第23話 夜の成果
さて、ミエの≪応援≫スキルの対象となったクラスクは、一体どんな影響を受けたのだろうか。
初期状態において≪応援(ユニーク)≫はその固有対象に対して以下の効果を発現させる。
1つ、≪応援≫スキルによる効果を受ける際、≪応援(ユニーク)≫の対象のみその効果を増大させる。
1つ、≪応援≫スキルによって向上したステータスや判定値の一部が、≪応援(ユニーク)≫の対象のみ恒久的に還元される。
≪応援≫スキルの効果は基本的に一時的なものであり、だいたい数十分から長くても数時間程度しか持続しない。
だが上記の効果によりミエがクラスクを応援した場合に限り、その上昇した補正の一部分が永続的に残り続けるのだ。
無論初期効果なので上昇量は微量だし上限も決まっているが、それでもレベルアップや魔法のアイテム以外でステータス上昇の機会を得るのは非常に大きなメリットと言える。
では彼は一体昨晩ベッドの上でどんな応援を受け、どんなステータスを向上させたのだろうか。
まず耐久力。
回数は大事。基本である。
次に器用さ。
当然ながらテクニックも重要な要素だ。
そして知力。
飽きの来ないバリエーションのあるプレイを心がけることが、よりよい夫婦生活には欠かせない。
さらに判断力。
女性が本気で嫌がっているのか、それとも嫌がっているのはあくまでフリで実はちょっぴり期待しちゃってるのか、それを見極める判断力は必須と言っていいだろう。
最後に魅力。
いつだって女性を蕩かせるのは男の魅力である。
そう、昨晩彼はミエから様々な何度も励まされ、応援されて、これらのステータスに浴びるように補正を受けたのだ。
…とても、頑張ったのである。
それは…オーク族にとって稀有なことであった。
彼らはステータスを上昇させる機会があった場合、とにかく筋力と耐久力を最優先でで上げる。
相手を一撃で屠る攻撃力と、それを当てるまで耐え続けるだけのタフネスがあればどんな相手にだって勝てる、というのが彼らの持論であり基本戦術だからだ。
攻撃を当てるために必要な器用さや攻撃をかわす敏捷を上げることもあるが、せいぜいそれくらい。
いずれにせよ彼らが重視するのはすべて肉体系のステータスに偏っており、精神系やその他のステータスが顧みられることはほとんどない。
あるとしてせいぜい幸運くらいだろうか。
高レベルのオークが死亡したとき知力判断力魅力が初期値から一切上がっていないことだって珍しくはないのだ。
だがそれらのステータスを…彼は上昇させてしまった。
オーク族が粗野で残忍なのは、異種族相手に平気で非道を働けるのは、彼らの精神系ステータスの低さが一因である。
知力が低いゆえに他種族のことを知らず、理解できず、判断力が低いがゆえに相手の気持ちを読み解けず、魅力が低いゆえに相手への気遣いができぬ。
だから幾らでも他者に酷いことができるし、攫った娘が嫌がっても泣き叫んでも心を動かされることがない。
だがクラスクはそれらを上昇させてしまった。
これまでオーク族が種族として不要と切り捨ててきたものを獲得してしまったのである。
向上した知力が気づきを与え、
伸びた判断力が感受性を育んで、
増した魅力が彼にオークなりの気遣いを覚えさせた。
そうした心の変化が彼にわずかばかりの情緒を目覚めさせ…
そしてその情緒が昨晩の、いや先日からのミエの精いっぱいの献身と奉仕を以て、彼に感銘を与えたのだ。
彼女の在り様を素晴らしいと、尊いと感じさせてしまったのだ。
そう、クラスクが、オークである彼が目の前で寝入っているその娘に対して抱いた言葉にできない感情の正体は…
「慈しみ」と「愛しさ」であった。
だがクラスクはそれらの言葉を知らない。
使う必要もなければ機会もなかったし、そもそもオーク語にそんな感情を表す語彙自体がない。
けれど隣で寝ている娘の寝顔を眺めていると胸を掻き毟られるような妙な感覚に襲われて、彼は思わずその頬を撫でた。
無骨に、ではなく、できる限り丁寧に。
「んにゅ…(スリスリ」
「?!」
甘えたような鼻声を上げながら彼の手に頬を擦り付けるミエの寝顔がクラスクの脳を焼く。
側にいたい。
手放したくない。
今すぐに抱きたい。
襲いかかって乱暴に犯したい。
けれど…この娘が悲しむ顔は何故か見たくない。
そんな矛盾した衝動と情動がむくむくと積乱雲のように湧き上がってきて、彼は混乱した。
「ミエ…」
「にゅ…んふふ。旦那様…にゅ」
思わず彼女の名を呼んだクラスクの言葉に反応するように、ミエが眠ったまま嬉しそうに笑う。
自分のその感情の正体がよくわからぬまま…
クラスクは、ミエが起きるまでずっと彼女の頬をぷにぷにとつつき続けた。
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