第22話 朝、ベッドの中で

クラスクはベッドの中でゆっくりと目を覚ました。


妙な気分である。

とはいっても別に嫌な気持ちというわけではない。

むしろやけに気分がいい。



…いいのだが、それが果たしてどんな気持ちなのか、彼には上手く説明できなかった。



太鼓のリズムに合わせて全力で踊り終え、疲れ切った後に感じる心地よい疲労のことをオーク族は『ルォキフ』と呼ぶが、あえて言うならそれに近い。



近い…が、違う。

似てはいるがそれとは別の感覚だ。



けれど彼の語彙には、その感覚を説明できる言葉が存在しなかった。


首を傾けて横を見る。

そこには昨晩抱いた娘…ミエと名乗ったあの女の顔があった。

無論シーツの下は全裸である。

昨晩は初めてだというのに彼のために随分と頑張ってしまったようで、疲労の為かなんとも気持ちよさそうに寝入っていて起きる気配がない。


その娘の寝顔を眺めていると、彼の中で先刻の言いようのない感覚がより強く想起される。




彼が感じている感覚…それは『安らぎ』だった。




多くの種族と敵対し、幾度となく争いを繰り返し、戦いに次ぐ戦いを超えて、弱い相手を蹂躙し、どうしても叶わない相手からは呪詛の言葉を投げつけ逃げ出して、疲弊と憤怒と憎悪を募らせてきた彼らには…それは凡そ縁のない感情であった。


けれどそのオーク…クラスクは確かにその感覚を味わっていて…そしてそのことによって、彼は目の前で無防備に寝こけている娘に対しさらに別の、何か特別な感情を覚えてしまった。



ただその不可思議な感覚も情動も…やはり、オーク族の語彙には存在しないけれど。



…クラスクがそんな妙な感覚に襲われているのには理由わけがある。

彼の隣で寝ている娘…ミエのスキル≪応援≫の影響なのだ。


≪応援≫のスキルは応援のたびに発動し、応援に沿ったボーナスが得られるが、何のステータス、どの判定に補正が入るかは自分では選べない。


例えばかけっこしている相手を応援した場合、相手の敏捷度に補正が入るかもしれないし、走行判定にボーナスが付くかもしれない。

確実に何らかのメリットはあるが、細かい計算に組み込むには不向きなのだ。


このことから

「応援さえすれば状況に応じた補正が得られるなんてすごく便利じゃない!」などと考える層には好評だが、一方で

「どのステータスどの判定にボーナスが乗るかわからないと補正値計算が狂うだろ!」などと考える層には不評となる。


そういう意味では非常に初心者向きなスキルと言えるだろう。


だがだからと言って初心者にこのスキルがお勧めかというと…実は全くそんなことはない。


応援スキルを習得した者は、初期において2つのスキルツリーを解放させる。

1つは前述したとおり≪応援(個人)≫。

そしてもう1つが≪応援(ユニーク)≫である。


この≪応援(ユニーク)≫は、特定の個人に対してのみ発動し、その相手に対する≪応援≫の効果を格段に高めてくれるものだ。

効果によっては永続的な恩恵を与えてくれるものすらある。

非常に有用な効果ではあるが…使用する際にはの特定の誰かを選択しなければならず、また一度対象を決定してしまったらそれを二度と変更することができない。



、である。



略奪や襲撃を生業とするオーク族が当たり前のように跋扈ばっこしていることからもわかる通り、この世界の命の価値は非常に低い。

駆け出しの冒険者が仲間の1人をその≪応援(ユニーク)≫の対象に選んだとして、その相手が翌日に死んでしまうかもしれないのだ。

そうしたら後はただの無意味な死にスキルが1つ残るのみである。


ならば十分レベルを上げてから対象を選べばいいのか?

確かにそれなら相手を失うリスクは下がる。

だがスキルは使用すればするほどにその効果を上げるものだ。

高レベルになるまで初期効果のまま放っておくなら、その分他のスキルを地道に伸ばした方がずっと有用なのである。


さらにもっと根本的な問題がある。

≪応援≫によって相手に幾ら恩恵を与えても、≪応援≫を使用している側にことだ。


例えば≪応援(ユニーク)≫の恩恵を存分に受け、永続的な強化を得た相手が≪応援≫している側を捨てていなくなってしまったら?

その場合≪応援≫された側にはメリットのみが残り、≪応援≫した側には効果対象がいなくなることで無意味なスキルツリーだけが残されるのだ。


また≪応援≫効果は使い手の心からのものでなければ発動しないため、〈魅了ウクァグス〉や〈支配イラヴォエフ〉のような[精神効果]によって無理矢理心を操り応援させてもその恩恵は得られず、悪用も難しい。


≪応援≫スキルはこのように効果は初心者向けだが使いこなすにが難しい、という非常に厄介な性質を備えており、なかなかに使い手も使いどころも少ないのが現状である。



…のだが。



ことミエに関してはそうした諸問題は一切生じていない。

なにせ彼女は例の水先案内人を名乗る男にこのスキルの発動を無意識で行うよう設定されてしまっているからだ。



そして彼女の無意識は、このスキルの固有対象をとっくに決めてしまっていた。



先日…クラスクの恫喝をプロポーズだと誤解してしまったあの時、彼への隷属の誓いを求婚の申し出と勘違いして受諾してしまったあの瞬間…


生涯変えることのできぬ彼女のスキルの固有対象は…既に決められてしまっていたのである。






そう…≪応援(旦那様/クラスク)≫と。






それが…その選択肢が。

そのオーク族の若者と、彼を夫と誤認した娘の人生を、大きく変えてゆくこととなる。




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