいこの世界の人間はどうやって体を洗っていたのだろう。

やはり水浴びしかないのだろうか。


「う~ん…もしかして方向性がそもそも間違ってる?」


一体何のために風呂が必要なのかと言えば体の汚れを落とし衛生面の改善をして病気などのリスクを減らすことだ。

水浴びでもいいけれどオーク族が川をトイレ代わりに使っているのを目撃したこともあり、それを避けるなら毎度上流まで行かなければならない。

さらに言えばそれがなくとも川の水自体が衛生的かと言われると寄生虫などの危険がないとも言えぬ。


「とするとお湯にするのは煮沸して消毒するのが目的ってことで…?」


そして体を洗うための水…水分…




「…あれ?」




その時、ミエは何かを思いついた。

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